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『美しき怪物』 三遊亭わん丈 インタビュー

濱町亭誕生と公推協杯全国若手落語家選手権第1回大賞受賞を記念して、三遊亭わん丈さんの特別インタビューです。是非お楽しみください。

全国若手の頂点に立ったのはまだ真打には遠い二ツ目半ばの男だった。

第1回大会というのはその時代の実力者が全員存在している。第2回には第1回の優勝者はいないのだから。

そんな中、圧勝。

全国の主催者が東西若手落語家約200人から厳選し、落語会やメディアでも活躍する15人を、審査員とお客様の審査という考え得る限りの公正なコンテストで2位になんと倍以上の差をつけての優勝だった。

色んな落語会にお邪魔しているが、この人はいつも拍手笑いを起こしている。それは落語によくある「言い立て」を成功させたことなどによる拍手ではない。センスでお客を唸らせているのだ。

また、面白い人でも陥りがちな(それが悪いという意味ではないが)、マニアにはわかるが初心者には伝わらない「身内ネタ」や「落語ネタ」にほとんど頼らないのも安心感があり、マニアのみならず落語初心者でも存分に楽しめる笑いを常に提供している。

習ったことを話すことが多い落語の世界において、オリジナルの笑いの量が群を抜いている。
永谷園のマクラを聴いた時の感動がいまだに忘れられない。

鮮やかな着物に身を包み、深々とお辞儀し、綺麗な襟足をみせ、丁寧な挨拶から始まる美しい声と所作による高座は、いつの間にか怪物のように客席を引っ掻き回す。
マクラで爆笑を起こし、その間にその日の客席を見極めて自由自在に古典と自作を、そして江戸言葉と上方言葉をも使い分け落語を語る。とにかく華やかで艶やか。その姿、その落語に、目も心もあっという間に奪われていく。

また、まだまだ若手にも関わらず、持ちネタの多さにも驚かされる。

滑らかな言い立てから、この人の改作力、創作力を全て見せつける「ガマの油」

ルパン三世のような色気のある調子のいい男を演じ切る「付き馬」

埋もれた古典を掘り起こした傑作「近江八景」

東と西の言葉を見事に使い分ける自作「國隠し」

三題噺(お客さんからの3つのお題で即興で創る落語)からできた、爽やかな夫の大岡越前と可愛らしい元花魁妻という見事な設定の古典風自作「花魁の野望」

この人の頭の中は一体どうなっているんだと驚いた革命的自作「子ほめのイヤホンガイド」

そういえばなぜ今まで誰も出囃子で歌わなかったんだろうと思わされた「寿限無の夜」

途中に鳴り物を入れ、色っぽさにセンスを同居させた「紙入れ」

天才的な編集力で2時間45分に凝縮した三遊亭圓朝作「牡丹灯籠」

古典に自作にとこれだけ挙げてもNHK新人落語大賞では「星野屋」、全国若手落語家選手権本選では「お見立て」と上記とは違うネタというからさらに驚きだ。

伝統ある「TBS落語研究会」55年の歴史上初二ツ目でオンエア。加えて三遊亭円楽師匠不在時の「笑点」にも二ツ目では唯一の登場。

年間1000席の高座をこなし、全国900人の落語家のうちからわずか50人しか出演できない「博多・天神落語まつり」にも毎年出演。また、独演会を国立演芸場で行っていたのは二ツ目では史上初で、今年の4月からはさらに大きな会場である日本橋劇場に移るなど、さらなる活躍が期待されている。

と、少々大袈裟に誉めているように聞こえるかもしれないが、そのどれもが事実である。とにかくこの人はすごいのだ。
これだけ説明すれば超売れっ子、超多忙なことは容易に想像がつくと思うが、そんな中で時間を作っていただき、三遊亭わん丈さんにお話しを伺った。


王道への怒り

撮影:橘 蓮二

ーまずは、全国若手落語家選手権第1回の優勝、おめでとうございます。古典・自作両方を演じる落語家さんは増えてきましたが、その両方で色んな賞を獲得する人はなかなかいないですよね。

ありがとうございます。

ー前座さんや後輩の方々が「わん丈さんに憧れている」とおっしゃるのをよく伺います。

芸人の言うことを信じちゃいけません(笑)

ー王道を歩んでいると。

とんでもないです。逆でして。私はその王道の人たちへの怒りみたいなもので毎日生きています(笑)

ーどういうことですか?

