狐日和に九尾なぐ 第三話
■信じないのは、わらわだけ。
「ぷゅこ……」
頭からはキツネの耳がぴょこんと生えており、彼女の苦しそうな寝息に合わせて動いている。さらにお尻からは九本のしっぽも力なく揺らめいているではないか。
こんなに精巧なコスプレは秋葉原はおろか、ビッグサイトの同人誌即売会でも見たことがない。
もしかすると北海道のコスプレ技術は、私が知らないだけでとんでもない独自の技術革新を遂げてしまっていたのだろうか。
「ちょっ、ちょっと……、大丈夫ですか?」
いや、そんな話は後だ。姿形への思索は置いておいて、今はこの倒れている状況を何とかしなければいけない。
いいものだろうかと一瞬躊躇しながら、雨で濡れた肩をそっと右手で数度か叩いてみる。
「んっ……ゅ……ぷゅこ……」
眉間にしわを寄せてから、彼女は重たげに寝返りを打ち、ゆっくりとその目を開いた。
水面のように澄んでいて、きれいな瞳だった。
「お主……人間、だな……?」
「人間って、そりゃそうだし、あなたも人間だけど……」
「何を言う……か、わらわは人間では……」
言って、けほっけほっと痰まじりの咳をし始めるキツネ少女は見ているだけでも痛々しい。このまま置いていたら、すぐに風邪を引いてしまうだろう。
「あの、どういう設定かは知らないけど濡れてるし、話は後で聞くのでとりあえず家に入りませんか? えっと……立てる……のかな?」
手を差し出すと、弱々しくも反抗するようにぱしんと弾かれた。唇を震わせながら、泣きそうな表情で「人間はそうやって……あの時みたいに手懐けて……あの時みたいに反故に……し……て……」。
ぱたり、と。力を使い切ったその少女は再び意識を失った。その頬には先程まで流れていた雨粒とは違った感情が、雨上がりの日差しの下で反射していた。
「もう、なんと言われようが見捨てられないよ、こんなの」
救急車を呼ぼうにもこの田舎町じゃすぐには来ないかもしれないし、このような格好や言動ではいずれ彼女にとって不幸せな未来が待っているかもしれない。それならば、彼女の体調が快復するまで少しの間だけ寝かせてあげてもいい。
「んっ……しょっ」
右腕を首に、左腕を膝に差し込んで巻き付かせると、渾身の力を振り絞って持ち上げる。まずは二の腕、次に腰に彼女の重みがかかり、たちまちよろめくものの、抱きかかえられないということはなさそうだった。
「この子……すごく軽い……」
華奢な体躯ということもあってか、女の私でも持ち上げられる重さだ。普段からあまり食事を摂っていないのだろうか、柔らかさはあるものの、膝裏などは骨の感触がまざまざと感じられ、力を入れすぎるとすぐに壊れてしまいそうだ。
「あっ、太ももに怪我してる」
持ち上げるまでは気づかなかったが、太もものあたりにはテニスボールほどの血の滲みが見て取れた。転んだりしたのだろうか、もしくは事故の可能性も? いずれにせよ、部屋の救急箱で賄えるといいのだが。
「ぷ……ゅこ……」
寝息をするごとに静かに動く九本のしっぽが腕に触れる。うん、待ってて。あとちょっとで楽にしてあげられるから。
だけど、どうして。
「なんでこの子、しっぽも温かいんだろう……?」
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