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腹腔鏡手術からの退院しました

※スキするとひとこと占いが出るようになりました。
「石の名前」「メッセージ」です。10種類あります。
思い出したら入れ替えたい。


婦人科の話なので結構色々なまなましく書いてます。あんまりこういうことひとに話したくねーーーんだがでも先駆者たちが書いてくれたブログを予習的に読んだりできてそれが安心にもつながったんで、備忘録的に。

すごくまとまりのない文章が出来上がってしまってそれが1万字超えてて申し訳なさの極み。だんだんIQが下がってくだけてくる。ナウシカのネタバレがある。


時系列
4月➡健康診断の血液検査結果が過去最高にひどい
5月➡心臓痛すぎて循環器内科受診
CTの結果婦人科もかかったほうがいいですと連絡受ける。
6月➡クリニックに予約をねじ込み検査
子宮筋腫が約7センチ+いくつか増えている+卵巣にも何かある+ポリープもある。紹介状を出してもらい、MRIに入る
7月➡MRI結果、大きな筋腫と小さいのと、チョコレート嚢胞とその癒着、ポリープの切除の手術が決まる。手術前治療開始
8月➡通院のみ、並行して頭痛外来など通院
9月➡入院前検査と面談。血液外来の検査
10月➡入院と手術を終えた ※腹腔鏡手術/子宮鏡手術



さて私は頭痛もちだったり喘息もちだったりするわけですが、それでもまあ健康なほうでは? と思っており、それがなぜかというと大きなけがや入院するような病気などが今までまったくなかったからです。
でもたぶんこれ生存性バイアスみたいなものだと思います。

婦人科にはなかなかいけてなくて、数年前にも筋腫はあったけど、経過観察という感じでした。
もともとの生理痛はすごく軽いほうだったし、痛み止めとか要らなかった。
急にぐっと重くなってここ数年は「4時間おきに痛み止めを飲む」「飲んでいても、痛くて這って動かないといけなくなる」という感じだった。

貧血になったこともまずなかったのですが今年の4月は完全に貧血でした。
献血で断られるのとってもかなしい仕方ないけど………社会貢献ができない悲しさ……

話しがそれてしまった。ともあれ、私は「初めてやること」はなんでも楽しいので、手術と入院じたいは結構楽しみにしていまして。
不謹慎かもですけど、なんでも糧にしてやるという気持ちでした。

ホルモンの薬(レルミナ)は初期はめまいがひどく出て、そのあとはのぼせ(ホットフラッシュ)が頻繁に起きる感じ。副作用だからしゃーない! 髪はぱさつきます。
飲んでる間は生理きませんので、それは副作用よりずっと「楽な」ことでした。いやほんとに、痛み止めを買う量おかしかったから…(私は偏頭痛もすごかったので、1回2錠の60錠ひと箱では1か月持たなくてまとめて買っていました→ので薬物過多の頭痛もあったと思います。今は頭痛外来から出してもらった予防薬(朝晩)で気圧の頭痛以外は無理なくすごしてます)

痛み止めが安いものでも、量買うと金額はかさばりますし生理用品ももちろん毎月いるものですし。まあレルミナじたいはすげーーー高い薬なんですけどね………(1か月で負担額が約8000円)(比較として鼻炎で出してもらってるビラノアは1か月の処方の負担額が478円くらい…?)
あとは、骨密度が下がるので半年までしか服用できない、という縛りもある薬だそうで。実際体組成計の骨量は減った。
とはいえ、のたうちまわる痛さはないし、コーヒー禁止(痛みが増すので生理中は控えてました)にならないし、不快感もないし、イライラとか動けなさ過ぎて自虐でへこたれてしまうのよりはずっとマシだった!! マシという言い方はよくないかもしれんが!!

