狐日和に九尾なぐ 第五話
■しっぽをいじられるのは、わらわだけ。
根元は小麦色、先端に向かっていくにつれて色素が薄くなっていくその九尾をじっと眺め、また生え際へ目線を戻す。
「生えてる……」
一回りも年齢がかけ離れていると思しき少女の臀部。それをまじまじと観察する独身女性の姿があった。自分の行為が異常なのは承知しているが、目の前に広がるこの光景こそさらなる異常なのだから、見てしまうほかないではないか。
きゅっと締まったお尻、その尾てい骨のあたりから、取ってつけたように九本のもふもふなしっぽが生い茂っているのだ。こうして観察をしている最中にも、寝息に合わせてしっぽは絶え間なく動き続けている。
もちろん彼女は傷病人であり、負った怪我と疲労で寝込んでいると思われるわけだが、彼女が何者なのかを知るためにも気持ち程度の触診は許されるべきだ。これは単なる好奇心だけではないことをここにしっかり証明しておきたい。
「そーっと、そーっと……」
彼女を見つけ、運び込んできたときにはもしかしてという思いもあったが、自身の頭をショートさせまいと彼女をコスプレ少女だと暗示をかけてきた。
だが、ここまでくると信じられるようになってきた。彼女がコスプレではなく、本当の狐少女であることに。
「えいっ……」
自信を確信へ変えるためにそのうちの一本の根元を右手で包み込み、軽く引っ張ってみる。すると、どうだろう。そのしっぽはピンと張るだけで一向に抜ける様子がない。
「やば……」
コスプレなんかじゃない。これは本物だ。
ついでに女の子の狐の方の耳もつねってみる。しっぽと同じく手触りは気持ちよく、それでいて温かい。
「んんっ……ぷゅ……」
くすぐったいのだろうか。頬を若干緩ませて身体をくねらせるその姿は、ペットの犬を想起させて得も言われぬ可愛さを覚えてしまう。ああでも、このぐらいにして寝かせておかないと、彼女に悪いだろう。
「えーっ、やば……。北海道やば……」
北海道は試される大地なんて聞いたことがあるが、試されるのは私の自制心ではないか。こんな存在をずっとひた隠しにしてきた北海道の住人は、どれだけ口が堅いというのだろう。尊敬の念しか抱かない。
「とりあえず、これで寝ててもらおうかな……」
濡れた九尾をドライヤーで乾かし、用意していたスウェットを着させてあげた。しっぽは全てスウェットにおさまるようにしたので、お尻の箇所だけもっこりと山ができている。窮屈でなかったらいいのだが。
あとは元気に起きてくるのを待つだけだが、どうにもさっきの言葉が耳に残る。
「さっき、ぐるなびって言ってたし……」
冷凍うどんのほかになにか元気のつく食べ物はあっただろうか。料理はフライパンを炎上させることがあるくらいの下手くそなので、ぱぱっと出せるものがいい。
「あっ」
冷蔵庫を開けて、すぐに目に飛び込んできたもの。厚岸の地に着いて、まずはここの名産をと思って道の駅で購入したものだった。寝起きですぐに食べられるかはわからないが、うどんだけじゃ物足りないし、与えてみることにしよう。
「狐って牡蠣のしぐれ煮食べられるのかな……」
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