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【感想】(生)林檎博'24―景気の回復―

 11月の埼玉公演と、つい先日の千秋楽福岡公演を見てきた。
 林檎班先行で申し込んで、第一・第二希望がストレートに当たったのは初めてだったので、今年の初夏、ぼくはえらく興奮していた。同時に、ツアーの始まりをどこか遠い未来のように感じていた。
 でも、その日は着実に近付いてきて、気付けばぼくはさいたまスーパーアリーナ、そしてマリンメッセ福岡A館と此度の林檎博に身を投じることになったのだった。

11/21(木)さいたまスーパーアリーナ

 前年の諸行無常では事前にセットリストや演出を知って観に行ったが、今回は全力でネタバレを回避し、無事当日を迎えた。
 さいたまスーパーアリーナ自体行くのは初めてで、指定された扉から一歩踏み入れて、暫し空間の大きさに呆然としてしまった。座席を探し、開演を待つ間、隣の方と意気投合し、あれこれ語らった。
 やがて、演奏隊のみなさまが登場してくる。場内の照明は落とされ、我々は立ち上がり、厳かな空気の中始まりを待つ。
 発車した列車が加速していくような、近未来的な音の後に、般若心経が読み上げられる。〈鶏と蛇と豚〉だ。諸行無常でもセットリストにあった曲だったが、今回は一曲目に据えられ、しかもオーケストラによる演奏でいっそう威厳を感じさせた。中央のスクリーンではお坊さんがレーザーで正四面体を形作り、左右のスクリーンには機械のような身体を持つ林檎さんが映され、「どういうことだ」と思った。それでも、今回のテーマもやはり「諸行無常」なのだなというところには思い至った。
 真っ赤な衣を身に纏い、天高くから林檎さんが降臨した。
 ――地球のみなさん……御機嫌よう。
 思わず手旗を振り、歓声を上げた。〈宇宙の記憶〉は聞いたことがなかった曲だけれど、遥か高みから我々人類を見遣るようなスタンスがとても似合っていると感じた。
 衣装が変わり、〈永遠の不在証明〉。まさか、まさか聞けるとは思わなくて、泣きそうになった。真っ赤なリップを塗り、歌う林檎さんを見て、「赤とはこのひとのためにある色なのだ」と思った。ベース、ギター、キーボード、ドラム、すべて痺れるほど格好良い。赤色、「宇宙」というワードで一曲目からリンクしているのも格好良い。
 アウトロで背景に東京の夜景が映されて、オープニングを兼ねた〈静かなる逆襲〉。結構アレンジの加わった歌い方で、特に「様見さらせ」の刺々しさは、実演でしか聞けないものだろうと思った。
 聞き覚えのあるドラムから、〈秘密〉。まさかこれが聞けるとは思わなくて、特に伊澤さんがキーボードを担当しているステージでこれが聞けるとは思わなくて、夢かと思った。お決まりのステップも見られて、感無量だった。〈秘密〉は「大人」の曲だけど、個人的にはLive Tour 2011 Discoveryの印象が強い。ぼくはDiscoveryが本当にめちゃくちゃ好きで、何度も映像を見返していたから、福岡公演にはDiscoveryの手旗も持っていこうと堅く決心した。
 左右に振れる規則正しいリズム、攻撃的なギター。〈浴室〉。まさか、の連続。刻まれる林檎。イヤホンで聞いていても浮遊感の強いサビだけれど、空間で聞くと本当にふわふわしてくるような、溶けてしまいそうな感じがした。
 横になり、枕を抱いて、〈命の帳〉。アルバムで聞いていたときはそこまで好きな曲ではなかったが、柔らかなブランケットのようなメロディー、後半に向けて洋酒入りのチョコレートのように深みを増していく構成がしみじみよかった。あと、横になった状態でどうしてそんなに腹から声が出るんですか? と思った。ここでも「宇宙」という言葉が出てくる。
 重たいピアノで、〈TOKYO〉。諸行無常でもセットリストに入っていた曲だが、どの曲から繋がるかで聞こえ方が違う気がする。「飲み込んで東京」で空間を満たすように青色のライトが走り、林檎さんがそっと姿を消す。我々の振る手旗が青く染められて、波のように見えた。
