ピンクのトイレ

彼女の家は海のそばにある。

子供の頃、二階の部屋が増築された。
その部屋にトイレも作る事になった。
まだ、子供だった彼女はぴょんぴょん飛び跳ねて、ピンクのトイレがいいと言った。
大人達はピンクのトイレを作ってくれた。

時は過ぎて、彼女は中学生になり、反抗的になる事が多くなった。

そんな時、そのピンクのトイレにこもった。
やさしいうさぎのようなピンクで揃えた空間が落ちつかなかった。

どこにも、もっていきようのない怒りで、トイレのドアに亀裂を入れたこともあった。
もう、どうでもよかった。

トイレに座ると、目の前の壁のたくさんのひし形が嫌でも目にはいる。
ここは余った四角いスペースにむりやり押し込まれたみたいに小さかった。

ぼーっと目の前のひし形を見つめる。
ひし形はそれぞれの角の一点のみを合わせて、隣のひし形と綺麗に並んで収まっている。
下にいるひし形が、彼らのただひとつの接点を自らの大きな辺を使って、支えていた。

1つでもバランスを崩したら、ひし形達はバラバラになってしまう。
それくらい規則的だった。

彼女はたまに、そのやさしく柔らかい壁に爪でひし形の中に十字を描いた。
その時の彼女には、時間は泣きたいくらいたくさんあったし、腹がたつほどなにも持っていなかった。ただ、少しいびつなその形を線で結びたくなっただけだった。
彼女にとって、それは必然的な行為だった。

それから、彼女は歳を重ねて、好きな事を勉強したあと、好きじゃない仕事をする大人になった。そして、たまに不機嫌になった。

彼女にはやさしい家族がいたし、やさしい彼もいた。

それでも、彼女はたまに不機嫌になった。

だけど、彼女は自分の意思でひとりにならなかったし、なれなかった。

その十字は、消えない古い傷跡のように、今も壁に刻まれている。

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