マンガ神回オブザイヤー2024

 気が付けば今年は『ヒーローアカデミア』も『呪術廻戦』も完結し、週刊少年ジャンプの長期連載と言えば『ONE PIECE』と『HUNTER×HUNTER』が二大巨頭で他はすっかり若返ってみたいな話がちょいちょいされるわけだが、ヒロアカより呪術よりも先に連載開始しながら掲載雑誌を変えたとはいえ連載が継続している漫画に『ワールドトリガー』がある。

 作者の体調不良のため長期休載して以降、掲載雑誌をジャンプSQに変え、それでもちょくちょく体調不良による休載を挟みながらも未だ絶賛連載継続中の本作だが、2024年の『ワールドトリガー』は素晴らしかった。気づけば結構長く続いている遠征選抜試験編の一つのピークを今年迎えたといって良い。

 そのピークにあたるのがジャンプSQ2024年11月号に二話同時掲載された第246話「若村 麓郎②」と第247話「若村 麓郎③」である。この2つの回は本当に素晴らしい。今年読んだ全部のマンガの中でもベストの「回」である。二話分あるが、一つの雑誌で一気に読めるしこの二話分で一まとめのエピソードだと思うのでまだ単行本に収録されてないが、読める人は是非とも読んでほしい。(さすがにワールドトリガー全く知らない人は意味わからなすぎるだろうから2月に出る単行本を待ってまとめ読みするといい)

 この回は厳選された精鋭で行く必要のある「遠征」メンバーを選ぶための遠征選抜試験の中の一つ、閉鎖環境試験の過程でのあるチーム内の会話に焦点を当てた回である。

 閉鎖環境試験については知らない人は『宇宙兄弟』の閉ざされた環境下おきるあれこれに対処するのを別室で観察する審査官が採点するアレを想像するとわかりやすいだろう。しかし、『ワールドトリガー』の閉鎖試験では急な停電のような不意打ち的トラップはほぼ起きず、その日ごとの課題が課されたり、1日ごとの成績が報告される程度のことしか外部からの干渉はなされない。だが、それでも、それぞれのメンバーが課題に取り組む様子と、チーム内で交わされる会話、電話でのみ通話が可能な他チームとの会話と腹の探り合い、それを審査する審査官の視線と審査官同士で交わされる会話、これらの要素だけで圧倒的に面白いのがこのマンガの恐ろしいところである。

 『ワールドトリガー』が凄いのは5人×11チームで総勢55人の試験参加メンバー全員が、モブキャラ的なぞんざいな扱いを受けず、それぞれの個性や人格をもって試験に臨む様が描かれているからだ。すべてのキャラクターがそれぞれの考え方、それぞれのアプローチによって試験に臨んでいる。なぜこんな描写が可能になっているのかと言えばこれまでの過程でそれらのキャラクターを着実かつ綿密に描いてきたからなのだが、まあこの辺について触れだすとキリがないので本題に移ろう。

 第246話「若村 麓郎②」と第247話「若村 麓郎③」はサブタイトルの通り遠征選抜試験参加メンバーの一人、若村麓郎がメインの回である。

 彼は11あるチームの一つ、11番隊のリーダーに抜擢され、自分自身その抜擢に戸惑いながらどうにかこうにか奮闘するものの思うように結果が出ない。一方で自分とそこまで差があるとは思っていなかった本作の主人公、三雲修が様々な局面で結果を残していくことに対して疑問を持ち、そのことについて三雲修と通常時は同じメンバーであるヒュース(試験のチームは試験用の臨時チーム)にその疑問をぶつけ、その回答を受ける回である。

 ヒュースが実は人間ではなくてとか、その出自を多くのメンバーは知らなくてとか色々説明すると長いのだけどその辺は省く。まあ興味がある人は原作を読んでほしい。この回の一つ前の、ヒュースが若村の師匠格のメンバーに対して、事前に話して筋を通すくだりもすごいのだが、それも興味があれば読んでほしい。

 さて、ようやく本題に入ろう。なぜ246話と247話はすごいのか。それはこの回が、あまりに普遍的な成長しようとしている人がぶつかる「壁」についての話だからである。そしてその「壁」の乗り越え方についてこれ以上ないくらい丁寧に丁寧に解説している話だからである。

 あまりマンガに対して使いたくない言葉なのだが、この回は本当に「役に立つ」それくらいに普遍的であらゆる人に通じる「成長の仕方」、「成長の道筋」を非常にわかりやすく解説している。

 個人としてはそこそこの腕前を持ちながら、チームメイトに恵まれ過ぎたが故にチーム戦としての技術を学ぶ機会を得られなかったのではないかという仮説をヒュースは若村に対してぶつける。それに対して若村は何も言い返すことが出来ない。自分が思ったよりも自分は弱かったという事実を突きつけられグラッときてしまうコマがさりげなくも恐ろしい。

 その後も自分が向き合うべき「壁」よりも高すぎる「壁」に挑む時、人は「足踏み」の状態に陥るだの、足し算や掛け算を知らずに高度な算術に挑むようなものだの、痛すぎる言葉のパンチをくらいまくって自分自身が足元から崩れていく描写などは本当に怖い。私もこういう経験ありますもの。自分が思ってるより自分が駄目だった時を実感してしまうのってこの世で一番くらいに恐ろしい時ですよね。。

 だが、ただ若村麓郎の未熟な点を徹底的にあげつらって終わるわけではないのが、『ワールドトリガー』の本当にすごいところである。出来ないならば、自分が出来るところまで問題を「刻む」ことでその積み重ねこそが「努力」と呼ぶんだということ。そして人間ではないので自転車に乗った経験がなく、試しに乗ってみたら全然うまく乗れなかったヒュース自身の経験を例に出し、若村が自転車に今は乗れるように、かつて自分が出来なかったことを訓練次第で出来るようになったのであれば、それはあらゆる局面で同じことが言えるということ。その自分自身でも気づかないレベルの『出来るようになった』という無数の事実を忘れるなということをヒュース自身の口から述べることでこの回は終わる。

 ここまで具体的且つ端的に「努力」について解説し切ってしまったマンガを私は知らないし、そして、自分に対する自信を文字通り根底から打ち砕かれた若村に対するヒュースの言葉は、決して甘くも優しくもないが、これ以上ないほどに適切な「激励」の言葉である。人によって解釈は別れると思うのだが、私はやっぱりこの回のヒュースは若村を「励ましている」と思う。

 『ワールドトリガー』というマンガにはこれまで何度も何度も驚かされてきたが、この246話と247話は本当に痺れる回だった。なぜ『ワールドトリガー』が凄いマンガなのかと言えば、もっとも現代的な形にジャンプの「友情・努力・勝利」を再構築しようとしているからだと私は考えていたのだが、その認識が間違っていなかったということを改めて確認した次第である。ヒュースの励ましの言葉で終わるこの回は、「努力」の回であると同時に「友情」の回でもあるのだと思う。この回についての審査官側の視点が交錯する第248話も必見なので皆も読もうワールドトリガー!

 というわけで、勝手に始めたマンガの神回オブザイヤーですが、長編マンガってどうしてもマンガ論壇っていうかマンガを批評する言葉から漏れやすくて、それは何年も何年も続いてて評価を定めにくいんだからしょうがないとも思うものの、今後どれだけグダグダな展開になったとしてもこの回の輝きは衰えないと思ったのでこういう文章を書いてみた次第です。皆も良かったら神回オブザイヤー教えてね!ちなみに自分の次点は『呪術廻戦』の第265話「あの日」と、『正反対な君と僕』の第64話「スタートライン」です!


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