ブラジル国際私法上の契約準拠法(当事者の合意に基づく準拠法選択に関する問題点)
1 はじめに
今般、所属する外国法制研究会でブラジル法の打合せをしていたところ、ブラジルの国際私法上、契約準拠法等につき、当事者の合意で準拠法を指定できないのではないか、という点が話題になりました。
2 日本の国際私法
契約に適用される準拠法がどのように決定されるかは、日本では法の適用に関する通則法7条により、原則として当事者の選択を認めています。同条は「法律行為の成立及び効力は、当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法による。」と定めており、契約準拠法を当事者の合意により決定するこのようなルールは多くの国や地域で採用されているところです。
3 ブラジルの国際私法はどうか
ブラジルの国際私法の基本的な規定は、(法令名は仮訳です。ブラジル法通則法、ドイツの国際私法の「ドイツ民法施行法」とした訳に倣ってブラジル(民法)施行法等が考えられます)「ブラジル法施行法」 Lei de Introdução às normas do Direito Brasileiro. (Redação dada pela Lei nº 12.376, de 2010) や民事訴訟法、その他個別の法令に存在します。
ブラジル法施行法9条柱書は、債務一般(契約のみならず不法行為も含め)の準拠法を債務の発生地国法と定めております。また、同条中「§2゜」は、契約から生じる債務は、申込者の常居所地において発生したとみなす規定です(なお、ブラジル民法435条は、契約締結地を申込地としています。また、同法9条柱書については、契約締結地主義と解する見解と、契約履行地主義と解する見解があり、後者が少数説とされています。)。
そして、日本の法の適用に関する通則法7条に相当する規定はありません。また、国際契約の準拠法に関する1994年の汎アメリカ条約(メキシコ条約)には同様の規定がありますが、ブラジルはこれに署名したものの、批准していません。その他国際条約も締結していない状況です。
4 当事者の合意に基づく準拠法選択はブラジルの国際私法上できないのか?
ブラジル法施行法9条の解釈としては難しいと考えられます。同条は、契約準拠法における当事者自治(当事者の合意に基づく準拠法選択)の否定と解されているようです(多くの研究者がこのように解していると述べるものとして、Daniel Girberger他”Choice of Law in International Commercial Contracts "Oxford University Press,2020 p984-985【Lauro Gama他】)。
しかしながら、ブラジル連邦高等裁判所(憲法問題以外では最終審に相当)においては、当事者の合意に基づく準拠法選択を認めている事案があり、上記でのべたブラジル法施行法9条の規定の存在にもかかわらず、準拠法合意は認められるとも考えられます(前掲p986以下は基本的に認められるというスタンスです。)。
また、仲裁に関しては、ブラジル仲裁法が仲裁地及び仲裁に関する準拠法選択を認めています。したがって仲裁契約における仲裁地及び仲裁準拠法の合意は認められることになります。
さらに、ブラジルは国際動産売買に関するウィーン条約(CISG)に批准していることから、同条約の適用がある売買契約においては、当事者がCISGの適用を明示で排除しない限り(当事者の準拠法選択とは異なりますが)ブラジル法施行法9条にかかわらず、CISGが適用されることになります。
5 その他
ブラジル法に関しては、今後愛知県弁護士会所属のブラジル滞在経験のある複数の弁護士の先生方による本が出版予定と聞いております。また、当職の所属する研究会でも、学習院大学のダニエルマシャド先生により、今後戸籍時報の誌上にて、ブラジル法の訳文につき掲載を予定しています。