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転職回顧録⑨人知れずこそ 想い初めしか

恋すてふ 我が名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 想ひ初めしか   壬生 忠見

(訳:誰にも知られぬよう、ひそかに想い始めたばかりなのに、私が恋をしていることが既に噂になってしまった)

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ワタクシたらうた。不惑も近い齢になり。人生最後のつもりで転職してきた先は、某メーカー。片田舎の、小さな営業所。

ワタクシ入れて。定員3人の我が部署には。先輩社員2名。ベテランの通称『嘆き節』と。ドベテランの通称『地軸』がいて。

挨拶もしない、目も合わせない程に。いがみ合い、憎しみ合っていた。

弊社と長い長ぁいお付き合いのある取引先社長・通称『ミスター』より。新人で入社した者はみな、先輩どちらかにお近づきになり。

庇護下に入ることで。この会社に居場所を作ってきた伝統があると。知らされた、ワタクシたらうた。だが。

女同士の争いに首を突っ込むなど御免。ベテラン『嘆き節』・ドベテラン『地軸』。どちらに組するつもりもない。

ごぜうはごぜう派。ごぜうはごぜうの道を行く。さらば四十路女共。諍いたけりゃご勝手に。末永くお幸せにっ!と。

時は2022年1月。正月休み明けの、最初の週末。この日は、例年。

弊社と長い長ぁいお付き合いのある取引先・株式会社ミスター(仮)との。合同イベントの開催日。

弊社からはドベテラン『地軸』。ベテラン『嘆き節』。足軽のワタクシたらうたと。営業部から。弾ける若さを売りにしているが。年齢聞くと。実はそんなにフレッシュでもない。一応三十路未満男子の『偽若人』。

株式会社ミスター(仮)から。社長の『ミスター』。高長身かつスリムな体躯が麺類の域に達する『パスター』。表情筋の動きだけがハリウッド俳優な『アクター』の。総計7名で。イベントを運営する。

土曜・日曜と。二日間のイベントを行い。二日目の夜は。イベントの反省と。新年会を兼ねた。飲み会。

実は、取引先社長『ミスター』、この人は。ドベテラン『地軸』嫌いで。ベテラン『嘆き節』と意気投合。秘密裡の同盟関係にあり。

ドベテラン『地軸』抜き飲み会を。プライベート・不定期で。ちょくちょく開催している。が。今回は。

仕事絡み。オフィシャルなので。『嘆き節』『地軸』両名参加となる。

サクッと飲み会に出るため。昼食と。休み時間とを墓地に送り。定時上がりを召喚した。ワタクシたらうた。

タイムカード打刻後。速きこと 風の如し。速やかに会社を出る。韋駄天のごぜう。神がかった素早さであったが。

なんと。ベテラン『嘆き節』。ワタクシたらうたと。同じ速度で。ピッタリあとを。ついて来るではないか。

何事!?と振り返った、ワタクシたらうたの。真横。音もなく並ぶ『嘆き節』。声を潜め。話始める。

「今日の飲み会ね。8人参加なの」
「はい」
「『偽若人』君が婚約者さん連れてくるんだって」
「へぇ!そうなんですか」
「でね、8人だからテーブルの、手前側に4人、奥側に4人座るでしょ。ごぜうさんはね、手前側の奥から2番目の席に座ってね。で、ごぜうさんの隣の、奥側は『アクター』さんね」

ああ、この人は。またやってるのか。と。

面倒臭きこと 山の如し。ベテラン『嘆き節』。必殺技は根回し。何にでも。事前に手を回し。策を巡らせておかねば気の済まぬ質で。

些細なことの一つ一つに。作戦を練り。実行するのだが。その際。一人で勝手にやるなら。ワタクシも何も言わぬ。が。一々。周りを巻き込み。

やれ作戦成功だ、失敗だ、だの。予定と違う、作戦変更!だの。そして事後には。反省会まで行う始末。

正直。面倒臭い。これまではワタクシたらうたも。先輩である『嘆き節』に。一応、遠慮&敬意を示し。

作戦ごっこにも。お付き合いしてきた。が。それがいけなかった。

ベテラン『嘆き節』。気分を良くし。近頃、ますます。作戦ごっこがエスカレート。

ここいらで、ちょいと。付き合いきれないこともあると。示さねばなるまい。

「断る!!」
きっぱりと。言い切った、ワタクシたらうた。

一瞬怯んだ『嘆き節』。少し考え。「『アクター』さんの隣は嫌?」と。

「そういうことじゃないです。私、頻尿なんで。ビール飲んだら尚更。だから、トイレにすぐ行ける一番入り口近くに座るつもりです」

もう作戦ごっこにお付き合いしたくありません。と。言ってしまうと。後が修羅場なので。適当な理由をつける。

「あ、駄目。入口に一番近いところは『偽若人』君に座ってもらうから」と。のたまう『嘆き節』。本人の構想では。既に。座席表が仕上がっているのだから。ワタクシが。どこを希望しても。駄目というに決まっている。

