瞑想のためのModular Synthesizer - Generative Patching
本記事は、前回のモジュラーシンセ入門記事「Modular Synthesizer を知る」で紹介した基礎を踏まえ、より実践的な内容を解説します。無料のバーチャルモジュラーシンセソフト「VCV Rack 2」を用い、筆者がモジュラーシンセの醍醐味と考える「ランダムさ」を活かしたジェネレーティブパッチング(自律的な音の生成)をテーマに、ミニマルで瞑想的な音像を作り出す手法を紹介します。
1. Generative Patchingとは
モジュラーシンセにおける「Generative Patching(ジェネレーティブ・パッチング)」とは、自己生成的な音楽やサウンドスケープを作るためのパッチング手法を指します。演奏者がシーケンスを打ち込んだり鍵盤で演奏したりすることなく、シンセサイザーが独自に音を生成し、発展させるシステムを設計することが目的です。予測不能で絶えず変化するメロディやリズムを生み出すこの手法は、アンビエントや実験音楽でよく用いられます。今回は「制御可能なランダム」を活用し、ミニマルミュージックに応用してみましょう。
2. システムの概要
まずは、今回パッチングするシステムのデモンストレーションを見てみましょう。
シーケンスを自ら打ち込むことなく、ノブの操作でメロディーが移り変わり、ミニマルミュージックのような繰り返しループする心地よいフレーズが生まれています。
本記事では、このようなシステムを組むことを目標に、それぞれの役割とパッチングについて解説します。また、このパッチングのデータは以下からダウンロード可能です。VCV Rackを起動しながら記事を読むことで、より理解が深まるでしょう。
下図は、今回作成するシステムの模式図です。(青はCV、赤はオーディオの経路を示しています。)
パッチングされたラックは一見複雑に見えるかもしれませんが、構成自体はシンプルで、「2機のモノシンセを自動演奏するシステム」となっています。
このシステムは、大きく分けて6つのセクションで構成されています。
順を追ってセクションごとにパッチングを進めていきましょう。
[SECTION 1] マスタークロック生成
[SECTION 2] アウトプット
[SECTION 3] シンセ発音部 ×2
[SECTION 4] ランダム音階CV生成 ×2
[SECTION 5] エフェクト
[SECTION 6] CVコントロール
3. 中核となるモジュール
パッチングを実践する前に、今回のシステムの中核となるモジュールについて紹介します。
① Clock Generator (Function Generator)
名称の通り、任意のBPMでCLOCK CVを生成するモジュールです。地味な役割ではありますが、今回のシステムにおいて全ての起点となる不可欠なモジュールです。Clock Generatorの役割を果たすモジュールは多くありますが、今回は前回も使用した【Pip Slope MK2】をClock Generatorとして採用しました。
【Pip Slope MK2】は基本的には「ENVELOPE GENERATOR(EG)」という種類のモジュールですが、「EOS(End Of Slope)」という出力と「LOOP」という機能があるため、Clock Generatorとしても使用可能です。
「EOS(End Of Slope)」は、生成したエンベロープ(上昇・下降の動きを持つ電圧)の終点でTRIGGER信号を出力する機能です。さらに、「ENVELOPE GENERATOR」は通常、TRIGGER(またはGATE)の信号が入力されて初めてエンベロープを生成しますが、LOOP機能があるものはTRIGGER入力なしでそのエンベロープをループさせることができます。
【Pip Slope MK2】の場合、LOOPノブを時計回りに回し切ることでLOOP機能がONになります。今回は、このLOOPさせたエンベロープCV自体は使用しませんが、LOOP長を長くしてLFOとして使ったり、逆に極端に短くして可聴域の周波数にしてオーディオソースとして使用するなど、さまざまな用途があります。
このように、「ENVELOPE GENERATOR」には+αの機能が付加され、複数の役割を果たすものがあります。このようなモジュールは(明確な定義があるかどうかは不明ですが…)「Function Generator」とも呼ばれます。実機のモジュールでは、特にMake Noise Mathsがその多用途性と学習のしやすさから、常にモジュラーシンセユーザーに高い人気を誇っています。
② Turing Machine (Shift Register)