私の亡き師匠の三遊亭円丈は最高の指導者でした。
でも奇抜な新作落語のイメージが強すぎて、古典落語が主流の落語界において「わん丈は円丈の弟子だから前座で突拍子もない落語をするんじゃないか」なんてイメージを多くの関係者にもたれて、最初の頃は全然仕事が回ってこなかったんです。私は師匠から古典もしっかりお稽古をつけていただいてたんですけどね。まわりの前座仲間がどんどん仕事をもらっていく中「俺の方がウケるのに…」とずっともやもやしていました。

ーそうなんですね。最初からご活躍されていると思っていました。

「お前の一門では笑点の若手大喜利にも絶対出られないよ」ってよく言われてましたね。初めは別に出たいと思ってなかったけどそれを言われてから何が何でも出てやろうと思ってましたね(笑)

あと、私が入ったときから今でもずっと若手は落語芸術協会さんの天下じゃないですか。
なんとか追いつかなきゃと思っていましたね。

ー公推協杯全国若手落語家選手権で優勝された瞬間はいかがでしたか?

勉強会のお客様と色んなお席亭(主催者)と師匠の顔が走馬灯のように(笑)
入門時に師匠の円丈から「営業するな。稽古だけしていれば誰かが見つけてくれるから」と言われ「いやいや、なかなか見つけてもらえないんですけど…」とか思いながらもなんとかその教えを守ってきたので、これまでに私を見つけてくださった方々への感謝の気持ちは一入で。

ー関係者の皆様が「今回わん丈はマクラから落語まで完全に獲りにきていた」と言っていましたね。

あー、それ結構聞きましたけどね、違いますよ。あの大会は初心者さんからご通家さんまで色んなお客様がいらしたでしょ。そんなお客様をいつも通りなるべく一人残らず笑わせようとしていただけで。あれでガチって他の人らは普段どんなええ環境でやってるんでしょうね。やっぱり、私は王道の落語家じゃないんですよ(笑)スベったらもう次の高座はないって思ってますから。

ー2022年度のNHK新人落語大賞は古典で臨まれましたが、立川吉笑さんが新作落語で優勝され、惜しくも準優勝でした。

でもまぁ古典の中では1位ってことで(笑)
だからもうあの大会では古典を確かめる必要がなくなったので来年度は自作で受けます。

ー今大会でNHK新人落語大賞のリベンジを果たした形になりましたが。

いや、大会によって基準は違いますからリベンジという感覚は全くないですね。

ー賞レースに対してどうお考えですか?

いいもんだと思いますよ。3つぐらい理由をあげると、

1つは恩返しの機会をいただけること。日頃勉強させてくださっているお客様が喜んでくださるし、あと、我々の世界は上の方に恩返しができないので後輩に「恩送り」をしていくんですが、賞を獲ったときだけは「賞金をいただいたので…」と理由をつけて上の方になにかお礼をさせていただけるんですよ。

もう1つは未来の自分への保険です(笑)
私は二ツ目という立場なのでまだ落語家としてスタートラインにも立っていないんです。だからまだ自分の得手不得手を考えて絞ったりせず、とにかく先輩方がやっていらっしゃることは一通り勉強させていただいていますが、真打になったら今以上に自分にしかできないような「新しいこと」を私はどんどんやっていきます。
「新しいこと」って前例がないから不安になるんですよ。そのときに基本的な演目で二ツ目時代に賞を獲っていたっていう実績が未来の私を励ましてくれる気がするんです。だからオンリーワンな噺は賞レースでは出しません。なるべく同じような噺で周りと「競う」ようにしています。

3つ目は、単純に賞って貰わないより貰うほうが嬉しいですよね(笑)

バイリンガル

撮影:久門 易

ー若手落語家さんのほとんどがグループを組んでいる中、わん丈さんは孤高の存在ですよね。

一人が楽なんで。企画モノとかで仲間とやることはありますがその日だけですね。せっかく一人でできる仕事なのにわざわざ誰かと一緒にやることないなって。

ーお客様との打ち上げ付きの会にはご出演なさらないんですよね。

よく調べてくださって…(笑)はい。それやると次に自分の会にお客様が増えたときに高座が面白かったからか、打ち上げの差配がうまかったからか見分けがつかなくなるんで。あと、あんまり知らん人と別に呑みたくないんですよ(笑)

ー高座では標準語で話されますが、普段はものすごく関西弁ですね。

私が生まれ育った滋賀県は関西ですからねぇ。

ー直さないんですか?