 海中のような映像に、ビジューが揺らめき、〈さらば純情〉。アルバムバージョンだった。水中で声を発しているかのように泡が揺れる。静かなシングルバージョンが好きだけど、オーケストラで重厚感の増したこちらも好きだ。
 大きな貝殻が運ばれてきて、〈おとなの掟〉。中におわす林檎さんは、人魚のような衣装を身に纏い、ゆったりと腰掛けていた。普段、アルバムで聞く方は英語詞なので日本語詞で聞けたのは貴重だった。
 アナウンスが入り、黒猫堂二代目若旦那からの御挨拶。微笑ましさを感じさせつつ、すごくしっかりした読み上げだった。林檎さんは貝殻の中で優しい顔をして聞いてらした。
 林檎さんがいたく感じ入ったという〈MOON〉、そしてそこから着想を得て二次創作的に作曲したという〈ありきたりな女〉。近年の林檎さんは母として、庇護者として、大人としての視点で曲を作るようになったと感じているが、それが現れた二曲だった。〈ありきたりな女〉を歌い上げて、また姿を消す林檎さんに、精一杯手旗を振る。ぼくは一生誰かの母になることはないのだけれど、ぼくをそだててくれた母のこと、そして林檎さんのことを想うと曲が沁みて泣けてきた。
 余韻に浸る暇もなく、〈生者の行進〉。す、すごい衣装だ。そんなにお御足を拝んでしまっていいのだろうか。力強く歌い上げる姿が格好いい。「剰え宇宙」、ああ、ここでも宇宙というワードが登場するのか。
 SISのお二人の手を借りながら林檎さんが白のセットアップを着る。背景映像には花札の芒に月が映り――〈芒に月〉。浅学で恥ずかしい限りだが、原曲のあっぱ〈ジプシー〉を知らなかったので新曲!? と驚いた。スーツケースを手にあちこち行ったり、SISのお二人とともに軽快に踊ったり。結構長めの曲だったけど、一時も飽きることなく、心弾むような気持ちになった。ここまでアクティブに林檎さんが動き回ったり踊ったりというのは想定外で、おお、と思った。
 美しいハープの音色から、〈人間として〉。これもアルバムで聞いていたときはそこまで刺さらなかったが、ステージで演奏されると、まるで舞踏を見に来たようで、壮大なオーケストラが印象的だった。大きな舞台で歌われる人間賛歌は聞いていてとても気持ちよかった。
 背景映像では、黒猫が望遠鏡を持ってきて覗き見始めていた。〈望遠鏡の外の景色〉。銀河帝国軍楽団(で、合っているだろうか)の面々の御披露目だが、パートごとにランウェイをこちらに進んでくるような格好いい大人達が映るので、我々は歓声を上げ、拍手し、手旗を振り、と忙しかった。
 和服に身を包んだ林檎さんが、スペイン語の詞を口にする。〈茫然も自失〉。左右のスクリーンにはカメラレンズのような丸い枠に、“Closed Truth” “True Vision”。途中で番傘を手にして、いよいよ和風の出で立ちだが、曲と格好と意外な取り合わせなのに不思議ととても似合っていた。
 暗転し、人影が一人増え、〈ちりぬるを〉。そう、イッキュウさんがいらしてくださったのだ! 揃いの髪型に揃いの衣装のお二人は瓜二つで、一瞬、林檎さんが増えたのかと思ってしまった。アルバム「放生会」の中でも特に好きな曲なので、実際に聞けて感無量だった。
 暗転し、左右のスクリーンにテレビのような画面。現在時刻と提供のサントリー・資生堂が映され、〈ドラ1独走〉。林檎さんはいつの間にか野球のユニフォームに身を包んでいる。
 ――変わりまして、センター、ボーカル……
 同じく野球のユニフォーム(背番号34番)を着たDAOKOちゃんが! いる! しかも! 野球からの繋がりで〈タッチ〉! え! マジで!? 左右のスクリーンには“GO! GO! DAOKO”と映る。曲のリズムに合わせて手旗を振るのがすごく楽しかった。DAOKOちゃんが歌っている間、林檎さんは舞台の端で肩を回したり、ストレッチをしたりしていた。DAOKOちゃんのアナウンスで、今度は林檎さんが歌う。背番号は51、「スーパースター」と同じだ。今度は“GO! GO! RINGO”。最後まで大盛り上がりで曲が終わる。
