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「君たちはどう生きるか」感想

「君たちはどう生きるか」観てきた。
とりあえず1回みただけの感想なので、まだこれから変わるかも。
もちろんネタバレなので、まだ観てない人はすぐにブラウザを閉じて、自分の目で観て…感じて…考えて…から戻ってきていただきたい。


魚のスープ

これは、「ジャムとバターたっぷりのパンのように咀嚼しやすく、小さなお子様から大人まで楽しむことができるジブリ作品」を期待すると面食らうこと間違いなし。「宮崎駿の原液を浴びせられた」という声をよく聞くがまさにそういう作品で、自分の全部を煮詰めて抽出して置いておくからあとはご自由に、というイメージの作品だった。
途中に出てきた、ジブリにしてはえらく不味そうなあの魚のスープは「自分では生き物を殺せない人々に振る舞われ、生まれゆく子供たちが空を飛ぶための滋養」になるわけだけど、本作もそういうものを目指しているのだろう。

「君たちはどう生きるか(吉野源三郎)」との関連

これは、タイトルにもなっている吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」が、倫理・哲学・社会科学的な内容を、コペルくんの物語という児童文学の形を取って読者に伝えようとしているのともかぶる。
人間、あるていど生きていると、「ああ、世界とはこのようなものなのか!」というような、世界の真理にハッと気付いたこと、悟ったことが、数個、数十個、あるいはもっとあるものだが、こういう気付きや真理を子供や後輩に伝えようとして、驚くほど伝わらなかった経験もまたあるのではないだろうか。
気付きや悟りはだいたい、様々な体験を通じて、それらの共通点や関連がなんとなく頭の中に出来てきて、で、体験や思考の量がある閾値を超えた瞬間に、ハッと目の前が晴れるように抽象的な概念が「理解」できるものであって、体験や思考を積み重ねていない状態で結論たる抽象的な概念だけ教えても、それは言葉の意味としては伝わるが、まったく「理解」されないものなのだ。
だから、「君たちはどう生きるか」は児童文学の形をとって、登場人物のコペルくんの体験を通じて倫理を、哲学を、社会科学的視点を伝えようとしているわけだけど…

宮崎駿にも、近い課題意識はずっとつきまとっていたのではないか。例えば宮崎駿の描く自然は美しい、というか美しすぎる。「子どもは野山で、実際の自然の中で、泥だらけになりながら、その美しさに触れながら育ってほしい」と願って作品を作っても、ジブリ作品を観た子どもはその映画で満足してしまう。あるいは、普通の自然では満足できなくなり、ジブリ映画で描かれたシシガミの森のような、超映えスポット的なものばかりもてはやしたり。

で、本作である。宮崎駿監督ももう御年82歳。体力的にも本当に限界で、ペンを握ってられる時間もどんどん減って、今回が最後の作品だろうと言われているし、本人もそう思っているだろう。つまり遺作である。となればもう、自分の経験や想いや智慧は全部さらけ出して詰め込んでおく、あとはお前らで好きなように咀嚼して、好きなように糧にして、そんで生きろよ、となるわけだ。

本作は宮崎駿の人生アーカイブ

というわけで完全に原液での提供となる。これは宮崎駿の人生をそのままぶちこんで、アニメーションという宮崎駿が最も得意とする形式にエンコードしたアーカイブなのである。
裕福な家の次男として生まれ疎開して、というのはそのまま宮崎駿の自伝だし、結核で母親に抱きしめてもらえなかったという原体験が母の不在としてずーっと宮崎作品で描かれているように今作でも母への想い全開だし、自分の創った世界を、積み木を、血族に継いでほしいと願いながら、でも最期は「逃げろ!」と言いながら世界とともに燃え尽きる大叔父なんて、宮崎吾朗に後を継がせたいと願いながら、でもそれは叶わず、世界とともに死にゆく宮崎駿そのものではないか。

予備知識なしで観た方が良い理由

でも、こういうふうに、「このシーンのこれってこういうことだよね」という解釈を加えることで損なわれるものが確実にある。上の解釈だって、そう思って観てしまうと「ふーん、これって宮崎駿の自伝なのね」で終わってしまい、なんの血肉にもならないかもしれない。それは、下手くそに切って、本当なら子どもたちの滋養になる内蔵をこぼしてしまう行為なのだ。

だから本作は調理することを放棄している、というか、調理してしまったら、それは損なわれてしまうので食材のまま提供しているのだ。この宮崎駿という巨大魚の死体は、自分で包丁を使って捌き、調理しないと栄養にならないのだ。

事前の情報なしに、他者の評価や解釈なしに本作を観ることができて良かったと思う。
でもこの食材、一回観ただけじゃ到底消化しきれないよぅ…
手元に置いて数年おきに見返すくらいでちょうど良いのでは。

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