交換可能性

交換に関わる計算に非現実的に「ムダ」が無さすぎる?

「ムダ」とは通常思われているけれど、交換可能性を探る過程を経るのが現実。ということはこの現実に沿った計算をしなければならないのは当たり前なのでは?

Post-truthとかFake newsとかは何かを見誤っていることの象徴のような気がする。

何か?

結局何かのせいにしたいだけなのでは?

ストーリーを読むというのは道徳を読むということ。

道徳というのは予め決まった規則のようなものではなく、葛藤

交換可能性と唯一無二性の間の。

葛藤がない=「道徳的価値観について語る必要がない」かのように振る舞う

必要はあるはず。何故なら、葛藤を無いものとするということは、全て、人間も含めて、交換可能な要素と見做す、ということだから。で。これは実はウソ。何故なら、自分自身を交換可能な要素としてのみ理解はしていないから。

贈与経済が説明するような、他者への利益供与が自動的に、経済格差を拡げないように交換を促す、ということは起こらない。贈与は強要されてのものであり、自発的なものではない。参画者たちのストーリーは、資本主義的分業体制下の貨幣経済のそれと構造的には違わない。強要されている側が、強要する側のストーリーを信じることにしている。自分自身を専ら交換可能な要素としてとらえ、他者を利するように差し出すことはない。例外なく、強制される側が葛藤を経た上で、強制する側のストーリーを受け入れている。(おそらく、この受け入れが怪しくなるより前に、強制者側はストーリーの書き換えを行うはず。より安定的に権力を維持するために。例えば封建領主制であり、資本主義)。

そもそも平衡状態では交換は起こらない。つまり、交換とは不均衡を利用可能と気付いたものがはたらきかけるもの。

交換可能性と唯一無二性の間の葛藤は、都度、人間自身が判断して決めるしかない。決めたとしても両方の意味は必ず併存し続ける。白黒は絶対につかない。その時、その地点での、その人が決めるだけ。だからこそ複数人が群れて意見調整をする。ある者はより多く発言し、ある者はただ群れの成員に行動を示すことで情報提供するだけ、という方法で。

合理的実証主義 vs. 無抵抗主義(?)

イスラムは間をとれる?かもしれないけれど、現実としては合理的実証主義への流れを食い止められていない。かといって、合理的実証主義が最強なのか?というとそういうわけでもなく、合理的実証主義に則っていると強く信じているものの方から、逆に弱さを露呈し始めている。つまり、合理的実証を重視していると主張しながら、実は無抵抗主義(”主義”なんて一切カンケーネー)に陥ってしまっていて、それに気付いていないという体たらく。合理的実証を謳いつつ、無抵抗主義というのは、実際のところ、話の通じる者同士での囲い込みを行っていて、要するに、自分たちの界隈の中でだけ、苦楽があることや様々な問題を考え、そして最後は勝ち抜けていけそうなことが確認し合われている。界隈外の人間は敗者として切り捨てられる。

交換を継続し、より公正で民主的な社会実現に役立てるためにキーとなるのはやはり、持てる者が持っているものを率先して、何の疑問もなく、他者のために使おうとするようになれるかどうか?

「遠い人の道徳(葛藤)は読まなくてもいい(特段逼迫した必要性はない)」ように感じられる。

けれど、そこを感じなければ、物的資源の格差はほとんど変わることがない。

何を持っているのか?その「持っている何か」を「他者のために使う」とはどういうことか?

「物的資源を現に持っていること」は必要最低限だけれど、持っているものを分け与える、という方向に誘導する何か(ストーリー)が必要。

「葛藤をどうマネージするか」の技能


唯一無二性と交換可能性、時間と空間

常に不均衡を前提に読み始める。予定調和の逆?


結局何かのせいにして安心する

交換可能なものはエネルギーか?それとも意味的なものか?

エネルギーは実は”交換”は無理なんでは???

正味唯一無二。過ぎ去ってしまえばそれまで。あとはほぼ同じようなものが利用可能(な状態が続く)かどうか?では??「ほぼ同じ」というのはあくまでも性質。極端な場合、似てなくてもとある用途を満たしてくれるならば交換は可能=”性質の交換”は可能。

つまり、有限な資源の奪い合いの側面は否定できない。

とはいえ。

現実的な人間の日常生活においては、やはり、意味的なものの方が先では?

まず連帯し、そして、信用する。

信用できればまあそこから得られるものが何であるか?はそれほど精査しなくなるし、そういう状態こそが多くの人によって求められているのでは?