サッカー選手だって街中で頭上にボール飛んで来たらヘディングせんと手で取ると思いますよ(笑)高座に上がったらちゃんと東の言葉で喋りますからご安心を。関西弁の人が出てくる落語も結構あるのでそういうときにバイリンガルは便利ですよ(笑)

ー高座のお着物も素敵ですが、普段着もおしゃれですね。

わ! 嬉しい。着物も洋服も好きなんです。

本物の貧乏

撮影:橘 蓮二

ーなぜ落語家を目指したのですか?

19歳で故郷の滋賀県を離れ、大学進学で福岡県に行ってフラフラ音楽で食べていく夢を見ながらスロットと麻雀で生活してて。

ースロットと麻雀!?

貧乏でね。頼れる人もいないし。

ー想像できないですね…

本当に貧乏が苦しかった人は言わないし、なるべく見せないと思いますよ。

ー今もギャンブルはされますか?

今はもうしないです。生活できてるから。でも生活できなくなったらまたやるかもしれませんね。

で、話を戻すと、27歳のときにちゃんと芸能をしたいと思って東京に出てきたときに池袋演芸場で初めて落語を観て、究極の芸能だなと思って。セットがほぼない、落語家の言葉とそれを想像するお客様の頭の中だけで成立する。一人の言葉で全員が笑っている。しかも老若男女が。

全員の目線がずっと自分だけに向く。そんな芸能ないでしょ。最高じゃないですか。なんか自分にもできそうだったし、出てくる落語家全員太ってたんで「この人たち食えてるんだなぁ」って思って、やってみよって(笑)

ー弟子生活って理不尽なことも多いですか?

もちろん(笑)でも師匠の理不尽は受け入れないと。だって理不尽を始めてるのは実は弟子の方じゃないですか。どこの馬の骨かわからん私に落語教えてください、ごはん食べさせてくださいってのが弟子入りですから。

ー達観してますね。前座修行は辛いですか?

ですねえ(笑)でも師匠方のお世話って後々自分の落語に活きてくるんですよ。

寄席でたくさんの師匠方の靴を間違えないように並べたり、どのジャケットがどの師匠のかを覚えたりするのって、一人ひとり覚えるのが難しいから感覚で判断できるようになるんです。この靴を履く師匠だからジャケットはこんなの着そうだなみたいな。紐づけですよね。それがいずれ高座に上がるときに「こういうお客様だからこういう噺をしよう」みたいな一瞬でその日のお客様をつかむための力になってたりするので修行って面白いところもありますよ。

あと、修行って夢をみながらお金に困らないシステムだからすごい。将来やりたいことの勉強してるのにお金なくならないんですよ。スロットとか麻雀しながら夢追いかけてたら勉強の時間も減るし、お金なくなるときがありますからね(笑)

ー毎週stand.FMで放送されている「わん丈のサンドラ煩悩」はギャンブラー時代のご経験から?

いや、あの俗っぽい番組はこんな自分みたいなもんが、なんかこの業界でイメージがええみたいなんでなんか照れくさいというか、やりにくくて企画を出しました。あんまりイメージがよくなってくると笑いを生み出しにくくなるんで。

ー落語家になってよかったと思いますか?

はい。なにしろこの世界は面白い。だって音楽やってるときサザンオールスターズにもB’zにも会えなかったけど、この世界って入ったとたんに柳家小三治師匠とか春風亭昇太師匠とかそういった頂点の方に会えるんですよ。

ーわん丈さんは今「二ツ目」という位ですが、どういう立ち位置だと思っていますか?

大学生みたいな感じです。

ーというと?

見習い前座→前座→二ツ目→真打と進んでいくのですが、人間の一生で例えると、

見習い(1年間):生まれてから小学校入学まで(弟子になり、名前をつけていただいて、師匠という芸の世界での親と一門という家族と、師匠と仲のいい親戚的な一部の近しい師匠方にだけふれる)

前座(4年間):小学校入学から高校卒業まで(義務教育的な期間。寄席という名の学校で家族以外の大人たちにも色々と教えていただく)

二ツ目(10年間):大学生(何をやってもいい。勉強しても怠けてもいい。まだ親の手は離れていない)

真打:社会人1年生から天寿を全うするまで

だから今私は人生二度目の大学生なので今度は怠けないように気を付けています(笑)

ーわかりやすい例えですね。これはわん丈さんが考えたんですか?

