頭を液体にねじ込まれる。そんなブレンダーには絶対になりたくないと思った話

もう一度生まれ変わるとしたら、一体何になりたいですか? もう何度も聞いて、あきあきしている質問。「えー!? なんにしようかなー」
性別を変えたいとか、人間じゃないものになりたいとか、迷いに迷って、修学旅行に、文集に大盛り上がりで話してきた。

 ここで質問を変える。

 生まれ変わりたくないものはなんですか?
 
 あの時のように迷ったりしない。
 1人台所で、ハンドブレンダーを使っている私は、ブレンダーだけにはなりたくないと思った。

 「こんなのは、買わなくていい。簡単に作れるんだから」
部屋中に先生の声が響き渡る。内緒話が出来なさそうで、表裏なく、ストレートに話す先生が好きだ。地元の発酵料理教室に通って2年が経った。発酵は手間も、時間もかかって、敷居が高い。と思っていた私の壁を、先生は簡単に壊した。
「私はめんどうなことはしない」と宣言する通り、先生のレシピは混ぜるだけ、焼くだけ。レシピは先生の性格通りのシンプルなものばかりだ。

 教室ではおかず以外に、味噌や、塩こうじなど調味料も手作りする。塩こうじは特に簡単で、我が家は塩の代わりに使うことが習慣になった。ブレンダー容器に水を入れる。次に塩を入れて軽くなじませてから、麹を入れて混ぜる。水分が入り始めてから、スイッチを押してブレンダーを動かした。
 ブオーンと機会音が響く。歯が回転する度に、上から押さえつけるように持ち手を動かして、混ぜ合わせる。歯が容器の下に向かって何度もねじ込まれる。麹の粒が無くなって、なめらかになるまで、私は持ち手を押さえつけていた。
上から、何度も、何度も押し付ける。

 2,3回押し付けて、私は電源を止めていた。
 苦しくなってきた。
 液体の中に、押し込まれるブレンダー。
 それを見ていると、苦しいのに、もっと、もっと頑張れと言われている気分になった。
 苦しいのに、押し込められ続けて動くブレンダーは、限界ギリギリなのに、働き続けている私みたいだった。

 「せんせー! はやくきてー」
「ちょっと待ってて。先生今お掃除してるから」
「せんせー。ごはんこぼれちゃった」
 保育園での毎日は色んな事が、色んな場所で同時に起きる。ごはんをこぼす子がいれば、一緒にブロックをして欲しい子もいて、私は掃除しながら、話も聞いて、こども達の安全も見続けて。同時に何でもやることが習慣になった。彼らの要望に応えて、やっと片付けが終わると、昼寝をさせる。まだ遊びたがる彼らを説得して、寝かしつけて、やっと全員が寝ても、先生は落ち着けない。保護者に渡す手紙を書いて、次の日の準備もして。本当にほっとできる時間は、保育園にいる間ほとんどない。
 忙しく過ごして、やっと車に乗ると、シートに腰がズシンと沈むのが分かる。体の力が抜けていくと、「ふーっ」と長い息が漏れた。くたくたになって、このまま眠ってしまいそうだった。この仕事がすごくイヤで、子どもが大キライというわけではない。だけど、毎日疲れ切って、世話に掃除に同じことを繰り返して、このままずっと過ごしていきたいのか、疑問に思うことが増えた。

 重たい体を無理やり起こして、また朝を迎える。
 今朝は冷たい雨が降っていた。気分が余計重たくなる。
「おはようございます」何とか口を上げて挨拶して迎える。気を抜いたら、げんなりした表情をしてしまいそうだった。入口に溜まった水をほうきで溝に追いやりながら、親とこども達を出迎えていた。
みんなが登園しやすいように、環境を整えて、こども達の様子を見て、着替えもさせて、雨の日は仕事が余計に増える。

 やっと登園が終わって、自分の濡れた服を拭いて教室に戻ると、園長に呼ばれた。
 保育中に呼ばれるなんて何事かと構えると
「ごめんね。悪いように思わないでね」と申し訳なさそうに園長は話し始めた。
「電話があったのよ。朝の受け入れの先生が、親切じゃないって」
心臓がギュッと縮んだ。
「先生そんな風にしてるとは思ってないよ。でも苦情あったから伝えるね。きっと作業とか色々あったんでしょ? 親は朝忙しいから、なんか気に障っただけだから。」

 こんなに一生懸命なのに、まだ足りないのか。怒りというより、悲しくなった。掃除して、子どものもことも気にして私はやっていたのに。毎日クタクタになって、息つく暇もないくらい働いているのに。これ以上頑張って、親切にしなきゃいけないのか……もっと頑張らなくちゃいけないのか。
限界を迎えそうな今でも、まだ足りない。もっと、もっと、と求められている気がした。そう感じた時、自分はもうとっくの前から、限界に達していて、休んでもいいよと言われたかったことに気が付いた。

 所々粒が残った塩こうじをじっと見つめる。
 もう1度スイッチを入れて混ぜ始めた。
 押し付けることはしない。そっと上の方で混ぜることにした。
 苦しまなくてもいい、頑張りすぎなくていい。
 持ち手をそっと動かす。
 やさしさをブレンダーに向けるように、自分にも労わりのきもちを向けていた。

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