入院前の検査は、肺機能、心電図、血液検査、尿検査でした。あと超音波での内診やね。レルミナ飲んでると筋腫小さくなるらしいんですが全然そうでもなかったね。
フェブリノーゲンの数値が下限値を切ってたので、追加でもう一回診察を受け、次はもう入院日ということで。
※フェブリノーゲンは血小板みたいに血を止めるものの一種で、モチみたいになるやつだよって教えてもらいました。既定の量ないと手術後血が止まらないかもしれず、2回目の血液検査は普通にクリアしてました。

各種同意書や誓約書、ほかには病衣のレンタルだったり、家族にも書いてもらうものがあります。徐々に準備。
自分が今かけている医療保険のうち、どれが使えるかをなんとなくチェック。
R6,10月から、マイナンバーカードを保険証にしていれば、カードを読み込ませたときに自動的に高額療養費制度の申し込みもできて、ほかの手続きがいっさいいらなかった。つくづくタイミングが良くて運がいい。そしてらくだな!!!!!!!

〇入院時に持っていったもの
かならず持ってきてほしいものはだいたい資料として渡してくださるんで、そのほかに個人的にもっていったものたちとその感想。

・サーモスの水筒(給湯器からお湯をもらってくるのにつかっていた。昼にくんできたお湯でも夕食後にコーヒーのめたりしてうれしい)
・スティックコーヒー/カフェオレ(箱からばらしてジップロックに入れる。コーヒー好きなので)
・1mちょっとの延長コード(姉から、欲しい場所にコンセントがあるわけではないと事前にきいていたため。術後は酸素や点滴などに電源を使うため、離れたところから電源をとる必要があり、あってよかった)
・S字フック(姉から。動けないときに最低限の荷物をベッド柵にかけておくと取りやすいとのことだったが、術後2日目からこんにゃろうと動き回っていたためあんまり要らなかった)
・ワイヤレスイヤホン(ノイズキャンセラつき、テレビをみない、ほとんどスマホからyoutube
や音楽を聴くだけのため)
・綿棒(みみかゆくなる!!)
・歯のフロス(あるの忘れてた)
・ノート、筆記用具(絵を描くのが好きなので、無地のノートに絵をちょっと描くだけで気持ち的にも回復してる感じがした)
・ワイヤレスキーボード(わざわざ買ったんだけど使わなかった…)
・サンプルみたいな感じで100えんくらいで売ってるシャンプー/コンディショナーのセット 匂い違いでいくつか(平たくてかさばらないのと、気分でにおいを変えられるのがうれしかった)
・お札と小銭で1500円くらい、コンビニのポイントカード
・Paypayへの入金
・お弁当袋サイズのミニバッグ?トート? 貴重品だけ入れて動き回る用
・フカフカしてる小さなぬいぐるみ(癒しに大事。ナマケモノのぬいぐるみで、手のひらにおさまるサイズで、部屋にいるだけでほっとしました)

これらを普段使いトートとその中のバッグインバッグに詰め込む。
バッグインバッグもダイソーで300円のやつ。これ便利じゃん。

ダイソーで買った手提げと、普段使いトートバッグとで、荷物はふたつでした。

↓は日記みたいなものです。覚えてる限りで。

入院日。
家族の付き添いと面談あり、ロビーで別れ、初日は4人部屋。
時々栄養士さんや麻酔科の先生がきたりするため、あちこち行くこともできず、することもそうないので、クロスワード雑誌(実はめちゃくちゃ好き)を買いに行く。人がいる気配がしんどいので、病室の外にあるテーブルでプロットをまとめるなどし、ときに頭を抱えていたりする。話はまとまりました。あとは書くだけ。

おへその中を切るので、へその処置をしていただく。へそのゴマ、めっちゃきれいにでっかいのが取れた!というので見せてもらう。ほんとにすごいきれいに取れてた。そういうのうれしいよね分かる。
とったらいけないって聞くけどとっていいんだ?と思った。

消灯は21時半。私ほんとに人がいると寝れねーーーーーーからイヤホンしてしばらくyoutube見てた。やっぱりあんまり寝れなかった。
ラキソベロン、めっちゃ見たことある名前の薬だなと思って飲んだ(下剤です)
ピコスルファートも名前かわいいよね。下剤だけど。
補水食がでます。4本全然飲み切れるんだけど一気に飲んだらだめらしい。