つまり、どれだけ資源があるか?エネルギーを産み出すのに使えるか?いかに公平公正に分配できるか?計算は続けられるべきだけども、大多数の人々の日常生活ができるだけ円滑に回るかどうか?という次元では、信頼形成が最優先。

とはいえ、物的根拠がないと、信頼形成もかなり難しい。特に持続性の高いものは。。。


働くなら他人のため自分のために!(お金は公共財。お金を生むのは労働ではなく、生命エネルギーに交換可能なエネルギーを産み出す技術(農業、流通システム、マーケット、IT、etc.)。)

は本当か??本当であるとして、計測して、人々を納得させられるようなものであるか?


信用

お金は情報。

信じられることによってお金はお金であり続ける。

「信じている」のは国。つまりどちらかというと「信じていることにさせられている」感じ。ここが実は強み。

一人一人が積極的に「信じよう」と試みると、結局不安感に負ける。

ビットコインやブロックチェーンはアルゴリズム(テクノロジー)の言いなりになるということで、あまり自立的とはいえない(国(権威・権力)がアルゴリズムに置き換わるだけ)。


ベーシックインカムは貧民救済というよりも、ある程度の生活水準を”勝ち取ろうと思えば勝ち取れる”層を、積極的社会貢献に仕向ける方策?(と私は考えたい。)


ギャンブルの要素を入れる。より自由(自立的)に。「自由に賭ける」とは、「他者が、自分の提示するストーリーから、葛藤を読み取ってくれる方に賭ける」???

或は。

「ストーリーを語ることができるのは、概してパワーのある方なので、逆に、ストーリーに見えない断片から、断片を喋った人々の葛藤を読み取る形でストーリーを語ってみて、読んだ葛藤が当たっている方に賭ける」(これってまさにWeak analysis?)

当たりかどうかは、対象者に読んでもらって評価は可能。

当たりの報酬は何??

「当たり」だけでも報酬にはなりえるけれど、プラスアルファが必要では?

仮定1:多分、多くの場合、自力でストーリーになり切れていないような断片には、物的成果につながるような、交換可能な資源(お金など)が不足している、という葛藤がある。

仮定2:例えば、貨幣価値に落とし込める資源保有量にそれほど差がない場合と、格差が大きい場合とで、葛藤の読み方に違いがある。

大体の生活レベルが分かるような情報を与えた後、とある他者について、彼女/彼にとっての幸せな生活とは何か?についてストーリーを書いてもらう。(漠然としすぎ。。。)


信用は、下から上より(内心は抵抗感・不信感が強いはず)、上から下の方が理屈では容易なはず(物的優位性から多少譲ったとしてまだ余裕はあるはず)だけど、発言や行動から葛藤を読もうとするか?と考えると逆。つまり、交換可能物が限定されているので、上に迎合すると分かっていても、主に語彙の制約のため、上と価値観を共有するようなストーリーに”なってしまう”。広く受け入れ可能な語彙で喋ると、図らずも上を理想の相手方としてしまう。消極的信用による既存権力関係のサポート。

弱者が本心を語るのは難しい。では、読み取ることは?

語りと読みは連動するので、語りで難しさを経験すると、より”読みにくい”ものにも(こそ?)注意が向きそう。その結果他者の葛藤を読み取れる可能性は高まるかもしれない。(ただこれは絶対そうなるとは言えない。苦難を経た人がさらに苦難を経験している人に「自己責任」なんて言葉を投げかけるのも全く珍しいことではない。)


安全と感じているその根拠が実は危機を増していると納得できれば人は聞く耳を持つか?

安全と感じている者は、まずはその状態をキープしようと思う。

あえて、脅かされるかもしれないモノゴトは考えない。または、とあるモノゴトに触れた時、なんとかして「大丈夫」と解釈したがる?

事実認識にバイアスがかかる。

不安に感じている方も、勿論「不安だ」という思い込みはある。けれども、「無理やり安全ってことにしておこう」というバイアスよりも、たとえ大げさではあってもリスクについて注意を払えるということで、不安に駆動された不安であること(問題など)の記述(エピソードとかの例示、いわゆるネガティヴ発言?)は一旦聞いてみて分析してみる価値があるのでは?

不安に駆動されているけど、「強みの確認」で終わっているとかなら、まあ放っておいてもいい???

放っておくというのはちょっと乱暴かな?誰に対して「強み」を聞いて欲しいか?を確認してみて、その相手に真剣に取り合ってもらえそうなのか?はなっから無理って分かってるけど、一般的に「強み」って言ってもヘンじゃないから言ってるだけなのか?違いを読んでみると、不安の切迫感の違い(今は大丈夫でも長引くと悪化しそう、とか)が分かるかもしれない。(これまたWeak analysis

いずれにしても、名前が付いて、定義が保証されて、交換可能となっているものでも(だからこそ?)、埋もれてしまっているかもしれない個別事情を探ってみるっていう労苦を厭わない人間が、特に安全な方の人から多く出てくる必要はありそうだ。。。葛藤葛藤、、、、。

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