団地の姫リンゴ
〜知らないおばちゃんと昭和の木〜
広げた傘を逆さまにして、木の下で何かをしている人がいる。夕方薄暗くなってきていてよく見えない。近づいてみると、何かの実を取ろうとしているお母さんだった。
「これはなんですか」
「これはね、姫リンゴ」
ふたりで、あれはまだ青いねとか、あそこにあるとは赤いけど届かんね、とか言いながら3つの小さなリンゴを落として傘でキャッチした。大きいものでも、直径4センチくらい。
築40年から50年の団地は、建替えの時期を迎えていて、その日も引越し業者のトラックが停めてあった。
「ここもお引越しですかね」
「そうそう、まだ何人かおられるけどね」
少しお話をしてから、お別れした。初めて会う人だったが、この辺の人は、話しかければ割と親しみやすくて自分からいろいろ話をしてくれるように思う。新しいマンションが建ち始めているため都会のようだけれども、そうでもないような人懐っこい感じがする。
長い間、団地に暮らしてきたからだろうか。近所のスーパーで会えば話をするくらいの、ゆるい繋がりがありそうだ。
「キレイなの、持って帰り」と言って渡してくれた姫リンゴ。お母さんは、玄関に飾ると言っていた。
明るい部屋で見てみると、とても可愛らしい色をしていた。
この辺りは、校区全体がほぼ公営団地であり、棟が違う人々でも駐車場などを生活道路として普段から往き来している。
間もなく取り壊される建物の傍のリンゴの木が、今後どうなるのかは分からない。
それを考えると、そのリンゴの実を持ち帰ることは「勝手に取っていく」という行為とは異なる話なのではないかと思う。
2024年 秋
いいなと思ったら応援しよう!
何かしらの形で誰かに小さなhappyをお届けできたら嬉しいな〜そしてそれが広がっていけばさらにhappyですねえ