
美容室渡り鳥
誰かもし、私のこの問題に回答できる方がいらっしゃったら是非解決してほしい。
美容室で全くイメージと違う髪型にされた時に、どうするかという問題である。
私は美容師さんに、なりたい髪型を伝えるのがとても下手だ。
というか、どんな髪型になりたいのか自分でもあまりよくわからないまま美容室に行ってしまう。
周りの人の意見を聞き、「この写真を見せたら?」と写真と一緒にアドバイスをもらい、「よし!これで明日から私も素敵な髪型の女性として生きていくぞ」と意気揚々と美容室の門を叩く。
葬儀関連の会社に勤めていた頃、髪が短かった私は上司に「パーマをかけた方が髪がまとまるのでは」とアドバイスを受けて美容室へ行った。
もちろんパーマなんて生まれて初めてかけるので、モデルさんの写真をちゃんと美容師さんに渡すことも忘れていない。
緩やかウェーブのおしゃれな髪型になれば、顔の印象もやわらかくなるに違いない。
新しい自分になれる予感がする時はいつだってワクワクしてしまう。
私は美容師さんの手によって、髪の毛が筒のような物にくるくる巻き付けられて行く様を面白がって見ていた。
しかし、そんな浮かれた気持ちは時間と共に不安に染まっていく。
美容師さんの顔が曇っているからだ。
パーマが全然かからないらしい。
困ったような顔をして何度もパーマの巻き具合を確認し、バシャバシャとパーマ液を振りかけ「もう少し時間置きますねー」と去っていく。
聞けば、私の髪質があまりパーマに向いていないらしい。
美容師さんは、それはもう必死に私の頭にパーマ液をかけてくれた。
その多大な努力のおかげで、数時間後には私の髪に見事にパーマがかけられたのである。
しかし、どう贔屓目に見てもかけすぎであった。
クルックルンになっている。
巻き毛のティディベアだってもうちょっと穏やかな毛並みをしているだろうと思うくらいクルックルンになっている。
私の髪の毛が重力に逆らい渦を巻いていた。
恐れ入りますが完成イメージの五倍くらい強いパーマがかかっているんじゃないでしょうか?頭に鳥の巣を被ってるみたいなんですけれど大丈夫なんですかコレ。
そんな言葉をなるべく薄めてマイルドにして口に出した。
美容師さんは「パーマが取れやすい髪質なので、強めにかけておきました」と言う。
確かにその理論で言えば、一、二ヶ月後には丁度いいパーマ具合となるだろう。
だが、それまでの期間を過ごすのは他ならぬ私なのだ。
未来に出来上がる髪型を心の支えにして暮らさねばならないと言うのか。
私は完成イメージの写真を見比べつつ、そっと自分の髪に触れてみる。
自宅のクッションよりフカフカしていたので、大人でなければ泣き崩れているところだった。
こんな髪で会社に行ったら怒られるかもしれないと肩を落として出社すると、案の定非難が飛んできた。
「売れ残りのトイプードル」
「私ならやり直せってキレてる」
「見てるこっちが可哀想」
「ラーメン大好き小池さん」
口々に好き勝手な悪態を投げかける彼らに「これはもうじき良い感じのパーマに変化するんです」と精一杯言い張ってみたが、ついに重要な仕事中に目があった上司が笑ってその場に崩れ落ちた時にようやく「ああ、やはりこの髪型は失敗だったんだ」と思い知る。
止まない雨はないとよく言われるのと同じように、取れないパーマも無い。
無いかもしれないが雨が止むのを屋根の下で待ってられないから困るのだ。
こっちも雨が二分で止むのなら濡れても文句は言わない。
美容師さんが根性を入れてかけてくれたパーマのおかげで、私の髪は何ヶ月もの間クルクルヘアを保っていた。
しかしこのままでは顧客に怒られるとの理由から、毎日ヘアスプレーでびっちり撫でつけてガチガチに固めていたので、美容師さんの努力の結晶が日の目を見ることは無かった。
パーマ代が無駄になるのは辛いが、もし「ふざけた髪型をしたスタッフが居る」とクレームが来て顧客の葬儀会館への出禁でも喰らった日には笑いものになってしまう。
最悪、全国に散らばる我が社の営業所にクレーム内容と原因や改善策をまとめさせられた書類が共有される可能性もあるのだ。
各県の営業所のミーティングで晒し上げられたら、と思うだけで胃がキリキリ痛んだ。
一体全体パーマに失敗しただけで、何をどうやったらここまで思い悩まなければならない事態になるのか。
当時の私は、この凄まじい不器用さとコミュニケーションの下手さ、注意力の欠如によってなかなかの数の始末書と反省文を提出していた。
仕事の技術はさっぱり上がらないのに始末書を一発書きすることだけは得意であった。
