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M-1グランプリ2024全組感想と総評

M-1グランプリ2024が終わった。R-1、THE SECOND、キングオブコント、THE Wと2024年の賞レースには、しゃべくり漫才が優勝する流れがあった。今年のM-1審査員には吉本が多いし、関西系の饒舌しゃべくり漫才が令和ロマンを倒して優勝するのではと予想していた。結果はどうだったのか。高比良くるま著「漫才過剰考察」を参考書にしながら、全組全ネタ振り返ってみよう。

1組目 令和ロマン「子どもの名前」自己採点92点
※ネタ名は筆者が勝手につけています。
去年に続いて再び令和ロマンが1本目で会場はざわついた。去年の1本目同様しゃべくり漫才。審査員の評価はコメント含めてとても高かったけれど、去年の2本目の漫才コントネタの爆発力と比べてしまったのと、敗者復活戦のマユリカのネタの方が面白かったので、自己採点は92点にした。万人受けしそうなしゃべくり漫才である。何番目に漫才をやるかわからないファーストラウンドでは、どの出順でも安定してうける内容だと思えた。会場の空気が読めないファーストラウンドでは、しゃべりながら距離感を調整できるしゃべくり漫才の方が、台本に従って進むコントより有利なのである。

2組目 ヤーレンズ「おにぎり屋」93点
令和ロマンの後だったせいか会場受けはそれほどなく、審査員の点数も伸びず、辛口コメントも多かったけれど、個人的には面白かった。去年のヤーレンズは審査員にほめられすぎたし、受けすぎた。今年のネタは安定を感じたし、もっと点数高くても良かったと思う。爆発はないけれど、小爆発の高速連射こそヤーレンズ。途中、歌ネタっぽい部分あり、M-1では歌ネタの点数が伸びないからこれやばいかもと思ったら、案の定の結果だった。握り海峡飯景色、個人的にはツボでした。

3組目 真空ジェシカ「商店街」95点
欠席したさや香をのぞくと、去年の1、2、3が順番に出てくるドラマチックな出順である。阿部一二三のえみくじの引きが強い。準決勝で一番受けていたと評判の真空ジェシカのネタは、大喜利ベース漫才コントの最高傑作と思える完成度だった。審査員の点数もよく、会場および一般視聴者の感覚と得点が一致しているように思えた(キングオブコントやTHE Wよりは)。真空ジェシカファンとしては、これで最終決戦に進めなければ悲しすぎる展開だった。

4組目(敗者復活組)マユリカ「同窓会」88点
昨年のM-1決勝進出者が続きます。敗者復活戦のまいこさんのネタが良かっただけに、ウケの量も面白さも見劣りした。前の優勝候補3組がすごすぎただけに、それと比べて物足りなく感じたのかもしれない。ただ、ネタ後の平場のコメントは去年同様冴えまくっていた。結果が悪くても審査員および司会者とのやりとりが面白ければ、バラエティにたくさん呼んでもらえる。来年もマユリカ人気は続きそう。

5組目 ダイタク「ヒーローインタビュー」90点
初出場ラストイヤー。爆発を期待していただけに、そこまではねなかったというか、初の決勝故に戦い方をつかめなかったのか。ヒーローインタビューを交互に繰り返すシステム要素の強いしゃべくり漫才で、笑いのタイミングがある程度予測できた。去年の敗者復活戦のお父さんのネタが好きだっただけに残念。ダイタクはもっとすごいネタがたくさんある。THE SECONDでも見てみたい。

6組目 ジョックロック「医療ドラマ」91点
無名の大阪吉本芸人ということで、開始前はダークホースの期待があった。会場の爆笑はとっていたけれど、全体としてみるとウケの悪い時間もあり、審査員の得点はのびず。点数のインフレを起こしそうな前半戦だったので、審査員的にも一旦点数を落とすスポットにはまってしまった。コントの中で、強いツッコミで笑いを取るスタイルであり、5組目までの漫才の空気が強烈なツッコミとともに切断されたように感じた。この切断がバッテリィズの爆発につながる。