そうですね。これはみんなに「今度それ使わせて」ってよく言われます。

ー抜擢真打や名跡襲名などの噂もよく耳にします。

だから芸人の言うことを信じちゃいけませんて(笑)

私は好き勝手生きてきて28歳でこの世界に入れてもらって。横滑りみたいなもんやと思ってますから。抜擢とか襲名なんて恐れ多い。

抜擢は自分で決めることじゃないから、それはそのときの流れでなるべく皆様のご迷惑にならないように動くと思いますが、襲名ってのはたぶん自分からアクションを起こすのがほとんどでしょ。「この名前を継いでくれ」なんて言われたら考えますけど、そうでなければこのままの名前がいいかな。メールアドレスとか変えるの面倒くさいし。やっぱり私は師匠の円丈にもう一度人生をやりなおさせていただいた、「わん丈」という名前をいただいたあの日が忘れられないので。

名跡って何代目何代目って数字は違っても同じ名前でしょ? お客様が私を検索したいときに先代が出てきたりしたらややこしいし。

なんか名前に関してはこの業界をまだド素人目線で見ているところがあります。噺家って「小」がつく名前が多いなぁとか。五代目柳家小さん師匠なんて人間国宝だったのに「小さん」ですよ。ものすごい師匠なんですから「大さん」でしょとか、いまだにそんなことを思ったりしています(笑)

発明家

撮影:橘 蓮二

ー最近の学校寄席のやり方はわん丈さんがやっていたものをみんなが真似しだしたと伺いましたが。

よく調べてますね(笑)そうらしいですね。以前の学校寄席のやり方は、まず落語の歴史や扇子と手ぬぐいの使い方なんかを説明してから落語をしていたらしいんですね。
ただ私はいわゆる王道学校寄席主催者さんからのルートのお仕事が最初はいただけず、いきなり一人で知り合いの学校に行ったりしていたので、伝統的な学校寄席のやり方を知らず全部自分で考えながら作ってきました。で、今のところの私のベストのやり方が、まず簡単な落語を聞いてもらって、そのあとにクイズ形式で登場人物の人数や扇子や手ぬぐいはどう使ったかなどを説明していくというものなんです。
で、そのやり方なんですけど、この間ある先輩と学校寄席に行ったらその先輩が「わん丈くん、俺この間〇〇兄さんから習ったクイズ形式のやり方ってのやるから」って言われて、その〇〇兄さんはいつだったか私と行った人でね(笑)嬉しさと同時に怒りが込み上げてきたのを思い出します。この業界の人はほんま平気でネタとかをパクるよなって(笑)

ーパクられるとかってあるんですね(笑)

めちゃくちゃあります。
そういえば一度前座のときにやった母親のエピソードのマクラを、その日ご一緒してた当時人気二ツ目の方が後日よそでやられたらしく。次お会いした時にその方から「わん丈さんごめん。こないだわん丈さんがやってたマクラが面白かったから、どうしてもウケなかった会場であれやらせてもらった」って言われたときに嬉しさもちょっとあったけど「いやいや…兄さんの方が有名なんやから、今度もし俺がどっかでやったときに兄さんのネタを俺がパクったと思われるやん」って。でもやっぱり下からはなんにも言えへんし、これは自分の財産は自分で守らなあかんなって思いましたね。

ー盗まれる恐怖との戦いですか?

新しいことを生み出し続けなければいけないのでそれもしてるけど、自分の生み出したものを守ることも大切だと思います。でもその自分のネタを守るという意識のおかげで「漫談化」してマクラを磨くということもできるようになったので、結果よかったのかな。

ー他にどんな新しい取り組みをしていますか?

私は保育園児とかにも落語を聞いてもらうんですけど、まぁー普通にやったら聞いてくれない。年少さんなんかかなり厳しいです。そこで考えて、年少さんに前に並んでもらうのではなく年長さんに前に並んでもらう。で、年長さんに向けて落語をやると、後ろの年少さんはそんな年長さんをみてちゃんと真似をして聞く。
こういうのを発見したときがたまらない。毎年お邪魔している保育園さんは私が行きだしてから園児がそれまでより4か月ほど早く言葉が上達しだしたそうです。ちゃんと聞いてくれているんですね。

ーお子様たちへの落語も力を入れていらっしゃいますね。

そうですね。地方でホールの独演会なんかがあるときは、その会の前に近くのお子様を集めて子供寄席を開催できませんか?と提案します。早めに楽屋入りしてただ弁当食べるだけだったら少しでも色んな人に落語を聞いてもらいたいんで。

ー勉強会「わん丈ストリート」の会場が国立演芸場から日本橋劇場に拡大されます。

国立が改修に入るもんで。想定外でした(笑)日本橋劇場はネタおろしの勉強会にはもう大きすぎる気はしますけど「チケットの取れない落語家」って言われるの嫌ですから。来たいと思ってくださった方には全員にお越しいただきたい。どちらかというと満席より空席がある方が気が楽です。