クビにならなかった事は奇跡に近い。
細い蜘蛛の糸を登るように、すがりつくように会社にいるのだ。
パーマの具合で奇跡を終わらせることは避けておきたい。
「美容室を変えなさい」
上司命令が下される。
実はこの命令はこれで通算四回目であった。
美容師さんへのコミュニケーションが下手くそな私は、イメージと違う髪の毛のまま何も言えずに帰ってきてしまう。
写真を持っていってもモデルと顔の形が違うのだから、髪型も違う出来になるのはわかっている。
それでも最後に鏡を見せられ「どうでしょうか?」と聞かれたら、どんなに気になるところがあっても「あ、はい……アリガトゴザイマス……」とカタコトの声を出してへへへと愛想笑いをしながら帰って来てしまう。
本当は「もうちょっと前髪を切ってください」とか「髪の量を減らして下さい」とか言いたい。
でも美容師さんにニッコリ微笑まれると(これが一番良い状態なのかもしれない)と思えてくる。
そして翌朝、会社でけちょんけちょんに酷評される。
「三百円で髪を切ってくるな」と怒られる。
日本全国広しと言えど、三百円で髪を切ってくれる美容室があるものか。
遠足のおやつじゃないんだから。
私はちゃんと四千円払ってシャンプーもトリートメントもしてもらっているんだ。
ただ、どうしても美容師さんに「こんな髪型は嫌なんだ!やり直しておくれ!」と駄々を捏ねられないだけなのだ。
切っている途中で変だと気付かないのかと聞かれるが、気付いても言えない。
(もしかしたらこの後、まともになるかもしれないし……)や(まだ途中なのだからプロを信頼しよう)と思い、物言わぬ貝のように黙り込んでしまう。
そのせいで一度、ショートヘアの左側だけを絶壁のように縦真っ直ぐに切られたこともある。
しかし、もうどうしようもなかった。
もし帳尻を合わすために右側まで切っていたら、間違いなく私の頭は長方形になっていただろう。
長方形にすれば立方体としては整っているだろうが、私はあまりそのような頭で三重の閑静な住宅街を歩きたくないし、近所の大家さんには特に見られたくない。
だが、切ったものをもう一度生やしてからやり直してもらう訳にもいかない。
残念なことに髪の毛は、切るのは一瞬だが伸ばすには数百倍時間がかかる。
私はみょうちくりんな髪型にされる度、美容室をコロコロ変えた。
その度に美容師さんも変わるのだが、私の髪を見て全員一様に同じセリフを口にする。
「えらい切り方されてますねぇ」
一応、関東方面の方へご説明するが、この「えらい」というのは身分が高い人やすぐれた者に対する「偉い」ではない。
西の方で使われる方言である。
ここ三重県では「だるい」や「疲れた」などの意味でも使うが、この場合の「えらい」は「大変」や「普通ではない」みたいな意味で使っている。
つまり美容師さんたちの言葉をわかりやすく表現すると「酷くめちゃくちゃな散髪の仕方をされていますね」となる。
もう少し噛み砕いた言い方をすると「どこの美容師にこんなカットをされたんです?下手くそですねアッハッハ!」となる。
最後の方は私怨のせいで曲解しているかもしれないが、まぁとにかく美容室を変えると必ずその言葉が出る。
そしてまた美容室を変えれば次の美容師さんが同じセリフを言う。
彼らの言い分が正しければ、私は次から次へと腕の良い美容室を探し当ててグレードアップしているはずである。
それなのに鏡の中には鳥の巣パーマの私がいる。
話が違うではないか。
結局、会社を辞めてから思い切って髪の毛を青に染めてみたりもしたが、現在私は前髪ごと髪の毛を伸ばして全てをクリップで一つにまとめている。
前髪の長さに悩まなくてもいいし、パーマもいらない。
邪魔にもならないので楽である。
「その髪型の方がいい」と褒められることも多い。
遠回りして美容室を渡り歩き、クルクルパーマの頭を経てようやく辿り着いた解決法は意外とあっさりしたものだった。
今の髪型は気に入っているのだが、実はちょっとだけ憧れている髪型がある。
ネットで見た、ゆるくウェーブした長い髪の女性がとても可愛らしいのだ。
それ以来、ヘアアイロンでの巻き髪に挑戦するのはどうだろうと夢を膨らませている。
自分でやれば好きな具合の巻き方ができるので良いんじゃないだろうか。
しかし、私はとてつもなく不器用な人間なので、失敗した場合も考えておいた方が良い。
来たるべき日の為に地域の生活情報誌をめくりながら、ぐちゃぐちゃになった髪で駆け込んでもどうにかしてくれる美容室を探している。