7組目 バッテリィズ「偉人の名言」96点
去年の敗者復活戦のネタが面白かったし、期待していた。しかし、ここまではねるとは予想していなかった。昨今のお笑いは、お笑いブームとネットのお笑い批評の隆盛によって、高度化した。大学お笑い出身の芸人がハイセンスで高度なネタを披露し、シュールな笑いも許容されるようになった。その最高傑作が令和ロマンである。自らお笑い批評を書き、優勝もした令和ロマンを誰が倒すのかというのが、今年のM-1の見所だった。インテリを倒すのはバカと決まっている。ゴールデンタイム全国ネット初見の面白さに会場も審査員も爆笑していた。

審査員のNON STYLE石田教授がコメントしていたように、それまでのボケのタイミングがわかりやすいネタの流れに、どのタイミングで、どの角度でボケが繰り出されるのか予測できない漫才をやられて、会場全体で食らってしまった。イノセンスな愚者が真実を言う。シェイクスピアの古典のやり方である。錦鯉、モグライダーなど、ハイセンスインテリ漫才に対するカウンターのおバカ漫才は過去にもあったが、バッテリィズの革新性は、オードリー若林が評価したようにツッコミの寺家の振る舞いである。寺家は観客よりも過剰に教養のある知識をなめらかにひけらかす。ほとんどツッコまないものの、寺家が教養を過剰に語れば語るほど、ボケのエースのイノセンスっぷりが輝く。来年も期待できる。

8本目 ママタルト「銭湯」87点
バッテリィズの記憶に浸っている間にママタルトの漫才が終わってしまった。ツッコミの声が大きすぎたのが気になったし、会場がママタルトの漫才を楽しめていないまま終わってしまった。出順の魔力だ。大鶴肥満のテレビ出演が多いせいで、バッテリィズみたく初見の面白さを得ることもできなかった。次回は漫才師であるママタルトの面白さを理解された上で活躍してくれたら嬉しい。

9本目 エバース「待ち合わせ」94点
緻密に計算されている。緩急がある。情景を脳内に描かせるのもうまい。お笑いにあんまり興味がない人でも恋愛あるあるで楽しめそうで、同時にコアお笑いファンにも評価されそうで、本当に良いネタだった。でも真空ジェシカより1点低くしておこうと思ったら、リアルでも1点差で4位になり、最終決戦に進めなかった。今年最終決戦に行っても令和ロマンに負けていただろうし、ネタを一本温存できたからよかったかもしれない。若いし今後何年もM-1に出て欲しいけれど、なんとなく和牛やオズワルドみたいな何年出ても優勝できない常連になりそうでこわい。優勝するなら来年か。

10本目 トム・ブラウン「ホストのコール」90点
去年の敗者復活戦や「検索ちゃん」でやっていたネタの方が面白く感じた。しかし、変則の中の変則だし、発想もぶっ飛んでいてトム・ブラウンしかできない唯一無二のネタだった。ツッコミなしで、擬音と動きだけで展開する時間が長く、はまった人はドツボにはまって笑い続けただろう。志らく師匠だったら100点かも。このコンプライアンスの時代に銃で人を殺すネタをよくやってくれた。大吉先生が高得点をつけたのには驚いたけれど、石田教授の低評価にも納得。低い点をつけた理由として、M-1は万人向けであるべきと語った石田教授のスタンスもすばらしかった。審査員が自分の採点理由をロジカルに、時にはエモーショナルに語ったからこそ、今年のM-1は審査で荒れなかったように思う。

最終決戦1組目 真空ジェシカ「コンサート」93点
2本目でこのネタをやった勇気がすごい。真空ジェシカの川北が、令和ロマンより自分を悪役にみせようと振舞っていたのは、このネタをやるためだったのかもと思えた。センスにはまる人が多そうだけれど、個人的には1本目のネタの方が好みだった。令和ロマンのせいで、1本目より2本目の方が圧倒的完成度じゃないともう優勝できないかもしれない。途中、ゆっくりと間を取るところがあって、あの後に爆発的な笑いがないと審査員は票を入れにくいだろうなと感じた。