手術日。
希望していた個室へ移動させていただく。
補水食は9時までにのみきり、10時からは水分も禁止。
お通じはいいほうなんですが、緊張ででなかった。レシカルボン(座薬)をぶちこまれたまま手術前の処置(ラミナリアだったかな)に連れていかれる。が無理過ぎてトイレ行った。いや無理だと思う。
ラミナリア、すげーー痛くて悲鳴も上げたし、処置後もあまりにも痛くて血も出るからコール鳴らしたけどこなくて、処方されてる薬しかもってないから余分の痛み止めもないし、しゃーねえので暖かいPETのお茶買いに行っておなか温めながら凹み、別件できたNsの前で泣くなどした…手術前なんで不安なんだ…痛み止めもらいました。
あとで調べたらこれほんとめっちゃ痛いらしいね。痛いよーって人の話がいっぱいでてきた。

午後から手術。手術着と着圧ソックスにカーディガンはおって、家族に貴重品だけ預ける。手術室へ。
腹くくっているので逆に色々楽しみになり饒舌。オペ担当の方から「麻酔に抗う人はたまにいます、実況してたり。でもたいていすぐ落ちますね」「なにか言ってたら覚えときますよ」とのこと。
麻酔は点滴からと、口からと入る。点滴からの麻酔めちゃくちゃ気持ちが悪い。腕→背中→じわ~と気持ち悪い感じが広がる。ここで意識が落ちる。


「●●さーん」肩をタッピングされた感じと、名前を呼ばれて「はい」と返事する。意識が急激に戻る。
点滴の管もついているし、バルーン(尿の管)はちょっと違和感あるなあと感じる。病衣になっていて、まだ麻酔がきいているので、おなかはそんなに痛くない。わーーオムツ生活だ!!
ベッドに載せられ、居室へ移動。酸素はまだマスクをつけておく感じ。痛み止めと、点滴はたぶん4本くらい時間をかけてやっていて、抗生剤も1回入れた。
この日は死んだように寝たかったが、気圧の低下がえぐく、寝たり起きたりを繰り返していた。
一か所に圧がかかるの床ずれになるかもしれんしよくねーーというか単に痛いのでちょっとでも寝がえりしたいんだけど、すべてが痛くてびっくりする。痛いといいたいが声がカスカス。
時々看護師さんが巡視にきて、尿量を見て捨てにきたなあ~とか点滴かえてるな~とかそんなのも見てた。あとお茶とか飲んでいいようになったので、飲みたかったけどそもそも量がなくって、ずっと喉がカラカラだった。コップに少し水を入れてもらい、ストローでちょみちょみ大事にのんでた。
水分めっちゃとる人間なのに(1日2-3L)先に用意しておけばよかったなあ…と思いつつ…
血栓予防のため手と足の先をもじょもじょ動かす。横隔膜痛いから呼吸がうまくできん。

術後1日目。
洗面はおしぼりで拭く。まだベッド上。点滴もつきっぱなし。
採血。朝食は3分がゆとお汁とおかずが少し。牛乳もある。ベッドのジャッキアップ(頭のところ上げる)だけでもう吐き気しかない。ちょっと食べては目を閉じ、吐き気を逃がす。私は嘔吐恐怖があり吐けない。牛乳も好きなのに3口で終わる。あったかいお茶が一番おいしい。
たぶん食べたの2割くらいで、ゲボゲボいいだしたので配膳の方にとめられた。全然いいよいいよ残しな! 無理に食べて戻すより全然いい! といってくれたのが安心できてありがたかったのでうれしかったこととして投書にかくこととした。

お昼は5分がゆ+おかず。果物(煮リンゴ)があってそれがすごくおいしくてうれしかった・・・・・・・・・・・・・・・・・・あとあったかいお茶は神。お魚は気持ち悪くて残す。お昼も3-4割特におかゆはほとんど食べられないまま残した。嘔気はまだすごい。痛み止めの副作用らしい。

清拭してもらい、着替えたあと、点滴とバルーンつけたまま廊下をちょっと歩く。ナマケモノの動き。のろり…のろり…とにかく両肩がどこからこれほどの霊をつれてきたのか!?(いても見えないけど)いまだかつてないほどの肩こりの痛さに見舞われる。でも歩けたので、尿の管はとれる。オムツ生活終わり。
動作が痛すぎるのでゆっくり…ゆっくり…動くしかなく…横になるのも悲鳴をあげる。腹腔鏡手術はおなかのなかに二酸化炭素をいれて膨らませるので、それが抜けていくまでは横隔膜への刺激→肩の痛みになるらしい。
ここで点滴の管が取れた(とはいえ病変かなにかの時のために一部の管を腕に残されている状況)のでお茶と白湯がいちばんおいしいぜ!! と絵を描いて載せました。

