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『コーダ あいのうた』 ろう者としてではなく

今作のことは昨年末まで全く知らなかったのだけど、『レイジング・ファイア』の時に予告編を観て「絶対に観よう」と決めていた。その時点でどういう物語なのかはわかっていたので、あとは一切情報を入れずに。『エール!』のことは知らなかったので、その公開時に寄せられた批判のことももちろん知らなかった。それはつまり、ろう者の役を聴者の俳優が演じることへの批判だ。そうした配役は珍しくもなく、むしろ障がい者を演じて評価を受けるという流れが長い期間であったと思う。
しかし、『クワイエット・プレイス』や『エターナルズ』などで、ろう者の俳優がストレートにろう者の役を演じるようになってきているし、高い評価も得ている。正しいことだと思う。

手話にまつわる演技指導を行なう専門職「DASL」からのアドバイスを作品に反映させているという今作。その任にあたったアレクサンドリア・ウェイルズは「聴者がろう者を演じるときに、ろう者特有のステレオタイプな部分ばかりが取り沙汰されて、人間性の違いや個性の違いがあることを認めてもらえないという面があると感じています。例えば、サッカー選手でろう者のキャラクターがいた場合、ろうであるという部分にばかり注目されて、“サッカー選手”の部分がキャラクターにうまく入れ込めていないということです」と語っていて、これまでの認識を改めさせてくれた。

つまり、今作におけるロッシ父子はろう者である前に漁師であって、作中で描かれるように厳しい状況の中で変化に戸惑う労働者、事業主なのだ。そしてジャッキーはやや楽天的な女性であって、実は一家の中で娘とはもっとも距離がある。母娘という関係の特性なのか、娘の成長を阻害していたふしさえある。やや自分勝手な人物であるし、それは描かれた。
観賞後にこの作品の宣伝に使われている一家の写真を観ると、この家族の関係性がよくわかる。夫婦はお互いを見つめ合い、兄のレオは親越しに妹も見ているようだ。そして、ルビーだけが誰とも目線を合わさずに前を向いている。これは作中で描かれたことそのままで、CODAのルビーは実は孤立していたのだ。そしてそういうCODAの描かれ方にも、現実の当事者たちは違和感をおぼえることもあるのだろうが、要は「ロッシ家の物語」なのだ。
ろう者ゆえの問題も描かれるが、基本的にはそこを除いて観ることで感じ方も変わってくるなと思える。そういう作品でもあるのが今作の強みなのではないだろうか。

とは言え、彼らのアメリカ手話での雄弁さは見どころのひとつだろう。特にクドいほどに繰り広げられる下ネタが可笑しくて、アメリカ手話がわかる人たちにとってはダイレクトにニュアンス込みで伝わって楽しめたに違いない。コメディの部分でそこに頼りすぎなきらいもあるが。
気になるのは当地での上映形態だったりするのだが、USは日本よりも字幕対応、音声ガイド対応したバリアフリーのスクリーン数が遥かに多いようなので、より広く受け入れられているはずだ。

物語の中でやや残念なのは、ルビーの音楽への動機が弱いなと感じたこと。また「才能だけで合格」という見え方になってしまうところもモヤる。『リトル・ダンサー』のようにビリーの情熱が周囲を動かす物語にしていない。それはルビーの生い立ちからくる個性ゆえに、ということで、そこは尊重しよう。マイルズがかわいそうなのだけどね……。

あと今作でそれなりに重要な漁業の描かれ方のことがある。トロール(底引き)漁についてはこちらも専門家を配していたそうで、ルビーがいないにせよ、あのスピードで進みながら誰も運転席にいないのを見て「大丈夫なのか」と思ったけど、さすがにあれは無茶しているという描写だろう。
監視員が乗船するくだりも、あれは「資源管理」や「環境問題」からくるもので、その後の解決法は筋が違うのでは、と思った。底引き漁は文字通り海底付近の海生生物を網でさらうが、そのおかげで生物たちの過剰な捕獲だけでなく、海底の汚染物質などを巻き上げてしまうという問題点もある。
「自分たちで捕ったものを自分たちでより高く売る」ということだったが、そこに資源や環境への配慮は欠かれてしまっている。おそらく意図的にそこに触れることを避けたのだと思う。実はそうした政治的な取り組みによって問題解決に成功している例がUSにはあるのだ。もちろん漁師たちは守られている上で。
だから今作での「とにかく既存の漁協が悪い」という構図は雑だなと思う。あの物語には必要なのだとしても。

全体として新味はないが、やはり俳優たちの演技は見ものであるし、エミリア・ジョーンズはこれからも注目していきたい存在になった。個人的にはレオ役のダニエル・デュラントが「掘り出し物」だなという印象を受けている。彼がこれからどのようなキャリアを積んでいくのかも気になるところだ。
先駆者であるマーリー・マトリンはオスカー俳優として華々しくデビューしたが、その後は大きな役には恵まれていない。しかしTVシリーズでは継続的に出演してもいる。『ER緊急救命室』などは1話だけの出演ということで確実に観ていたはずだけど、何しろ吹き替えで放送されていたから印象がない。吹き替えの配慮はどうだったか。彼女の語りを普通に日本語で喋られると、「手話が出来る美人」くらいにしか感じられなくなってしまう。
あとこちらも観ていた『マイネーム・イズ・アール』にも3度出演していたということだ。かなりブラックなコメディなのでこの起用はスゴいなと思うが、今観るとやはりスゴい。当時は「あのマーリー・マトリンが」という視点で観ていなかったから、惜しいことをしたなと思う。

キリがない。とにかく色々と考えさせられる作品で、それが本当に良かった。

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