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頼りない世間知らずの若者によるはじめての東南アジアバックパッカー体験記②(タイ、カンボジア、ベトナム陸路横断)
2024.11.20 バンコク、アユタヤ
目を開けると当たり前だが異国のドミトリーの天井だった。僕はたしかに今タイにいるのだ。宿のセキュリティボックスの開け方に四苦八苦して外に出ると、昨夜わが身に降りかかった恐怖とは打って変わってカラッとした新鮮な朝の空気がおいしかった。朝食は近くにあったセブンのランチパックで簡単に済ませ、バンコク三大寺院のひとつワットポーへ向かった。はじめて配車アプリgrabでタクシーを呼べたことにうっすら感動した。8時ぴったりに着いて中へ入ると、ほぼ貸し切りのような状態で、手の込んだ細かくて壮麗な仏塔や、巨大な涅槃像を見て回ることができた。一匹のなついたネコと戯れたり、ゆったりと優雅な時間が流れた。
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ただ、朝心地よいと感じていた気温は、昼が近づくにつれ灼熱の暑さになっていた。何度もタオルで汗をぬぐう。水を飲まないと熱中症になりそうだ。外に出ると露店でおばちゃんがタイパンツを売っていた。快く値切らせてもらったタイパンツをバッグにしきつめ、アユタヤに行くまでに時間があったので、ルンピニー公園にいるらしい野生の大トカゲを探すことにした。公園に着き、そんな巨大なトカゲが野放しに歩いていることがあるのかと半信半疑で探していると、園内を流れているため池に悠々と泳ぐトカゲの姿が見えた。噂の通り、相当デカい。しばらく歩いていると、こっち側の岸に何匹もいるではないか。僕らは近づけるところまで近づき、しばらく大トカゲの観察に没頭した。彼らは思いのまま、木によじ登ったり、草原を走ったり、カメの死骸を貪り食っていた。住民は見向きもせず、ランニングや散歩をしている。日本でいえば公園にハトがいるくらいの感覚なのだろうか。
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開いた口がふさがらなかった。
金のかからない遊びに満足して公園を出たあと、11時初アユタヤ行きの出発所、フアランポーン駅に向かった。駅に着くと、一見ツアーガイドのようなおばさんがカタコトの日本語で話しかけてきた。「鉄道よりもタクシーの方がいい」そんな具合で熱弁してきたが、鉄道のほうがいいことは明白だった。「あなたたち、学生ですか」「ちがいます」「なんで学生じゃないの!」というやりとりが最後だった。アユタヤ行きの切符を買い、薄汚れた哀愁漂うローカル鉄道に乗車した。
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エンストなのか、よく止まっては、動き出すを何回も繰り返す。モノ売りという名の車内サービスが充実していたが、道中に買った駅弁を食べた。目の前のおじいさんが歯磨きをしている。数時間は乗車していたが、退屈することはなくずっと心地よさを感じていた。車掌さんと思わしきおじさんが現地のイントネーションで威勢よく「アユタヤー!」と叫ぶ。アユタヤ駅に着いた。野犬と客引きに絡まれる前に、そそくさと船着き場まで足を運んだ。10バーツを払い、渡し船に乗った。操縦士のおばちゃんが「ゴゴゴゴッ」と豪快にエンジンをふかす。対岸までの短い時間だったが、とても優雅な時間で、永遠に思えた。対岸に降りてすぐ、ママチャリを借りてアユタヤ遺跡群を目指した。
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風が心地よい。20分ほど漕いでると、いかにもアユタヤ感がある赤褐色の古代遺跡らしいものが見え、テンションが上がった。お金を払って中へ入ると、仏像が長い年月を経て木の根に埋まったものだったり、ビルマとの戦争で頭部だけがなくなった像があったり、歴史を感じさせるところが印象的だったと書いてみたが、なにより暑すぎてすぐに日陰を求めたくなり、観光どころではなかった。
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ほかにも遺跡はいくつもあったが潔く諦めてふたたびママチャリを漕いでいると、車道の脇から巨大生物が人を乗せながら歩いてきた。呆然と立ち尽くしていると、進行方向を変えて真正面から向かってきた。冷や汗をかいた。エレファントキャンプが近かった。たくさんのゾウが頭を揺らしスタンバイしていた。ゾウの高さまで階段を上ると、心の準備をする暇もなく係員に「はやく乗れ!」と言われたので、恐る恐るゾウの背中に飛び乗った。生き物の背中に足をつける行為をしたことが今までなかったため、多少の罪悪感を感じた。僕なりの配慮でなるべく足の裏をつけないようにした。しばらくして罪悪感より楽しさが勝ってくると、ここは天国なのではと思えてきた。晴天のもと、ゾウの背中から、世界遺産アユタヤの古代遺跡群を眺める。こんな贅沢をしていいのだろうか。そんな風に浮かれていると、ゾウ使いが手にしている金属製の鋭利な調教用のためのブルフックの存在を忘れていた。なにが正しいかなんて僕にはわからない。ゾウ使いにチップを求められると、相場がわからなかったのでひとまず10バーツを渡してみたが、手で「四角」を作っていたので、紙幣が欲しいのかと察した僕は、財布にあった100バーツを仕方なく渡し、お礼を言った。
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アイスを買ったら共同財布の持ち金が底をつきそうになったのもあるが、すでに体力の限界を感じていたので駅に戻ることにした。来た道をチャリで引き返す。信号のない交差点を地元の元気な少年少女たちと、いつ渡れるかタイミングを見計らっていた時間が、言葉は交わしていないが、怖いものは一緒だよなと、どこか愛しく思えた。ママチャリを借りたお店のお姉さんがとても親切で、洗面所で手を洗うように勧めてくれた。
バンコク行きの列車に乗り、ほどなくして出発すると「待ってくれ!」と叫び声が聞こえた。窓から顔を乗り出すと、一人の中年男性が列車を追っかけていた。さすがに止まらないだろうと思ったが、列車は動きを緩め、男は乗ることができた。さすがは”微笑みの国”というべき出来事だった。帰りの車窓からは、のどかな農村やバラック小屋、遠くには目を疑うほどの数のビル群が夕暮れに照らされていた。目の前に座っていたおじいちゃんが、心地よさそうに風にあたっていた。
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バンコクの駅に戻り構内を歩いていると、突然音楽がスピーカーから流れた。あたりを見回すと、全員が足をピタリと止めている。王国ならではの掟だったのだろう。外に出るとすっかり日が暮れ、腹が減っていた。どうせならまたワットアルンを見ながらメシが食いたいと思ったので、昨日入った隣のお店に入ることにした。昨晩、地に足がついた感じがしなかった屋上テラス席は、この頃何も気にすることなく満喫できるくらい心に余裕ができていた。
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昨日ビビりながら歩いたドヤ街はもう怖くなかった。カオサン通りに着いた。至るところで爆音のEDMが鳴り響き、上裸のダンサーが激しく踊っていたり、葉っぱやサソリ、ワニの串焼きなど強烈なラインナップのモノが売ってあったりとやりたい放題。かつてバックパッカーの聖地と呼ばれた場所は、時代の変遷とともに若者向けのクラブやディスコがメインカルチャーのパリピ街に移り変わっていたようだ。客引きに腕をつかまれ強引にお店へ連れていかれそうになったところで、気力と体力のゲージが底をつき宿へ帰ることにした。大通りから外れたチルい感じの場所がいい雰囲気で、僕はそっちの方が性に合ってると思った。滞在時間は合計30分もなかった。
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歩いているだけで満たされるものがあった
つづく。