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転職回顧録⑥必殺苦労人

三十路も半ばを過ぎた、ワタクシたらうたが。転職してきた先は。某メーカー。片田舎の、小さな営業所。

ワタクシ入れて。定員3人の我が部署には先輩社員2名。ベテランの通称『嘆き節』と。ドベテランの通称『地軸』がいて。

挨拶もしない、目も合わせない程に。いがみ合い、憎しみ合っていた。

入社から1年が経ち。ワタクシたらうた。二年生になったのは。

2020年の早春。コロナ禍の始まりの頃。

緊急事態宣言が出されたのは5月だったが。

皆、死に至る事もある未知の感染症を恐れ。外出を避け。家に篭ったので。弊社もすっかり、閑古鳥の鳴き放題。

ただ。閑古鳥が鳴こうが。子泣き爺が泣こうが。会社が営業している以上。出社せねばならぬのが勤め人の悲しき運命。

しかもその日は土曜日ときた。通常混雑するはずの土・日・祝は。ワタクシの部署は全員出社。

と。いうことで。

誰も来やしないオフィス。犬猿の仲のベテラン『嘆き節』・ドベテラン『地軸』と共に。

終業時間まで。3人だけで詰めておらねばならぬ。という。ワタクシたらうた。中々の責め苦に遭っていたのであります。

朝の清掃を終え。デスクに着く。既に着座しているベテラン『嘆き節』、ドベテラン『地軸』。両者無言で各々のPCに視線を落としている。勿論。会話はない。

デスクの配置は。ワタクシたらうたの右横が『嘆き節』。向かいに『地軸』。

やってきたワタクシに気づいた、対面の『地軸』。ちら。ちらと。視線を送ってくる。

同時に。横の『嘆き節』も。ちら。ちらと。ワタクシを見ている気配がある。

これは。無言の気まずさに耐えかねているご両人からの。「お前が会話の口火を切れ」との。無言の圧で。

そんなにも。無言が堪えるなら。自分から話すなり、そもそも会話もできない関係の打開を図るなり。

大の大人。自力で解決の道を模索して欲しいものよ。

なんとも。面倒臭きこと 山の如し

とはいえ。10年弱の年月で。拗れに拗れた、ご両人の関係。

仲は良い方がいい。
会話くらいできた方がいい。
一緒に働くのだから協力し合える関係がいい。
そんなに悪い奴じゃない。

そんなことくらい。当然。わかっているだろう。わかりきっているのだろう。話し合いも、仲直りのきっかけ作りも。散々散々。したのだろう。そもそも。簡単に解決できるなら。10年弱も拗れ続けたりしないのだろう。

そして。拗れきったご両人の。意思の疎通を手助けすることが。ワタクシたらうたが。両人どちらかに媚びへつらい、庇護下に入ることをしなくとも。平穏無事に会社にいられる理由であり。いいのか、悪いのか。良くはないが、結果。それに救われてもいて。なんだかな。と。

ここのところ。3人出社しても。来客少なく。無言を嫌うご両人に。なんらかの話題を提供する機会が多かったため。

正直。そろそろネタ切れだ。どうする?二人とも絶対乗ってくる鉄板は美容系。だが、残念なことに。ワタクシたらうた。美容に関心がない。

何かあるか?絞り出せ、絞り出すんだたらうた!そしてぶちまけろ!

「なんか昔、水つけて鼻にペタッと貼って剥がしたら角栓が取れてくるパックありましたよね?あれって今でも売ってるんですかね?」

絶妙にどうでもいい話題。だがこれしか思いつかん。仕方あるまい。これを。

顔を両人の丁度間あたりに向け。虚空に向かって話し掛ける。

話掛けるにも気を遣う。しくじって「どちらか一方に話しかけた」と受け取られてしまうと。

やれごぜうはあっちについた!やれごぜうに裏切られた!と。やいのやいの大騒ぎになる可能性があるもので。

いやはや我ながらなんとも。気苦労の多いことだ。

「え、どうなんだろー?あれ、いっぱい取れるとちょっと嬉しいんだよねー」と。応えたのは。ドベテラン『地軸』。

陽キャのこの人には。無言状態は殊更耐え難いらしく。ワタクシが何か発言をするといつも。被せ気味で乗っかる。

「検索したら楽天でいっぱいヒットしたよー。300枚セットとかもある。でも『角栓パックはよくない』って記事もたくさん出てきたよ」と。

応えたのはベテラン『嘆き節』。この両人。直接会話はしない。ワタクシをクッションにして。会話が続く。

「角栓パック、確か黒いのでやるとめちゃめちゃ角栓よく見えて凄い『取ってやった感』があっていいんですよ!うわぁ久々にやりたいなぁ。でも『角栓パックよくない』のはなんでなんですかね?」両人の発言を。均等に拾い。均等に返しながら。

別に自分は無言でも一向に気にならぬのだけどな!と。心の中で毒づく、ワタクシたらうた。だが。顔には笑顔。明るい声で。

「昨日、ふと鏡見たら鼻の角栓気になっちゃって。んで、鏡に近づいてよーく見てたらついでに鼻毛も出てたんですよ!鼻周辺から黒いもの出し過ぎなんですよねー、私!」

ああぁ何故!話していたいのはご両人。なのに。ワタクシがネタの提供から、自分を落として笑わせるところまでしているのか?

会話は弾む。心は荒む。人生が曇っている。いや、人生が腐っている!!てやんでい!


時はコロナ禍。外出もままならず。好きなお酒も家でだけ。ストレス発散がうまくできていないのは。自覚していたが。

これは。本腰を入れて。お酒以外のストレス発散を見つけなければ。と。


 

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