 照明が落とされ、雷雨の野球場。〈青春の瞬き〉。新しい学校のリーダーズを迎えて歌った〈ドラ1独走〉のあとに、まるで過ぎ去った時を想うかのような曲のチョイス。クールダウンしながら曲に浸る。個人的にBon Voyageの印象が強い曲なので、次の福岡公演にはBon Voyageの手旗も持っていこうと思った。
 ――1, 2, 3, 4!
 ギターを持った伊澤さんのカウントに、え、と思う間もなく〈自由へ道連れ〉。イッキュウさんと林檎さんが、拡声器を手にして歌っている。(ここでもやはりイッキュウさんと林檎さんがとても似ていらして、歌も拡声器を通して聞こえてくるので、ちょっと混乱した。)イッキュウさんがカメラ越しに微笑んでくださったのが、美しかった。
 今度はDAOKOちゃんがやってきて、〈余裕の凱旋〉。と~っても、かわいかった。「もし見たら超呪うよ」でDAOKOちゃんがカメラ越しにキッと強く視線を向けてくれたの、よすぎてヒエ~と思った。
 背景映像はライトアップされた街のよう。サントリーのビール缶が見てとれる。〈ほぼ水の泡〉。ももさんの力強い歌声と、ダンスのかわいさがとっても素敵だった。ビールの売り子に扮したSISのお二人が間奏で林檎さんとももさんにカップを手渡していた。最後のフレーズ、「我らはほぼ水の泡」のかっこよさ、すごかった……。天井から五萬円札がめちゃくちゃ降ってきたのも面白かった。この埼玉公演でも、後に見た福岡公演でも、お札が降ってくる位置にいなかったので結局手にしていない。少し寂しい。
 「歌いたいので、歌います」とももさん。最後の一曲、〈私は猫の目〉。アルバムバージョン。ももさんに加え、イッキュウさんとDAOKOちゃんもやって来てなんと豪華なステージか。個人的には諸行無常で初披露したときに歌っていたシングルバージョンが好きだが、大きなステージで豪勢にやるのなら、アルバムバージョンがいいなと思った。メカっぽい招き猫が背景映像に映っていたの、ちょっと笑ってしまった。「あ、あれはなんだ!?」「景気回復ビームだ~!」の勢い、面白すぎる。この寸劇の中、林檎さんが一番わたわたしてらしたのも好き。会場に向けて放たれる「景気回復ビーム」を跪いて浴びる6人。ビームの既視感はニュースフラッシュのときの〈勝ち戦〉の孔雀ビームか。終わりの猫ポーズもかわいらしかった。
 ここで暗転し、アンコールを待つ。
 アンコール1曲目は〈初KO勝ち〉。真ん中のスクリーンには対戦するのっちと林檎さんの試合状況がネオンサインのようなデザインで映されていた。ラスサビ前で林檎さんが倒れ込み、SISのお二人がカウントを行なうような身振りをした。我々は手旗を振り、声援を送る。そこからのラスサビ、痛快の一言に尽きる。
 そしてアンコール2曲目は〈ちちんぷいぷい〉。アルバム「日出処」でも特に好きな曲の一つで、いつか生で聞いてみたいなあ、コールしたいなあと思っていたところ、あっさり夢が叶ってしまった。本当に嘘みたいだ。手旗を握りしめ、高く掲げ、“RINGO!” と盛大に合いの手を入れる。
 こうして、頂点に達した林檎博は幕を閉じた。
 エンディングは〈2○45〉。僧侶が時間を進めるような動きをして、西暦のカウントが2024から2045へ進む。荒廃した世界が映る。ライブ会場と思わしきところ、野球場、ネオンサイン、五萬円札、すべてが、砂埃にまみれて荒れていた。オープニングで登場していたアンドロイドのような林檎さんの横顔、その目に三角のマークが浮かぶ。歌い終える頃に、頭部がごろりと後ろに落ちる。それでも、唇はメロディーを紡いでいる。再び僧侶が映り、今回の公演のロゴを描く。会場では緑のレーザーがスクリーンに投影される。