ので。もう一押し。

「いやいや、駄目です。トイレ近くは譲れません。あの居酒屋の便所はわしのもんじゃい!」と。勢いで。押し切る構えの。ワタクシたらうた。

言い淀むベテラン『嘆き節』。勝負アリか、と。思った。が。

「そっか、入社以来コロナで会社の飲み会ってほとんどなかったもんね。ごぜうさんはまだ見たことないか…」と。『嘆き節』。語り始める。

曰く。

ドベテラン『地軸』。極めて酒癖が悪い、とは。かねてから。ワタクシたらうたも。話に聞いている。

「酒乱科・絡み属」の『地軸』は。浴びる程吞み。普段の鬱屈を開放し。暴言の嵐。

そして。その標的になるのが大抵。その場で。一番年若い男子。つまるところ。今回は。弊社営業職。三十路未満男子『偽若人』。

婚約者の手前。罵詈雑言を浴びせかけられるのは。余りにも不憫。と。そこで今回。最奥の席にドベテラン『地軸』。そこから一番遠い。入り口側に。『偽若人』を配し。更には。ドベテラン『地軸』周辺を。横に、取引先社長『ミスター』。向かいに(株)ミスター従業員『アクター』の。『地軸』より年上、かつ。お世話になっている。取引先コンビで固め。絡み被害者0プロジェクトを。立ち上げたい。とか。

何か色々。喋っている。ベテラン『嘆き節』。参加者8人程度の小規模飲み会。端と端に座ったところで。そもそもそんなに遠くない。その程度離したからと。酒乱とまで呼ばれた人が。絡まなくなるだろうか?と。

疑問に思った。ワタクシたらうた。だが。ベテラン『嘆き節』。超絶の頑固者。思い立ったら試練の道を 行くが男のど根性。引き下がるつもりは。毛頭。ないだろう。

そうなれば。

折角。昼食と休み時間を取らずに、定時上がりしているのに。要らぬ説得を受けることに。時間を割くことになる。

無駄無駄無駄無駄無駄無駄ムーーーーーーダーーーーーーーーーーーーーー!!!ワタクシの時間を無駄にすることを許可しなあぁぁい!!と。思った。ワタクシたらうた。

「そうですか!そういうことならわかりました!私は手前側の奥から二番目の席ですね!はい。では後ほど、お店で!」と。

寿司屋の大将並みに。気風の良い返事を残し。続・速きこと風の如し 速やかに。アリーヴェデルチ!帰路についた。

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「見事だ…」と。唸ったのは。ワタクシたらうた。

ベテラン『嘆き節』。自分の頭の中で、勝手に。座席表を決めたところで。飲み会の席では。やれあっちが上座だ、下座だ、だの。俺はあっちがいい、こっちがいい、だの。想定通りになぞ。行くわけがない、と。高を括っていたのだが。

実際。飲み会が始まり。見回してみたらば。全員が。ベテラン『嘆き節』の。想定通りに。着座していて。

更には。ベテラン『嘆き節』本人は。大嫌いなドベテラン『地軸』と。同列の。端と端に着座しており。同列だから目の合うこともなく。二人挟んでいるから。会話の必要もなく。

策士よの。と。思わず。感嘆したのである。

「失礼しまーす」の声と共に。お店の方が。一杯目を運び込む。次々にテーブルの上に置いて行く。が。8人の部屋に、11杯。

「あ」と思った、ワタクシたらうた。お店の方を呼び留め。「なんか多いみたいですよー」と。言ったところで。

「あ、それ!こっち!私の!」と。大声を張り上げるは。ドベテラン『地軸』。どうやら。最初の一杯、では。気が済まず。

最初の四杯。注文したらしい。みんなが一杯ずつの所。ビール×1、レモンサワー×3を。自分の元に引き寄せ。ドヤ顔で。一同を見回す。

これが。ドベテラン『地軸』の。『地軸』の片鱗。自分が目立ちたい。奇を衒ってやろうじゃないの、と。思ったなら。

店への迷惑も。御馳走してくれる方への配慮も。二の次・三の次。仕方あるまい。彼女は『地軸』。彼女を中心に。今日も世界は回っている。

その横で。今回の会計を持ってくれる、取引先社長『ミスター』。流石に。苦笑い。

乾杯が行われ。飲みながら。食べながら。歓談。今回は。イベントも。成果があったので。

一同明るい顔。話は弾み。冗談も飛ぶ。和やかな空気。

加えて。今回の飲み会には。弊社営業職『偽若人』の。婚約者も出席しており。やれ、いつ籍を入れるんだ?やれ、挙式はどこでするんだ?と。

その場の人員。ワタクシたらうたをはじめ。周囲の結婚する人の数を、亡くなる人の数が。上回る世代なので。尚更、結婚式。という。華やかなワードに。浮足立つ。「偽若人にはもったいない彼女だな!」と。日本書紀にも書かれている(多分)。ド定番ネタでも。十分に笑いが起きる。

そんな折に。ふと。当初。ベテラン『嘆き節』から。営業『偽若人』に。絡むのではないかと。目されていた、ドベテラン『地軸』が。

人に絡むどころか。さっきから。一言も発していないことに気づいた、ワタクシたらうた。

陽キャで。通常。まぁまぁよくも喋ること。黙っていることの。できない質だが。

気になったので。目を転じ。そして瞠目した。

ドロリ目をした。ドベテラン『地軸』。終始無言で。壁にもたれかかったり。椅子ごと。後ろに倒れそうになったり。横に座る。取引先社長『ミスター』に。もたれかかったり。体面を気にする余裕がないのか?いきなり。壮絶なゲップをしたり。

既に。終電で。床に転がり爆睡しているレベルの。立派なへべれけではないか!