ー今回、日本橋浜町にて「濱町亭」という落語会が誕生するようです。

私が大好きな「刀屋」という演目が浜町あたりなんですよね。交通の便もいいし最高だと思います。
上で美味しいコーヒーも飲めるんですよね。この世の楽園ですね。

ーわん丈さんの会のお客様って素敵ですよね。

でしょ(笑)ガツガツしてないですよね(笑)ほんまに私のこと好きなんかな(笑)
でもそんな雰囲気のおかげで初めての方も来やすいって聞きます。あの方々はすごいんですよ。

落語ファンって1か月通ったらもう高圧的に若手に説教してきたり、聴きまくってる感出してくる方とかいますけど、私の勉強会のお客様はもう10年ぐらい毎月のように聴いている方がたくさんいらっしゃいますからね。穏やかですよね。

ー確かにそうかもしれませんね。

最初の頃は男性のお客様ばっかりだったんですけど、少しずつ女性も増えてきて、最近では私と歳の近い方が増えてきたのもありがたいですね。この一年ほど同じ漫談や落語でも意識的に表現を新しく、そしてわかりやすくしていたのが実ってきたのかもしれません。
そしてそんな変化にもついて来てくださる昔からのお客様方。やはり只者ではない(笑)

ー今ご自身の代表的な落語ってどれですか?

うーん…

  • 来場御礼(DVD「落語わん丈」に収録)

  • 近江八景

  • 子ほめのイヤホンガイド(DVD「落語わん丈」に収録)

  • 紙入れ

  • 牡丹灯籠 通し※全編の意

とかですかね。どれも見てもらえればわかるんですけど、確実に私しかやらないようなことをやっている噺ですね。よく考えたら去年落とされた文化庁芸術祭参加公演の「わん丈七変化」でやった噺ばっかりですね(笑)やりたいことをやったら賞は獲れないんですね(笑)めちゃくちゃウケてたんやけどなぁ…

ー牡丹灯籠の通しはすごいですよね。

コロナ禍でなにもできなくなったのであの大作に挑戦することができました。

ー何年か経って「コロナ禍は何をしてた?」って聞かれたときに「牡丹灯籠をしていた」って言えるのはかっこいいですね。

滋賀に帰ろうかなと思ったんですけどね、牡丹灯籠のおかげで腐らずに済みました。

旬を届ける

撮影:Takumi Tezuka

ー今後はどんな落語をしていきたいですか?

今まで通りそのときの自分だからこそできる噺をやるようにします。歳をとってからできる噺は歳をとってからやればいい。私、はっつあんとご隠居さんの噺あんまりしないでしょ?どう考えたってもう少しベテランになってからの方が面白くなると思っていまして。
でも若い頃からやってないと、歳とっていきなりはできないので、今高座には絶対かけないけど家では稽古してるって噺はたくさんありますよ。

古典では二ツ目の最終課題は「居残り佐平次」を素敵に申し上げること。
真打になってからの課題は「なめる」を上品に申し上げることです。

師匠の円丈が亡くなる2年ほど前に「お前はなんで自分から売り込まないんだ?」って聞いてきたので「師匠に入門時に稽古だけしてろって言われたからですよ」って言ったら「まだそれ続けてんのか!?よくやってんなぁ」って(笑)
「おいおい」って思いましたけど、まぁ師匠ってそんなもんですからね(笑)で、続けて「そろそろ自分から動けよ!」って言われましたけど、いきなり方針を変えるのってなかなか難しくて。でももうそれを言われて3年経ちましたからね。そろそろ稽古以外にも落語に関わることを自発的になにかし始めます。


彼は「天才」という表現があまり好きではないらしい。「天才」とか「世界観がすごい」とか言われると「暗い」「難しい」って言われている感じがして「え? 俺今日お客さんを選ぶ笑いだったかな?」と不安になるという。

「わかる人だけわかる笑いも必要だと思うのでやっていきますけど、やっぱり皆様を笑わせないといけませんよね」
そう言って、着物のたくさん詰まった大きなキャリーケースを引いて次の現場に向かって行った。


【プロフィール】
三遊亭わん丈 (さんゆうてい・わんじょう)
1982年生まれ、滋賀県出身。
2011年 三遊亭円丈(没後は天どん門下)に入門。
2016年 二ツ目昇進。
滋賀県出身者初の江戸落語家。
2022年度 公推協杯全国若手落語家選手権大賞受賞など、受賞歴多数。

公式サイト:https://www.sanyutei-wanjo.com/

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