回復を早めるため、できるだけ動きなさいということだったので、情けない悲鳴を上げながら動く。すべての動作で横隔膜と肩が痛い!!!!!!! 連動しているのがよくわかる!!! ちょっとした動作でも悲鳴が出るので個室でよかった。
晩御飯は全粥、お肉のおかずが出てきたので、お肉好きだしタンパク質…傷を治すのに必要…と思ってがんばって全部食べた。おかゆはほぼ残した。
面白いんだけどご飯食べた後も、横隔膜つっぱるのか肩が痛くなって手が震えてた。

痛み止めにカロナール(熱さましでもある)を飲んだが夜、熱が出た。検温用に体温計が常に置いてあるので、おかしいなと思ったら38度。でるものはしゃーない。今回も寝付けず、頭の中が煮えており、夜中にコール鳴らしてアイスノンを入手。おかげさまでその後ちょっとだけ眠れた。


術後2日目。
5時に目が覚める。空腹がすぎる。オナカスイタヨ…でもこんな時間に外にいったらいけないよなあ…と頑張ってくんできてたお茶をちみちみ飲みながら6時まで待つ。6時にやっと給湯器に行く。またお茶飲んで待つ。朝ごはん何時だっけ。
腕についてた管もやっと外れた。ネットでまとめてもらってたけどじゃまでした。
おなかがすいたよって絵を描いて、朝食きたのは7時50分くらいでした。今日から普通食(つまり米)胃が小さくなってるのを実感しつつ8割摂取。牛乳好きだから絶対残したくないと思いこれは全部飲んだ。

ベッド柵を使い、ジャッキアップを併用しながら体を起こすのを色々試し始める。なにせ腹に力を入れると痛いし、肩はずっと何か重石が乗っているし、気圧で頭痛も最悪だし、微熱がずっとあるのである。お通じが術後ない(ガスつまり屁は出ているため、腸は動いている)のだが確実に水分が足りていない。運動も足らんが下剤はあまり飲みたくないので、院内のコンビニにパックのお茶を買いに行く。1Lを2本と、炭酸水も買う。コンビニに行くとスイーツやパンに心躍るものだが、しかしなにも食べたくない。腹が張っているからである。
そういえば図書館があったなと思い出し、病衣の上にカーディガンを羽織って向かった。

今回の入院で読んだ本は以下の感じ
・人魚の森/人魚の傷
 ついったで見て気になってたので読んだ! まだ続きあるんですねこのシリーズ…表題が箔押しでびっくりした。高橋先生節がさくれつしててよかった。八尾比丘尼はSIRENで履修したため、こういう伝説もあるのねと思った。
・ときめきトゥナイト(新装版12巻)
 子供のころに読んだ記憶(5つの指輪)がありました。新装版で作家さんのコメントがついてたり、やっぱり指輪エピのところが好き。古い漫画なので、コンプラだいじょぶかなって思うところも多々。
・聖おにいさん 
面白いから元気出るよね。友達のブッダとイエスのコスプレがめちゃくちゃクオリティ高くて面白かったのを思い出した。
・美味しんぼ、何巻かわすれたけど山岡さんと栗田さんが結婚してしばらくしてからのを2冊
亡き父が集めていた漫画。だいたい1話完結なので読むのがラク。漫画だけどいろいろめちゃくちゃだぜ! と思うこと多々。
・クジラの彼
これは紆余曲折確か7年前に勧められたことがあった作品でやっと読んだ。とてもよかった。短編集は読みやすくていいよね。表題の彼のなまえが「ハル」なのでそれもひっくり返る要因となった。海自への解像度が上がる。
・風の谷のナウシカ 原作漫画(7巻)
読んでよかった本。いやすごくすごいというのは存じ上げていたのですがこれはすごいな…と思った…自分の手元にも欲しい本。定期的に読み返したい。感想の絵もつい描いちゃった。
なんなら読んでる途中に昼食がきて、ほったらかして読みふけってる間に回収が来ちゃってあわてて食べた。
映画は映画で好きなんだけど、原作版のほうがやっぱり物語として好きだしこれをすべてアニメにできなかったのって悔しいのでは…と。超大作で大変なことになるんだろうけど…あのディティールをアニメで見たい…
・トリコ(途中まで)
料理人100位までのランキングの人がそろって争うやつ? の開催中にスタージュンがおそってきたよーみたいなとこまで読んだ。記憶を食べる人仲間になってくれたんかいと思った。あと私はココとサニーが好きなので、サニーと腹からいっぱい虫出てくる人(名前が覚えられません)の戦いがすごくスッキリできてよかった。

