見出し画像

【けいばエッセイ⑥】藤代三郎さんと乗峯栄一さんを偲ぶ

外れ馬券シリーズ。

椎名誠さんが『怪しい探検隊』シリーズとともにバズらせた『哀愁の町に霧が降るのだ』で目黒考二さんを知った私としては、目黒さんが北上次郎さんと藤代三郎さんと同一人物だと知ったときの喜びをまざまざと思い出す。私の興味関心の方向が一つの線でつながったからだ。

『外れ馬券』シリーズはコンプリートした。ネットが浸透し、ブックサブサブスクリプションで手軽に同時進行で読めるようになったのに、わざと読まずにいたのには理由がある。読んだら負け癖が伝染るから本になるときの楽しみがなくなるからだ。本のタイトルとともに毎年楽しみに待ち、刊行後はむさぼり読んだ。さすがに体調悪化を知ってからは、心配してコラムが掲載されているかどうかを毎週確認したけども。登場人物のみなさんは元気でいらっしゃるだろうか。お元気だったらいいな。競馬続けていたらなおのこといいな。

もうすぐ1年経つ。ときどき、リアルタイムの「外れ馬券」が無性に読みたくなる。そんな「ときどき」が秋のG1シリーズで頻度を上げて押し寄せてくる。

先日は乗峯栄一さんまで亡くなった。
関西在住者にありがちな競馬ファンとして、私もスポニチを愛読していた。ご存知のとおり、スポニチは東京版と大阪版ではまったく違う。社としての熱の入れようが違うかのように違う。売れ方も全く違うと聞いた。私の中でどれくらい違ったかというと、「東京に行けば大阪版スポニチが読めなくなるから」とずっと東京転勤を断ったくらいに違った。もちろん誰にも言わなかったけど。

そんなある日、無名の作家のコラムが始まった。
そう。「乗峯栄一の賭け」である。毎週の週末を楽しみにした。仕事で、今でいうパワハラのように周囲には映っていたらしい厳しい先輩の指導に音を上げそうになる自分を救ってくれたのは競馬であり、土日に読むスポニチだった。その中に「乗峯栄一の賭け」があった。

しばらくして伝説の複コロが始まった。雪だるまにした複コロをダービーでなぜか単勝に買い間違え。気づいた氏は「家中の金をかき集めて」複勝を買い直した足したという。そんな心意気に打たれた私は、ダービーで同じ馬を買った。皐月賞馬イシノサンデーは四位の叱咤激励もむなしく直線に沈んだ。

乗峯さんのコラムが無くなってしばらくして、私は東京転勤を受け入れた。スポニチを読むのも止めた。今は、同じような路線を継いでくれている井上オークスさんのコラムが載るときだけ買うような新聞になった。

乗峯さん。「あのダービーでは、私も四位を買いました。ってか私が乗ったばっかりに。正直すまんかった」それを言う機会もとうとう無くなった。
訃報を伝えるニュースで「三途の川の渡し賃さえも馬券に充てているだろう」というご子息の喪主挨拶を知った。なぜか救われた。

競馬開催日、本家のブリーダーズカップ、日本のブリーダーズカップ。そんな忙しい日なのに、予想ではなくこんなことを書いてしまうのはお二人のコラムが読めなくなった寂しさからか。読めないなら自分で書いてしまえ。そんな妄想さえ浮かぶ。

付記
記事の写真はnote の提供版(みんなのフォトギャラリー)を使わせてもらいました。Photo by watakuroさん。ありがとうございます。

いいなと思ったら応援しよう!