“独”韓国旅行散文
一人韓国。ギリギリまで迷って、前夜に勢いで航空券を手配。
勢いというのは、恐ろしく、日帰り旅行であるつもりが、復路の日付を誤って選択していたことに気づく。そんなバカなことが、実際に起きてしまう。慌てて予約変更をしたが、結局、一泊する羽目になってしまった。
まあ、これも旅のうち、仕方がない。
それはそうと、さっそく宿を探さなければならない。韓国人を旦那にもつ友人に連絡を取り、事情を説明。二人の協力もあり、明洞市内にあるホテルを抑えることができた。ただ、そのホテルは一人から宿泊可能なラブホテルであるらしく、部屋の内装は現地に到着するまで分からないとのこと。友人から4枚の部屋の写真が送られてきて、このうちのどれかが俺に割り当てられることになると言う。一室だけ、ピンクの壁紙にハートのイラストがあしらわれた部屋があったことを除いて、どの部屋もいい感じだ。さくっと荷造りを済ませて1時頃に就寝。
4時30分、地獄の呻きをあげながら起床。いよいよ人生初の一人海外旅行が幕を開ける。
大阪梅田からシャトルバスに乗り込み、空の玄関口、関西国際空港へと向かう。何度か利用しているはずなのに、この空港がどこにあるのか、いまだにしっかりとわかっていない。もちろん地図で見たことはあるし、方角くらいなら理解している。だが、気づけばいつも関西国際空港の敷地内にいて、どこから”関空”に入ったのか、その境目を目撃したことがないのだ。まるでオープンワールドゲームの限定エリア、イベントが発生しないと辿り着けない場所みたいに。見えてはいるけど、その道中は謎に包まれている。
まあ、実際は単に俺が眠ってしまっているからなんだけど。
程なくして第二ターミナルに到着。ここで航空券の発券を済ませる。QRコード、本当に便利な存在。幼心にその幾何学的なデザインに畏怖の念を抱いていたが、これ程生活に馴染みいるとは想像にもなかった。おかげで俺のスマホの写真フォルダにはQRコードのスクショが嵩張ってはいるが。
搭乗手続きもスムーズに済ませ、いよいよ出国である。
韓国、近すぎる。少しうつつを抜かしている間に、着陸していた。尻に優しい、タイとは大違いだ。
緊張の入国審査や手荷物検査もスムーズに済ませ、本当の意味での入国に成功。空港から目的地の明洞までは電車で移動する。券売機は日本語に対応してくれているので、ありがたすぎて泣きそうになった。海外で出会う日本語は頼もしすぎて、このまま旅を共にしたいくらいだが、韓国で初めて俺に親切にしてくれた券売機とはここでお別れである。
車内の座席が硬くて、思わず笑ってしまった。40分ほど尻を鍛えれば、目的地「明洞」に到着である。見渡す限りの人々々。日本よりは涼しいが、照りつける太陽が暑すぎる。広い空と異国の街並みを眺めながら歩くと、自然と気持ちが浮き立ってくる。同じ空のはずなのに、なんだか韓国の空はひときわ広く、また違う顔をしている。これもまた、俺が海外を好きな理由である。とはいえ、今までに訪れた国はたったの二つだが、空の色彩の機微に気づくことができるのは、たぶん美容師だから。国ごとの空の色を施した自転車とか販売すれば、流行るかもしれない。
時刻は昼前。飛行機に乗ると決まって腹が減るが、これは気圧のせいか。この世に起こる事象の全ての原因が気圧であったとしても、それはそれで納得してしまいそうなくらい不思議な存在。ポテトチップの袋が膨らむのも、耳がキーンと痛むのも、スーパーのレジで待っている間に、他の列だけが早く進む現象も、実は全て気圧のせいなのである。
韓国といえばグルメだが、いかんせん、俺はなんのリサーチもしていない。唯一知り得る情報は、出されたご飯は少し残すのがマナーということ。お腹いっぱいだというアピールらしい。文化の違いを体験するのも、旅の醍醐味である。そのアピールを披露する場所を、これから見つけなくてはならない。国境を越えてきたからには、韓国らしさを満喫したい。そう思いInstagramで見つけた韓国焼肉のお店に向かうことにした。情報が飽和しすぎて、正直どこでも良くなりかけていたが、現地の人にも人気という触れ込みが目に止まったのだ。
ちょうどランチタイム手前の店内は客足はそこそこ。意を決して入店、「1人ですが入れますか?」と訊ねると、店員は一瞬顔を曇らせたあと、4人がけのテーブルへと案内してくれた。説明によると、どうやらメニューは2人前からしか注文することができないらしい。急遽、予定にないフードファイトが開催される。