「うずまき」とか「月光条例」とかも気になったが時間の制約で読めなかったものも多々あり。「食糧人類」もあって『それ病院においていい本?』と弟が言ってた。笑

お昼も米だけ残してあとはたべました。バナナとかオレンジとか、果物があるととてもうれしい。あと、生野菜があって、それも気持ち悪くなりにくくてうれしかった。
痛み止めの点滴が吐き気の副作用でるもので、点滴がとれたらもう吐き気がほぼほぼなくなった。
この日は図書館とコンビニと廊下を歩き、だいたい3000歩。
もうシャワーをあびてよい!! おふろはうれしい。
へそ周りがドーナツみたいな赤黒さ(内出血)。

夜ご飯はたぶん全量摂取。水分は一日通して2.5Lくらいはとった。
お通じがないので野菜ジュースを夜投入。
この日も熱がでたのでアイスノンをもらう。巡視にきた看護師さんに一回交換してもらい、寝付いたのは1時すぎ?

術後3日目
バイタルチェックにきた看護師さんの気配で起床。昨日はすごい空腹だったけど今朝はおなかすいてない!!! とあとよく寝られたことがうれしい。
術後やっと最初のお通じがあり看護師に報告。野菜ジュースのちからはすごい。
なんで報告するかつーと、全身麻酔と術後動かないことで腸の機能が弱って、腸閉塞になる時もあるそうで…実際自分が研修で行った先で、便秘5日目で腸閉塞→救急搬送になった例はみたことあります。

本来退院してもいい日なんですが、迎えの都合がつかないので本日も居座る。採血と検尿あり。図書館と自室をまた往復する。と内診と、傷の保護をはがす。
へその形が変わっている…なんかねじれとる…という気持ちで見る。
この日からせき込みが出始める。とにかくおなかが痛いので抑えながら小さく咳をする。喘息もちだし時期的にも発作出てもおかしくないんだけど、だいたい漢方のめばいったん収まるのが収まらない。ケソケソした咳しながら過ごす。お茶は3L買ってきた。

退院後の療養についての説明などでちょこちょこ看護師さんがくる。
パンが食べたい→コンビニにあるんだけど食べたらごはんが絶対入らないな→一番ちいさいプリンを買って戻る。プリンおいしかったです。
なめらかプリン、凍らせると美味しいって記事でてたの? ちょうど食べたのがそれだったから、次回試してみます。
この日もほとんど本をよんで過ごした。原稿やろうと思ってたの忘れてたが何とかなる気がしたので(?)

ナウシカ全7巻を読み、映画は2巻までで、かなりの勢力をまとめたりまぜこぜにしたり端折られたりしていることを理解。ペジテのなんかへんな飛ぶツボ、あんな飛行機?もってるのにへんだなと思ってたけどなるほど。

ネタバレ
風の谷、トルメキア、ペジテが映画にはありますが漫画にはもっと国があり、クシャナの父や兄もいて、土鬼(ドルク)という多民族の国があったり。国同士の関係や、宗教や職業の貴賤や人種の差別的なことが多々書かれていた。群像劇?