へべれけ『地軸』の前には。微妙に。空いている、とは。言い難いグラスが。6~7個も。林立している。

最初の四杯を飲み切らぬうちに。追加オーダーしたのだろう。そして。速きこと 風の如し 次から次と。飲むうちに。すっかりと泥酔し。今。この有様なのだろう。

ワタクシが。へべれけ『地軸』を見ていることに気づいたのは。へべれけ『地軸』の。横に居ます取引先社長『ミスター』。向かいに居ます(株)ミスターの『アクター』。

やっと気づいたかごぜう、なんとかしてくれ。と。目で訴えかけてくる。

酔いが回り過ぎて。前後不覚の態の、へべれけ『地軸』。取引先社長『ミスター』に。押し返されているなどは。もはや。気づくわけもない。スライムに転生したかの如く。のべーんと。全筋肉を弛緩させ。もたれかかり続けている。

その体たらくを見て。ワタクシたらうた。「こいつは駄目そうだ」と。急性アル中からの搬送、など。ならなければよいが。

とりあえず。酒を遠ざけんと。ドベテラン『地軸』の前の。容量の少ないグラスから片付け始める。

「まだ飲んでる途中なんだけど」とか。ごもごも言っている。へべれけ『地軸』に。

「具合悪くないですか?トイレに行きましょうか?」と。声を掛けた。ワタクシたらうた。正面から顔を見据えたが。思っていたより。顔色は悪くない。ようには、見える。

「そんなに酔っぱらってないから!ちょっとそれ返して!」と。なおも。ワタクシが片付けようとするグラスに。執心する。へべれけ『地軸』。

その、伸ばした手を。横の取引先社長『ミスター』。そっと。押し返し。「ほら。今あるのを飲んだら次頼めばいいからさ」と。なだめようとした。

その瞬間。

いきなり。ハッと息を飲み。顔を紅潮させた。へべれけ『地軸』。

急に。顔色が変わったので。「吐くのか!?」と。身構えた、ワタクシたらうた。

杞憂だった。

へべれけ『地軸』。グラスを取り返さんとする。自分の手を阻む、取引先社長『ミスター』の手を。

花弁を弄ぶように。そっと。柔らかく。けれども。力を籠めて。ひしと握り。

そのまま。くずれるように。取引先社長『ミスター』の胸に。倒れこむ。その刹那の。潤み、桃色を帯びた。ドベテラン『地軸』の目。

湛えた光に。四十路を越えた女の恋の情念を。ワタクシたらうた。はっきりと。見た。

そうであった。へべれけ『地軸』。この人も。女人であったのだ。

女人 我観世音菩薩
女人 我観世音菩薩
合掌。

取引先社長『ミスター』の腕の中。微睡んでいる。へべれけ四十路恋乙女『地軸』に。

にわかに抱きつかれ。流石に焦った。『ミスター』。「ほら!起きて!もうタクシー呼ぶよ!」と。呼びかけながら。揺すり起こそうとするも。

幸せそうに微睡む。へべれけ四十路恋乙女『地軸』。口元を。何やら。ごもごも動かし。そのまま。深い眠りの渕に。沈んでいった。

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その後。到底。一人では帰れそうもない、へべれけ四十路恋乙女『地軸』を。タクシーに押し込み。自宅まで送り届けた、ワタクシたらうた。

タクシーの中で。唐突に目を覚ました、へべれけ四十路恋乙女『地軸』。

未だドロリ目で。ワタクシを見。横にいるのが。愛しい『ミスター』でなかったことに。余程失望したのだろうか。

抑揚のない声で。「ごぜうさん?なんで?早く帰った方がいいよ?」と。

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翌朝。酷い二日酔いらしく。這うように出勤してきた、ドベテラン『地軸』。嘘か誠か。

「昨日の飲み会のことさー、私、飲み過ぎたみたいで、なーんにも覚えてないんだよねー!!!迷惑かけたかなー?ごめんねー!」と。

頭痛を堪えながらだろうが。カラリと。言い放った。

ドベテラン『地軸』よ。貴女は。昨夜のことは。思い出せないかもしれない。忘れたかもしれない。だけどな。

取引先社長『ミスター』は。忘れないだろう。

胸で微睡む貴女が。眠りに落ちる刹那。自分だけに聞こえる声で。「Love you」と。囁きかけたこと。

ドベテラン『地軸』よ。昨夜のことは。忘れていい。けどな。これだけは。絶対に。忘れるな。

取引先社長『ミスター』が。既婚者であるということはな。



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