次第に賑わいを見せる店内で、4人がけのテーブルで独り、2人前の焼肉を喰らう日本人男性である。味わうことを、辞めましょう。俺の中の大谷がそう言っていた。前述していた、韓国式食事マナーに則り、失礼に値しない程々の所でお残しを決め込み、風のように退店した。
今回の旅の目的は何を隠そう「実弾射撃」である。
タイ旅行で初めて経験してからというもの、ハマっている次第だ。目的の射撃場は明洞市内のビルにある。
梅田に射撃場がある感じか。かなり手軽なアクティビティとしての地位を確立しているよう。
店内に入ると、壁いっぱいのサインや記念写真が飾られている。そこにはインパルス堤下の姿もあった。
防弾ベストと安全ゴーグルを着用すればシューテングレンジに通される。計5丁を15発ずつ撃てるプランを選択。扱いには慣れてはいても、いざグリップを握るとやっぱり緊張感がある。それは後方から睨みを効かせる高身長ムキムキの韓国人からの圧力もあっただろう。俺はその圧力によって、かなりのペースで引き鉄を絞り、あっという間に射撃体験が終了した。この間、10分である。これで約1万円。俺は後悔していない。
事前リサーチが圧倒的に不足していたの言うまでもなく、銃を撃ち終わった俺には何も残されていなかった。
とにかく、街並みがお洒落そうな方へフラフラと進んでいく。
そんな折、通りかかったカフェの看板が目に留まった。韓国語って本当によく分からない。渡韓してからというものthank youしか言っていない。俺は韓国にいるというのに。1番人気のラテをなんとか購入し、窓際の一人がけ席に着席。したはいいが、ストローがないことに気づく。面倒なのでそのまま直で頂くことにした。それはまさに、日本茶の飲み方である。言語の壁を越えるには、まだ少し時間がかかりそうだ。
通貨の計算はタイに比べると簡単で、10000ウォンなら1000円と、0を一つ抜いてやれば大体その通りだ。だが、目に入ってくる数字が大きいので、買い物をする度に「高っ」と思ってしまう。せっかくの旅行だからと、つい財布の紐が緩みがちだが、計算の手間のおかげで無駄な出費は少なく抑えられているようだ。
夕方には腹が膨れていたが、宿泊するホテル近くの屋台でトッポッキとクルクルのポテトを購入。アサヒの缶ビールとポテトチップスも買い込む。折角の韓国旅行なのにと言う声も聞こえてきそうだが、あいにく、俺は常に日本を感じていなければ生きていけないのである。異国に独り、心細い夜を乗り越えるには、慣れ親しんだ飲食物の存在が非常に有難い。
友人夫婦が予約してくれたホテルにチェックイン。
未だ知らされていないホテルの内装に一抹の期待と不安を抱きながら、いざ扉を開けると、パソコンとオフィスチェアがそれぞれ2台横並びになっている異様な光景が出迎えてくれた。事前に提示されていた4枚の写真のどれでもない内装に笑ってしまった。それにしてもどういうテイストの部屋?オフィスラブのつもりか?
次の日の朝、7時に目が覚めた。朝の散歩でもしようと思っていたが、思いの外寝心地がよく、呻きをあげながら寝返りに勤しんでいると、10時になっていた。空港へ向かわねばならない。再び40分、尻を鍛える。行きは良い良い帰りは怖い、とは言い得て妙だ。明洞空港の巨大さに圧倒され、搭乗カウンターを見つけるまでにかなりの時間を消費してしまった。俺は常にちょっとスカしているので、人に尋ねることができないタチである。側から見ればこれだけスカしこんでいる奴が、まさか迷子になっているとは思いもしないだろう。結局、端から端まで歩いて見つけることができた。時間の無駄。
そのせいで空港でお土産を見る暇もなくなり、搭乗口手前の小さな売店で、韓国人のおばちゃんに関西人顔負けの商売魂を見せつけられながら、韓国海苔やお菓子を購入して飛行機に飛び乗った。おばちゃんが次から次へとカゴに商品を詰めるので、もはや俺が買い物に付き合っている構図だ。
2時間に満たないフライトを経て無事帰国。現地にいる時はそれほどでもなかったが、日本に戻った途端に韓国が恋しくてたまらなくなる。楽しかったという感情よりも、もっと上手く立ち回れたはずだという後悔の方が強い。これはカラオケと似ている。ふと行きたくなって飛び込むのに、いざ訪れると、何を歌いたかったかさっぱり思い出せないまま、不完全燃焼で店を後にしてしまう。そして帰り道で、あの歌を歌えば良かったと、そんな具合に思い出しては後悔に苛まれる。そう、海外旅行とは、まさにカラオケなのである。