職業としての「蟲使い」。
蟲使いはかなり差別を受けていると感じたし、実際人里に食料を買いに来ただけでごく普通の人たちから殴るけるの暴力を受けるシーンがあり、つらかった。
酒と干し肉も一緒に(あんな奴らには酒だけでいいと店主はいったが、その金なら肉も買える値段だろうと)わざわざ届けに来てくれたユパ様に感謝したり、この人はいい人だから殺すようなことになってはいけない、と危険を遠ざけようとしてくれたり。
森と人の境界に立つナウシカが蟲(王蟲)に守られたのを見て女神と慕うところ。ナウシカに願われマスクを外し、顔を見せたら「あなたがたも私と同じ血の流れている人間」と手を取り声を掛けられ、たどたどしい言葉で喜ぶところ。『ナウシカを助けに行きたいなら荷物を捨てろ』と言われ(蟲使いは全財産を持ち歩いている)、話し合った結果自分たちの仕事仲間である蟲さえも殺し(寒くなり、餌もないところでただ死なせるのはかわいそうだと)荷物もすべて捨て本当に最後の最後までナウシカのために力になろうとするところとか、打ち込みながら思い出し泣きができる。
逆に言えば、そんなにまでも尊厳が損なわれていたひとたちなんだと感じ…
やっぱり全巻欲しいなあ。

蟲使いたちが敬う「森の人」という人たち、不思議ないでたちとマスクをしていて、蟲の腸でできた服、蟲の卵をお願いして分けてもらい食料とし、蟲の出す香料を使ったり、泡でテントを作って暮らしている…というなんかすごい設定でした。映画版ではアスベルとくっつく感じだったけど漫画版は森の人のセルムとくっついたんかなと思います。

クシャナ殿下もとてもよかった。映画では鎧を外して「我が夫となるものはさらにおぞましきものを見るであろう」って言ってたけどあれは特に回収されなかった。いや読み逃しただけなのかな…
クロトワはメカに強くて、エンジンさえあればまた次のが作れるって取り外して持っていこうとしたり、なんやかんやクシャナやナウシカにほだされてたり、あと操縦の技術もすごくってそれだけで部下に認められてるシーンとかあって頭もきれるし有能な人なんだよなあほんとに、と思った。命令だったとはいえクシャナのところにきてよかった。クシャナとナウシカの関係も、おたがいに認め合っていて凛としていてよい。

青き衣は2度回収される。とラストは色々やばい案件とは聞いていましたがまことにそうでした。実際作中も、命を無理やり伸ばしたり体をなんども付け替えたり、不死(仮)みたいなことをしているので命ってなんだろうな…って思う。人間のたまごはやばい。

もうナウシカの感想noteになってきた。

闇の中に瞬くひかりが命だとナウシカはいいました。

話を戻す。私は本当に「手術が楽しみ」なところがありました。
こんな書き方すると、いままさに闘病している方、通院している方にはもうしわけないが、「人間は経験しないとわからない」ことがある。
やったことないこと、経験したことがないことはどの年齢になってもありますし、できたらそれは早いほうがいいと思っています。
介護という仕事をしていて、それを今後続けるかとても迷っていたので、今回の経験はその参考になった。ないがしろにされないためには、主張が必要であるということも。その主張の形が多少いびつであっても、我慢してなにも出さないよりは、わかってもらえる率は上がるのだろうと。少しでも良くなるためにあがけるのが人間らしさかなって。
我慢強くだいたい我慢しがちだが、向上心はだれにもまけない人間はそう考えましたのでした。


寝て起きて目が覚めるだけで毎日産まれなおしていると解釈はできまいか?

手術前、通院後ふらっと海行ったときに「女の子ひとりで海を見に来ていて死の気配がした」とおじいさんに話しかけられすげえ偏見だなあ! 海が好きなだけだが!? まあ面白いから話し聞くか(1時間経過)みたいなことをしていた。
6月7月と葬式があり、3親等以上なんだけど身内が少ないとか身寄りがほぼないとかで、各種手配や受付などを手伝った。9月10月も親類の訃報があった。そういう意味では、今年は確かに死に近い場所にいる。

入院の2日前に急に、全身麻酔から目覚めなかったら、という恐怖が来て、その晩は寝れずじまいでした。

私自身は生きたいという気持ちが強いと思う。全身麻酔は自発呼吸ができなくなる可能性があって、だから気管挿管があるわけなんだけど、限りなく死に近いのでは、と想像していて。ただ単にめちゃくちゃよく寝た感じだったとも…思った…。

米津玄師さんの「TEENAGE LIOT」が好きで、よく聴くしカラオケでも歌う。歌詞に「誰よりひとりでいるなら誰より誰かに届く歌を歌えるさ」とあって。私も中学生の時に壁蹴って(砂壁だったから)穴あけたことあるんで、そういう意味でも親近感がある歌で。
死に近づくほど、生きることへの解像度が上がって作品にえがけるのではないかなどと考えていたりしました。今後活かせるとよいですね。