 セットリストやゲスト、演出を一切知らずに見に来てよかった! と心の底から思った。驚き、歓喜、感動、どれも人生で一番といって良いほどだった。

12/15(日)マリンメッセ福岡A館

 飛行機で行った。機内で〈赤道を越えたら〉〈JL005便で〉を聞くという夢、福岡で〈正しい街〉を聞くという夢を叶え、うきうきで博多うどんを食べ、博多駅から出ていた臨時バスに乗ってマリンメッセへと向かった。
 さ、寒い。海辺の会場だから予期できたことだったが、冷たい風が吹き荒んでいた。開場時間を迎えると、多くの人が場内へ入っていった。
 埼玉で見逃したところや、もう一度見たいところを重点的に見るつもりで、鑑賞した。
 次は〈ドラ1独走〉というところで、場内がざわつく。人影が多い。ステージに、林檎さんを含めて、5人いる。新しい学校のリーダーズが来てくれた、とわかると同時に、思わず歓声を上げていた。
 〈タッチ〉の前のDAOKOちゃんのアナウンスが、埼玉公演よりもよりかわいらしい声色になっている気がした。実際、公演ごとに声のアクセントを変えているらしかったので、気のせいではなかったようだ。
 〈私は猫の目〉は、変わらず林檎さんとイッキュウさん、DAOKOちゃん、ももさんが歌っていた。新しい学校のリーダーズは出ないのか、と意外に思った。景気回復ビームを浴びて、盛り上がりが最高潮に達し、アンコールを待つ。
 あれ、と思った。〈初KO勝ち〉が始まらない。代わりに、少し明るくなった舞台に見えたのはギターを持った林檎さんと、その横に立つSUZUKAさんだった。
 ドラムから曲が始まる。〈正しい街〉。確かに福岡空港についたとき、「正しい街で〈正しい街〉聞いちゃうもんね~」とは思っていたけど、いや、まさか、正しい街福岡で、林檎博で、この曲を聞くことになるとは思わなかった。SUZUKAさんの歌声はまっすぐで、凛としていて、背筋の伸びるような思いがした。ひたすらに格好よかった。二番は林檎さんも歌っていた。今自分はとてつもなく歴史的な瞬間にいるのだと感じた。SUZUKAさんは、歌い終えると髪をくしゃくしゃっと乱して、はけていった。ぼくは「無罪モラトリアム」の頃まだ生まれていなかったけど、なんとなく、若い頃の林檎さんってこんな雰囲気だったんだろうなあ、とSUZUKAさんを見ていて思った。それくらいSUZUKAさんは曲を着こなして、自分の物にして、しかし大切に歌っていらした。
 〈初KO勝ち〉、〈ちちんぷいぷい〉と続いて、林檎博はすべての公演を終えた。〈2○45〉を見ながら、兵どもが夢の後というか、寂寥感を感じた。

勝手に読み取ったり受け取ったりしたこと

 「景気の回復」と銘打ってはいるけれど、やはりテーマは諸行無常なのだなと思った。手旗の名前は「手旗バブル」だったし、演出や曲目でも泡がキーになる部分があった。
 2045年は、シンギュラリティ(技術的特異点)の年として提唱されている。

 エンディングで、2045年つまりシンギュラリティの年を迎えて、文明が破滅し、やがてアンドロイドの首が落ちるという一連の演出は恐ろしかった。
 だから、巻き戻して2024年に「景気の回復」を行なったのだろうか? いや、だとしたら、公演に登場した構造物の数々が荒れていたのに説明がつかないか。
 まあ、前後関係や因果関係はわからないのだけど。初めと終わりとで僧侶が今回の公演のロゴを描いていたことから、2024年(景気の回復)~ 2045年(シンギュラリティ後)をループしているのかな、とも思った。ループは実際に起きているものなのか、それとも機械が見ている夢なのか。どちらもさして根拠はないけど、景気の波は好景気と不景気を繰り返すものだから、諸行無常というテーマとリンクする部分はあるだろう。
 まあ、あと21年もすればその年を迎えることになるので、答えを待ってみようと思う。

 一方で、若さとの決別、大人としての覚悟みたいなものもセットリストから感じた。〈命の帳〉、〈TOKYO〉、〈おとなの掟〉、〈ありきたりな女〉、〈さらば純情〉、〈青春の瞬き〉……〈正しい街〉は、林檎さんからSUZUKAさんへ、つまり若い世代へとスピリットを継承したような感じがあった。
 〈TOKYO〉、〈ありきたりな女〉、〈青春の瞬き〉で林檎さんが舞台から姿を消したとき、言い様のない不安に襲われて、行かないで、と呼び掛けたくなってしまった。
 でも、「またいつか」と仰ってくださったから、次にお目見えできるときを楽しみにして、生きます。
 今までの林檎さんの公演で一番好きなツアーになったかもしれない。衣装展など、この先の催しも楽しみですね。

 2024年、景気回復しました。


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Lay'oe
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