【Turing Machine】はこのシステムの中核となるモジュールです。聞き慣れない言葉かもしれませんが、簡単に言うと「制御可能なランダムCVの生成」を行うモジュールです。このモジュールには「CLOCK入力」が必須です。(Shift Registerと呼ばれる仕組みが使用されていますが、モジュールの動作についての詳細な説明はここでは割愛します。)
【Turing Machine】の「OUT」を【VCO】の「V/OCT INPUT」に接続し、出力されるCVの動きを音程の変化として観察してみましょう。
CHANCEノブ(中心にある大きなノブ)を12時に設定し、CLOCK入力した際のOUTからの信号を見ると、CLOCKが入力を受けるたびに階段状のランダムCVが生成されていることがわかります。次にCHANCEノブを時計回りに回していきましょう。時計回りに回すにつれてCVのランダムさ(シーケンスの上書き頻度)が減少し、完全に回し切るとランダムCVがロックされ、一定の長さのCVループ(シーケンス)が生成されます。この時のループの長さはLENGTHノブで設定した長さになります。(LENGTH:16 → CLOCK入力16回分の長さでループ)
このように、【Turing Machine】はランダムなCVを生成し、それをループさせる(制御する)ことができるモジュールです。
今回はこのCVを使って、オシレーターを鳴らすピッチを作っていきます。
※ CHANCEノブは反時計回りに回し切ることで、LENGTHノブで設定した値の2倍のループ長になります。(LENGTH:5 → 10)
③ Quantizer
入力されたCVを特定の音楽的なスケールや値にスナップさせるモジュールです。どのように機能するかは、以下の動画で確認してみましょう。
【LFO】から出力したSIN波形状のCVを【VCO】の「V/OCT」に入力すると、そのCV波形に沿って滑らかにアップダウンするピッチの変化が確認できます。
次に、このCVを【Quantizer】を経由させる形で繋いでみましょう。【Quantizer】を用いる際には、まずスケールの選択を行う必要があります。
【Quantizer】のパネルには鍵盤のような表示がありますが、これは「入力されたCVに対し、アクティブな音階(薄黄色表示)に最も近い音程(電圧)にスナップ(量子化)する」ための設定パネルです。
これにより、選択した鍵盤に相当する音階のみが【VCO】から鳴るようになり、音楽的なフレーズを作ることが可能になります。
※ モジュールによっては、鍵盤ではなく「Major, Minor, Dorian, …」のようにスケール設定を選択するものもあります。
【Quantizer】にCVを経由させることで、滑らかだったLFOのCV形状が階段状のCVに変化し、より音楽的な(12音階に沿った)メロディーらしく聴こえるようになりました。
前述の【Turing Machine】で生成されたCVを【VCO】の「V/OCT INPUT」に挿したところ、そこまで音楽的には聞こえなかったと思います。
ここで【Quantizer】は【Turing Machine】で生成された階段状のCV(→V/OCT)に対し「音楽的に整える役割」を果たします。
4. パッチングの実践
上記のモジュールの機能を踏まえた上で、各セクションごとにパッチングを行っていきましょう。
[SECTION 1] マスタークロック生成
まず初めに、マスタークロックを生成するセクションを作成します。【Pip Slope MK2】を前述のようにLOOP ONに設定し、CLOCK CVを生成しましょう。BPMは「Attack」および「Decay」ノブで調整可能です。
[SECTION 2] アウトプット
VCV Rackの音をモニターするために、【Audio 2】というモジュールを追加します。これはVCV Rackにおけるお作法的なプロセスであり、以前の記事で紹介しているため、詳細は割愛します。
[SECTION 3] シンセ発音部
このセクションは、基本的なシンセ発音部(VCO・EG・VCA・VCF)の連なりになります。今回は同時に2つの発音をさせるため、それぞれ2セット用意します。(1セット作成したら、パッチングごとコピーペーストできます。)これらのモジュールについての詳しい説明は以前の記事で紹介しているため、ここでは割愛します。一つ注意点として、2機の【VCO】のピッチ(FREQノブ)を揃えておかないと、後に追加する【Quantizer】でせっかく揃えたスケールが異なるキーで鳴ってしまい、音楽的に破綻する恐れがあります。もちろん、あえてずらすことで思いがけない良い効果を得られるかもしれませんが、ここでは一旦揃えておきましょう。
ここで、今後の出音をモニターしてパッチングの効果を確認できるように、仮パッチングを行いましょう。それぞれ【VCF】の「LPF OUTPUT」から出力されるオーディオ信号を【Audio 2】の「L INPUT」「R INPUT」に挿しておきます。この段階ではまだ【VCA】を開くためのエンベロープが生成されていないため、何も聴こえません。【Pip Slope MK2】の「TRIG IN」にマスタークロックをパッチングすると、エンベロープによって【VCA】が開き、出音をモニターできるようになります。