この日も、熱はでず。咳は出る。検温で起こされるまで寝てた。


退院日。

先生に、手術の動画を見せてもらいました。すげーーーこんななってたんか…と思ってびっくりしました。
ポリープは3つもあった。
筋腫はとって切り離したものを袋に入れてヨイショって出すんですってジップロックみたいな袋が見えた。
チョコレート嚢胞は命名されてるとおりにすごく古い血だったし、一部は固くこびりついていて「とれないので焼きました」て言ってた。癒着防止のネットが腹の中に埋まっている。

退院するぜの絵を描いた。

荷物をまとめ、忘れ物がないか確認。ナースコールでナースをよんで、部屋の確認してもらわねばいけなかったらしい。ただ「呼んでも来ない」を2回やられているため、大荷物で外に出たところを呼び止めてもらって正解だったと思う。

コールこねえ問題などおもうところはありましたが、迎えを待つ間、お世話になりありがとうございましたという旨を色々書いて投書。

弟の迎えをまち、退院手続きと支払いへ。
今回の入院手術、全額負担だと7ケタです。3割負担で40万くらいか。高額療養費制度がすでに適用されているので、個室の費用を含んでもその半分以下。手続きが楽になってて本当に良かった。患者の負担も少なくて済む。


帰り道は、パンが食べたすぎてパンやさんを2か所梯子してもらいました。
(クリームパン1個たべたら満腹だった。私、美味しい食パンなら1斤その場でまるっと食べられるポテンシャルがあるんですよ…!?)
個室楽だと思ってたけど、自宅ではほんとに安心してすごい速さで寝ました。

保険の申請について調べる。

各保険で所定の診断書があって、その用紙を入手したうえで病院側から書き込んでいただかないと申請できないっていうのを、今回私初めて知りました。学びとしましょう。ということは入院手術が決まった時点で保険会社に連絡入れたほうがいいんか…スムーズにやりたいもんね…というかそういうもんなのか…私がポンコツなだけか…

入院前、窓口で尋ねたときに「オンラインで書類提出も申請もできる」とパンフもらって試してみたもの。証券番号で紐づけられる。入院期間などを正確に入れる必要がある。ただ結局上手くできてるのかわからなくて窓口に聞きに行き、書類がなくてもおりる保険もあると教わり、申請はできているっぽいのでしばし結果待つこととなった(2024.10.28 15時修正)

もう一つは、保険用のアプリを入れて、アプリ上から連絡の上電話の折り返しを待っている。???アプリいれなくてもよかったんじゃないか??? 電話でいいやん。UIわかりにくすぎてびっくりした。

所定の診断書までなくても(診断書は有料自分負担5000円からかかりますし)退院証明書と領収書でいけるものもあるようなんですが、ここは今後の手続きやってみてからまたかみ砕きます。もらえるものはもらいたい。


退院して翌日。
たくさん食べてるわけじゃないと思うが、ちょっとだけ減ってた体重が即座に戻って悲しい気持ちとなる。
「回復がそれだけ早いということだよ」と看護師の母からなぐさめてもらう。
シャワーのみ、車の運転は控える。激しい運動はだめだが、動くことはしてOK。食事の制限はなし。
とにかくおへそがかゆい。内出血はかなり小さくなってきた。かさぶたがかゆいっぽい。パンをこねたり、ちょっと散歩に行ったりしてすごしてます。


いろんな方にささえていただきました。
ふだんから支えていただいているんだけども!! ありがとうございます!!!!
 

実は全身麻酔が怖くなって寝れなかった翌朝、氏神様へのお参りとお墓参りとにいってきてまして。
神社は、誰もいないはずなのに、背後でドンドンドンとたたく音がして、振り返ると自然と涙が出ました(神社めぐりが好きでいろいろ行きますが、初詣にくるような身近な神社でこんなことは初めてだった)
お墓参りのあと、きれいな雲に飛行機雲が重なってるなあと思って振り返ったら彩雲がでてました。

ぼちぼちまた自分のペースを戻していこうと思います。

ここまで読んでいただきありがとうございます。皆さまもどうぞご自愛ください。


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