なんでも生搾りできたらサワー
生搾りサワーが好きだ。頼むとテーブルに運ばれてくるのは絞り器と炭酸で割った焼酎、そして何より絞られるレモンやグレープフルーツ。絞り器に半分に切られた果物をギュッと押し当てると、それに応えるかのようにそれの小さい粒は破れ、ほんのわずかな絞り汁が一体となりジュースができあがる。
少し果肉の入った絞り器からジョッキにジュースを移すと、それはそれはうまいのだった。こんなにうまいのに、こんなに簡単なのに、家ではなかなかやらないのが不思議だ。なんてことを思いながら歩いていると、いつもの道に知らない居酒屋を見つけた。
普段は知らない居酒屋には少しためらう俺だったが、もうすでに生搾りサワーの口だった。口は足よりも先行してしまうのか、ふと気がつけばおしぼりで顔を拭いていた。
メニューを見る前に注文する。
「生搾りサワー1つで」
「何にいたしましょう?」
「何がありますか?」
「全てです、メニューをご覧下さい」
なるほど、この店員はおかしくて、それが野放しならこの店もおかしいだろう。普段なら適当にあしらうところだが、今日はどこか俺もおかしかったのかもしれない。愛想笑いをしながらメニューを見ると、
全てが書いてあった。いや、なんというか、本当に全てが。A41枚に筆ペンで、あの筆跡で、時折朱色の墨で線が引いてあるあの感じで、全てが書いてあった。
「では、これを」
俺はヤマザキ春のパン祭りで貰えるお皿の生搾りサワーを頼んだ。すぐに届くフランス社のお皿と絞り器。ぎゅっ。知らない色の汁が出る。先程までは確かに陶器の硬さを持っていたお皿は、今となっては絞りカスだ。プリーツスカートのように重なり捻れたそれを目にした時に、脳の一部が煌めくような、そんな感じがした。山パン皿サワーは、まるごとソーセージとミニスナックゴールドの味がした。
それからの俺は生搾りサワーばかり頼んだ。電車でGO生搾りサワーは小学生の頃の友人の味がした。数年前に割れたお気に入りのマグカップ生搾りサワーは、当時付き合っていた恋人がくれたものと思い出させてくれた味がした。俺の生搾りサワーは、血生臭く希望の味がした。
もうお腹いっぱいだった。何も食べずに飲んでばかりで、非常に酔いが回っていた。なんだか惜しい気もするが、店を出ることにした。
見たことの無い額だったが、後悔はなかった。
「カードで」
「ではこちらを、絞りお願いします」
店員が後ろを向いた。もう、俺は躊躇いがなかった。クレジットカードを絞る。先程までなら信じられなかった光景が網膜にうつる。まるで初めから柔らかかったかのように歪んだカードからは、知らない色の液体が出て、カードが気持ち軽くなったように感じた。
あれからあの店は見ていない。悪い夢かと思ったが、奇妙に歪んだクレジットカードと、翌月に減った残高を見る限り、どうやら事実のようだ。
クレカどうしよう。ダっる~
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