『TIPS:エンベロープのカーブ特性変化 (EXP・LIN・LOG)』
今回は【VCA】を開くために「ENVELOPE GENERATOR」として【Pip Slope MK2】を使用していますが、このモジュールにはエンベロープのカーブ特性を調整できる機能が付いています。Shapeノブを回すことで、カーブ特性を指数形(EXP)・線形(LIN)・対数形(LOG)に連続的に変化させることができます。これらの形状は数学的な用語ですが、以下のように理解しておくと良いでしょう。
指数形(EXP):最初は緩やか、後半は急激に変化
線形(LIN):カーブの変化が一定(直線的)
対数形(LOG):最初は急激に、後半は緩やかに変化
これらの特性変化を使い分けることで、エンベロープの動きに様々な表現を加えることができます。
このエンベロープのカーブ特性変化がどのようにサウンドに影響するかを、VCAの音量変化と照らし合わせて確認してみましょう
「Attack」「Decay」が同じ値でも、カーブ特性によってサウンドが大きく変化することが分かります。「ENVELOPE GENERATOR」にはカーブ特性を調整する機能が搭載されているものが多く、これはサウンド作りにおいて重要なパラメーターです。今回は「Attack」を最小にし、Shapeノブを反時計回りに回しきって、弦を弾くような音量変化を作り出してみましょう。
[SECTION 4] ランダム音階CV生成
続いて、【VCO】のピッチを制御するためのランダム音階CV生成セクションを作成します。【Turing Machine】と【Quantizer】を前述の通り作成・設定し、【Quantizer】の「OUT」をそれぞれの【VCO】の「V/OCT INPUT」にパッチングします。マスタークロックをそれぞれの「TRIG IN」にパッチングすると、【Turing Machine】が作動し、それぞれのオシレーターの音階が変化する様子がモニターできるはずです。
※【Turing Machine】に搭載されているSCALEノブで、「OUT」から出力されるランダムCVの分布範囲を調整することができるため、ループしたメロディを微調整できます(反時計回りに回し切ると、分布範囲が最小になり、常に0Vの一定電圧が出力されます)。
[SECTION 5] エフェクト
よりトランシーな音像に近づけるために、ここでエフェクトモジュールを導入してみましょう。ギター用エフェクターと同様に、モジュラーシンセにも多くのエフェクトモジュールが存在します。基本的にパッチングはシンプルで、オーディオを経由させるだけになります。シンセ発音部とアウトプットの間に挿入します。
エフェクトモジュールを経由させる前に、今回2系統のオーディオ信号が存在するため、「Mixer」モジュールで信号をひとまとめにしましょう。今回はシンプルな機能を持つ【MIX】というモジュールを使用してみます。こうしてひとまとめにしたオーディオ信号を、それぞれディレイモジュール【Chronoblob2】とリバーブモジュール【Reverb Stereo Fx】を経由させます。
エフェクトモジュールには基本的に「DRY/WET」ノブが搭載されており、エフェクトと原音のバランスを調整することができます。それぞれ「DRY/WET」ノブを時計回りに回して、好みの音像になるようにエフェクトのかかり具合を調整します。
【Chronoblob2】ではディレイタイムを「SYNC」にクロックを入力することで、BPMに同期させることができます。この場合、Delay Timeノブは「SYNC」で受けたクロックBPMに対してディバイダーとして機能します(クロックを分割し、BPMを早めたり遅くしたりする機能)。ここではマスタークロックを用いて、ディレイタイムを同期した値に調整しましょう。また、このモジュールではディレイモードも変更できるため、「Ping-pong」に変更してステレオでLRに跳ね返るような音像にしてみましょう。
[SECTION 6] CVコントロール
このセクションは模式図の中には表記していませんが、システム全体を制御するためのコントローラー的なセクションです。今回のシステムには【Turing Machine】【VCF】【Pip Slope MK2(VCA制御用)】がそれぞれ2つずつあります。実機だと両手で同時に2つのノブを操作できますが、もっと同時に複数ノブを操作したい場合もありますし、そもそもVCV Rackでは1つのノブしか触れません。そこでCVソースとして【8vert】を用いて、複数のノブを同時にCV制御してみましょう。
