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没落
吉川家は、現在、滅亡の危機に瀕している。
家族は三人。それも五十代以上の人間で、子供はいない。このままでいくと、この三人が死ねばあとはないことになる。
墓も、他人に取られてしまい、自分が死んだとき、どこの墓に入ればいいか分からない状態になっている。家もボロボロで、いつ崩壊するか時間の問題。
どうしようもないという所で、自慢話をする。
吉川家は、大阪天満で乾物問屋を営んでいた家系で、いやそれも細かく言えばケチが付くのだが、実際は吉川の血は絶えているらしい。
辻本という家から、養子が入ってきてこの吉川を継いだのだが、これが三代前の人間。つまり祖父である。
吉川家には今でいうと十億から二十億という資産があったのだが、祖父はまじめに乾物問屋を営む気にはならず、店を手放して放蕩息子になってしまう。バカな奴だな、と思ったが、当時はよくあったことらしい。
田村駒次郎という人物が趣味で持っていた、「松竹ロビンス」という野球チームがあって、そこに莫大な資産をつぎ込む。どのくらいつぎ込んだのかねえ。戦前にチームを連れて米国まで船に乗って旅をしたという記録が残っていたらしい。公式には言われることじゃないが、自分の家に写真があったのだから、嘘じゃないと思う。
松竹ロビンスはのちに、大洋ホエールズに吸収合併。それから横浜ベイスターズと名前を変えていくことになるが、自分はロッテマリーンズのファンである。
吉備の話を前回したが、いい加減にカネが無くなってきたところ、信仰する宗教を探していたところ、「カネがかからない」とされる宗教があった。
その名も「金光教」。いかにもカネがかかりそうで、実際カネはかかったものだった。教会に風呂がなくて、吉川家がカネを出して風呂場を作ったり、うちが単なる金庫番になってしまう。
父が、社会人になったとき、祖父と同じように教会にあてにされたので、そんなの嫌だと、大阪から東京へ逃げてきたとされる。祖父は六十七歳で没するが、父も阿呆で、香典をすべてどこかに寄付して、その代わり表彰状をもらった。すると、祖母に「こんな紙切れがなんやねん!」と即座に破かれてしまったいう。
ぜんぜん、自慢話になっていないな。
母のほうが、祖母が稲田家の人間で、稲田というと、豊臣秀吉の話でよく出てくる蜂須賀小六という悪党の友達である。
蜂須賀は実際は悪党ではないのだが、話を面白くするためにそうされてしまったという。蜂須賀さんが明治天皇に、「ずいぶんな先祖だったね」と言われて傷ついたと、そう言った伝記も残っている。
稲田は、蜂須賀の下で地味に生きたため、織田、豊臣、徳川と渡り歩いて、滅びることなく生き延びた。織田家の血を引いているという説もあって、あるいは自分の体には織田の血が流れているかもしれない。
上沼恵美子が、「淡路島は自分のもの」とよく言っているものだが、実は、淡路島を実効支配していたのは稲田家であって、我々のものであり、上沼恵美子のものではない。そこは厳重に抗議する。
明治になって、稲田家は男爵になって、武士の出でありながら、いわゆる貴族になる。偉いと言えば偉いのだが、威張れるものは威張れるうちに威張っておこう。
貴族の没落は、太宰治の「斜陽」に詳しい。哀れなものである。
結局、どうしようもないのだが、こうして我々も没落の一途をたどることとなる。今後、本当に我々が死んでしまったら、誰が我々を記憶するのだろうか。吉川は存在せずとも、吉川晃司あたりは、名前が似ているから、あのあたりを適当に拝んでおけばいい。
よしかわ、と、きっかわ、は違うって。
さよならだけが人生だ。