【#6】いつも窓際の席で。
■登場人物
僕・・・元・窓際族
マスター・・・行きつけの喫茶店のマスター
アカンちゃん・・・学校の先生。口癖は「もうアカン」
スーツの男・・・有名な政治家
ここは、一見さんお断りの喫茶店。
この喫茶店には、コーヒーが飲めないのに、コーヒーへのこだわりが強いマスターと、社会的立場や背景も異なる多様な老若男女が集う。
カランカラン。
喫茶店のドアが開き、今日も誰かが入ってくる。
スーツの男性「マスター、久しぶり。」
マスター「お、お久しぶりですね。お元気でしたか?」
スーツの男性「元気は元気なんだけど、最近は特に仕事が忙しくて、なかなかここにも来れなかったですよ。ごめんなさいね。」
マスター「いえいえ、うちは来たい時に来てくれれば良いですから。お元気そうで何よりです。」
いつも通り、窓際の席に座っている僕は、スーツの男性の顔をこっそり見た。
どこかで見たことのある顔だ。
あ、テレビによく出てた政治家じゃないか・・・?なぜここに・・・
スーツの男性はメニューを見ながら、インドネシアのマンデリンコーヒーを注文した。しばらくすると、白いカップに注がれたコーヒーが到着。
スーツの男性「ありがとう。ほんと、今のSNS時代に政治家という職は、厳しいですね。何をやっても、叩かれてばかり。」
スーツの男性「僕の尊敬する政治家の方が言ってたんですよ。この仕事は、多少、前のめりな姿勢で戦っていかないと、自分が保てなくなるんだって。前のめりな強気な姿勢のせいで、落とす支持もあるだろうけど、そんなこと言ってられないんだって。あんな偉大な政治家でも、そんな気持ちでやっていらっしゃるんだって勉強になったんですよね。」
マスター「大変なお仕事ですね、ほんと、お疲れ様です。」
スーツの男性「話を聞いてくださってありがとうございます。マスターに聞いて頂けると、スッと胸が軽くなるんですよ。じゃあ、次の現場に向かわないといけないので、これでまた。」
スーツの男性は、そう言って支払いを済ませると、店を後にした。
テレビ越しに見ると、偉そうに見える職業の方も、当たり前だけど一人の人間なんだと思えた瞬間だった。
カランカラン。
ドアの鈴の音と共に、新しいお客が来店。毎度お馴染み、アカンちゃんである。
アカンちゃんは、子どもを片手で抱っこして、もう片方には赤ちゃんグッズや自分の荷物を持っている。そのため、奇妙に足を使ってドアを開けて入ってきた。
アカンちゃん「マスター、こんにちは!」
マスター「やあ、こんにちは。あら、すっかり顔立ちがしっかりしてきて!」
アカンちゃん「子どもの成長って早いですよね。近くにいても楽しいものです。」
マスター「今日は何にする?」
アカンちゃん「そうだな・・・9月が終わろうってのに、まだまだ暑いから冷たくてさっぱりしているのが良いな。この、蜂蜜レモンソーダでお願いできますか?」
マスター「蜂蜜レモンソーダね、はい。」
アカンちゃん「マスター、ChatGPTって使ったことあります?」
マスター「よく耳にするけど、実際に使ったことはないなぁ。」
アカンちゃん「子どもたちの夏休み前に、文科省がChatGPTのガイドラインをまとめたんですよね。まあ、夏休みの宿題とかにChatGPTを使うなよーっていう話でね。」
マスター「そうね、何のための宿題かわからなくなるもんね。」
アカンちゃん「そうそう。私も実際に使ってみましたが、もし私が生徒だったら、正直、使いたくなる笑 テクノロジーの進化って凄いですね。」
マスター「そうなのね。テクノロジーが進歩すると、なくなる仕事も多くそうだよね。」
アカンちゃん「そうですよね。でも私は、先生って仕事はテクノロジーにとって代えられない仕事だと思うんですよ。確かに、テクノロジーの力を駆使すれば、仕事は効率よく進められるので、先生たちは早く帰れるかもしれない。けど、先生という仕事の本質はやっぱり、子どもたちの成長をいかに支えているか、でしょ。人の成長を支えるには、決して効率良く指導することだけが正解じゃないわ。時には、子どものペースに合わせる必要があるし、子どもたち同士で考えさせることも必要。そうやって、時間をかけることも成長するには大切ですよね。非合理的なことも含めて、生徒の成長のために考えることが先生の仕事だと、私は思うから、先生という仕事はこれからもずっと、大事なんだと思っています。」
僕はこれ以上は、聞く耳を立てるのはやめようと思い、手元に持っていた雑誌を見はじめる。
そこには「和歌山県特集!」と題して、海南市が紹介されていた。
(へえ〜、最近新しい道の駅ができたのか。海の近くの道の駅なら、きっと海鮮もいっぱいなんだろうな)
和歌山県海南市に藤白神社という由緒ある神社がある。僕は数年前に行ったことがある。
その境内を入ると、すぐに一本の大楠が見えてくる。この大楠は、子守楠神社の御神体で「子供の神様」として知られており、この地では古来、子供が生まれると、長命、出世を祈願し「楠、藤、熊」の名を贈っていたようだ。
世界的博物学者として高名な南方熊楠翁もその一人というのは、有名な話なようだ。
さらに境内の奥へと進むと、有間皇子神社がある。
有間皇子といえば、万葉集で次の二つの歌が掲載されている。恥ずかしながら、僕は最近になって知ったのだが。
wikipediaのリンクを貼っておくので、ぜひ、有間皇子がこの2つの歌を詠んだ背景を知っていただきたい。
有間皇子に憎悪の念があったかどうかは定かではないが、この歌からは一切読み取ることができない。少なくとも僕には、ただただ、その情景を素直に捉えているように思うのだ。この歌から、有間皇子がいかに綺麗なお心をお持ちだったのか、と感じられるのである。
有間皇子、19歳でこの歌を詠むって凄すぎる・・・
アカンちゃん「マスター、今日は熱く語りすぎちゃったかもしれない。ごめんなさいね。ChatGPTの脅威を感じて、先生としての意地を示したかっただけかもしれないわ。」
マスター「いえいえ。私で良ければいつでも聞くよ。」
アカンちゃんは席を立ち、可愛いお子さんと一緒に店を出て行った。それにしても、アカンちゃん。あなたが喋りすぎなのは、今日だけじゃないのよ。笑
アカンちゃんの言動に、一人くすくすと笑いながら、雑誌に視線を戻すと、残暑厳しい季節にはまだ似合いそうな、滝の写真が掲載されていた。
滝しぶきの音や、川のせせらぎが聞こえてくるかのようだった。
今回も読んでくださり、ありがとうございました。
皆さんのお近くに、学校に行けずに悩んでいる方がいたら、ぜひ、この記事を読んでいただけると嬉しいです。
拙文ですが、自己紹介もさせていただいています。
よかったら、ご覧ください!
『いつも窓際の席で。』はこちらからまとめてご覧いただけます。