御局様と生意気娘
3月13日
それは、突然の出来事だった。
今日は15時頃に家を出て、ホテルバイトに向かおうとしていた。
家を出る時間が遅いので、ゆっくり起きて、食事を摂って、文フリ用の原稿を進めようそうしよう、と目論んでいた。
ちょうど原稿に着手して數十分経った頃、電話が鳴った。
「もちづきさん、急なお話なんだけど……」
申し訳なさそうな声色で電話をかけてきたのは、ホテルバイトのシフトを決めてくれる社員さんだった。この感じだとバラシかな……と働きたくない侍こと私の胸は少し踊った。しかし、次に続いた言葉は予想だにしていないものだった。
「今から急いで家出て、他のホテル行ってくれる?欠員出ちゃって……」
いや人使い荒いな……
ていうか何時まで働けとか諸々聞かされないまま電話切られたし……
まあでも最近全然働けていないし、ロングだったらそれはそれで稼げるチャンスか、と気持ちを切り替え、原稿データを保存して家を出た。
何も聞かされないままホテルに到着。あちらの社員さんは厚く歓迎してくれた。よほど緊急事態だったらしい。
業務の詳しい内容等の説明を受け、準備に取り掛かった。まずはビールをテーブルにつけるのね……
ビールは大手メーカー4社があり、テーブルごとに規則性を持って振り分けられていた。その規則を記憶し、各テーブルに瓶ビールを置いていると、
「ちょっと待って!」
と動きを制された。振り返ると、ベテランスタッフと思しき女性が険しい顔をして立っている。
「はい?なんでしょうか?」
私が尋ねると、
「これちがうよ!なにやってるの!?」
と大声で注意をしてきた。しかし、どう見ても合っている。
「このビール、テーブル1つ飛ばしごとにメーカー変えてるんで、これで合ってますよ?」
『合ってると思う』という言い方では納得してもらえないと思ったのでそう答えたが、彼女は一向に「ちがう!絶対にちがう!」と取り合ってくれない。いよいよ私も腹が立ってきて、マネージャー社員が書いてくれていたビールの配置図を拝借しバッと見せつける。
「何がちがうんですか?」
動かぬ証拠を見て彼女はようやく納得してくれたようだが、意味なく怒鳴ったことには詫びも入れなかった。
私のその生意気な態度が気に入らなかったのか、その後も彼女はことあるごとに注意をしてきた。
「その片付け方ちがうよ!」
「さっき社員さんにこう教わりましたが?」
「その手元のグラス磨きなよ!」
「先にちがうグラスを磨くよう言われたんです。今そのグラス持ってきてくれてます」
ベテランというか御局様だな、こりゃ。
きっと、無知な新参者の私をいびりたいのだろう。
しかし、すべて的外れ。決定打や確信皆無の注意で痛くもかゆくもない。
彼女は終始私を気に入らなかったようで、皆に配っていた手料理を私にだけ配らないというわかりやすい嫌がらせをかましてきた。
でもそれでよかった。
手作りお菓子ならもらいたかったが、チヂミは本当にいらなかったから。