このモジュールは「Attenuverter」として前回の記事で紹介しましたが、「INPUT」に何も挿さっていない場合は10Vの電圧がノーマライズ(モジュール内部でのパッチングがデフォルトで設定)されています。つまり、「INPUT」に何も挿さっていない状態では、以下の電圧が出力されます:
ノブ位置:12時位置 → 0V出力
ノブ位置:時計方向に振り切る → 10V出力
ノブ位置:半時計方向に振り切る → -10V出力
この機能を活かして、以下のパラメーターを【8vert】で制御してみましょう。ノーマライズという用語はモジュラーシンセのマニュアルなどでもよく使用されるので、意味を覚えておくと良いかもしれません。
以下のように【8vert】から各INPUTへ接続してみましょう。
CH1:【Turing Machine】→ Chance
CH2:【Pip Slope MK2(VCA制御用)】→ Decay
CH3:【VCF】→ Cutoff
これで、たとえば【8vert】CH3のノブを動かすと、2つの【VCF】のCutoffパラメーターを同時に制御できるようになります。
『TIPS:モジュラーシンセ実機における信号の分岐方法』
VCV Rack上ではひとつのOUTPUTジャックに複数のパッチケーブルを挿し、それぞれ別モジュールのINPUTにパッチングすることができますが、実機の場合はジャックは一つしかないため、そのままでは複数のパッチケーブルを挿すことは不可能です。
このようなパッチングを実機で行う際には、以下のような選択肢があります。
(1) Stack Cable を使用する
プラグの上にジャックがついており、そこに挿すことで信号を分岐させることができるタイプのパッチケーブルです。VCV Rackで使用しているパッチケーブルは、接続できる数が異なるものの、これと同じような機能を持っていると考えて良いでしょう。実機のStack Cableを使用する場合には、電圧の劣化が起こる可能性があることに注意する必要があります。分岐させる信号が「V/OCT」のようにピッチ信号やオーディオ信号など正確な電圧が求められる場合は、以下で紹介するMultipleモジュール(バッファードタイプ)を使用する必要があります。
(2) Multipleモジュールを使用する
1つの入力信号を複数の出力に分配するためのモジュールです。Stack Cableが1つのケーブルにつき2つの分岐を作れるのに対して、このモジュールはより多くの信号に分岐させることができます。
Multipleの実機にはバッファードタイプ(電源供給が必要)とパッシブタイプ(電源供給不要)のものがあります。バッファードタイプには信号の劣化を防ぐために設計されたアクティブ回路が実装されているため、正確に電圧の分岐を行うことができます。
[+α] 自由にパッチングする
以上で一通りのパッチングは完了しました。
しかし、これでシステムが完成したわけではなく、ゴールがあるわけでもありません。さらにモジュールを追加したり、パラメーターを変更することで、自由にパッチングを試してみましょう。パッチングによっては、思いがけない効果を得られるかもしれません。
ヒント
LFOを追加して【8vert】の各「INPUT」に繋ぐと..
マスタークロックのBPMをLFOで変調すると..
【Turing Machine】をもう一つ追加して各パラメーターを制御すると..
5. Modular Synthと「ランダム」
モジュラーシンセの利点の一つとして、「思いがけない結果が得られる」という点があります。そのため、「ランダム」を生成するモジュールを導入することは、モジュラーシンセの楽しみを広げることに繋がると考えます。制御可能なランダムCVを出力するモジュールは多数存在しますが、中でもMutable InstrumentsのMarblesは、Turing Machine(Shift Register)とは異なる仕組みを持つモジュールです。Marblesは、任意の長さのループ可能なランダムCVを出力でき、クロック内蔵でスケールによるクオンタイズも単体で可能です。
Mutable Instrumentsは現在廃業したメーカーですが、その独自性でユーロラックモジュラーの普及に大きく貢献した企業です。また、オープンソース設計のため、クローンや派生モデルが多く存在します。VCV Rackにも【Random Sampler】として無料で使用できるので、ぜひ試してみてください。
ちなみに筆者はこの「ループ可能なランダム」で生成したシーケンスを自身の作曲プロセスやモジュラーシンセを使用したライブパフォーマンスで多く導入しています。お時間のある方はどのように使われているかを想像しながら聴いてみてください。
今回は「瞑想のためのModular Synthesizer - Generative Patching」というテーマで、フレーズを自動で生成しループさせるシステムを構築しました。ぜひ、制作のインスピレーションや瞑想、トリップのお供に活用していただければと思います。