直球ではないんだけれど、アンジェラ・アキの歌ネタである。歌ネタにやたら厳しいM-1では評価されないと思えた。アンジェラ・アキ側がOKを出さないと、DVDやネトフリ・アマプラ配信時、著作権の都合で音声カットされるかもしれない。真空ジェシカは非吉本だし、権利取れるか心配。ひやひやしながら見ていられる幸せもまたM-1である。さや香の「見せ算」が昨年披露されたせいで、私たちは最終決戦の独創全振りネタを楽しめる素養を得たのかもしれない。私たちは芸人と一緒に毎年進化している。

最終決戦2組目 令和ロマン「戦国タイムスリップ」96点
1本目のネタの個人的評価は低かったけれど、2本目の漫才の完成度の高さにはしびれた。やっぱり令和ロマンは漫才コント。くるまの演技力、脚本が他の芸人より抜けている。ケムリの演技力のなさを面白く使う構成もよい。コントが強いのにしゃべくり漫才と漫才コントの2本を出して、2年連続で優勝してしまうのもおそろしい。タイムスリップ後の戦国時代に乗り切れていなかったケムリが、最後に全身全霊で戦って会場の爆笑をさらった時、もう優勝だなと思った。「M-1打ち上げ」の時、くるまは「水曜日のダウンタウン年末SP」における名探偵津田を今年のテレビで最も面白いやつと言っていた。のりきれないケムリは2の世界の人、くるまは1の世界の人。1の世界の文句を言っていたケムリが、最後には完全に1の世界の住人になりきるのは、名探偵津田の構造に等しい。

最終決戦3組目 バッテリィズ「世界遺産」95点
1本目のネタの世界戦の続きという感じがした。すごく面白いんだけれど、1本目を超えていないというか、2の世界を出せていない。初見で予測不能だった1本目に比べて、2本目はある程度予測できる範囲で終わってしまった。それでも、例年だったら逃げ切り優勝だっただろう。例えば、2019年では、ミルクボーイの2本目「最中」のネタは1本目のコーンフレークの延長で、1本目より弱かったけれど優勝した。2019年の準優勝であるかまいたちは、1本目も2本目もしゃべくり漫才で、優勝したミルクボーイ同様に2本目の方が弱かったから、ミルクボーイは優勝できただろう。一方、令和ロマンは、1本目しゃべくり、2本目コントで2本目の方が爆発した。相手が悪かったようだ。

【総括】
松本人志が審査員として出場しないことで、M-1の格が落ちるのではないかと噂されたりしていたけど、終わってみれば、主役は令和ロマンだった。もう松本人志がいなくていいんじゃないのと思えたし、今年の審査員全員より年上の今田耕司も次回から司会交代で良いんじゃないかと思えた(交代するとしたら千鳥あたりか。だがしかし上戸彩はシンボルとして継続希望)。

2年連続で優勝した令和ロマンは、多分来年もそんなにテレビに出ないだろう。地上波のゴールデンタイムでMCをやる未来もあんまり見えない。劇場があるし、YouTubeがある。マネタイズにあたってテレビに頼る必要がない。

来年も審査員9人方式で、吉本比率がまた高いとすると、やっぱり来年も吉本が優勝しそうな気がする。なんだかんだいっても、今年は非吉本の真空ジェシカに1票しか入らなったわけで、その結果にも納得できる内容だったから、吉本偏重で炎上しなかったわけだが。

実績のある漫才師で固めると吉本が増えるし、男性社会になる。コント師とか落語家とか舞台演出家とか入れて多様性を増やした方が、タコツボ化を免れる気がする。漫才の審査を何で漫才師以外がやるのという批判があるかもしれないけれど、専門家同士でかためると、バッテリィズのネタじゃないけれど、がりがりっと狭く細い閉鎖社会になっていきやすい。例えば小説の新人賞の審査員に一回も小説を書いたことがなくても、エッセイや短歌で業界トップの超有名人がいたら、突出した才能なら同業異分野でも許容できるみたいな面があるし、一般社会に向けて開かれている感じがするのと同じだ。



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