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魂のめばえ

創作のはなしをしよう

この一年、大阪・梅田の「書きたいが書けるに変わる創作講座」に通い、三篇の短編小説を書きました。

開催場所の1・2階はスタバとツタヤが入っており、「自分の書いたものがツタヤに置かれる」という稀有な体験ができました。

二階奥の本棚の写真。執筆に関する本がおおめ

受講生のなかには関西大学の学生もいて、生協でのブックフェア開催などに奔走してくださいました。販売実績もついてまわるので、この上なく貴重な経験ですよ、これ。

本題前に、講座で書いた三つの作品の冒頭を載せます。
これならスクリーンリーダーで読み上げられるかな、と思うので。
(ルビには未対応です。ご了承ください)

「アイソレーション」

『織口柚香様
 この度は多数の企業の中から弊社にご応募いただき、誠にありがとうございました。社内で慎重に協議いたしましたところ、誠に残念ではございますが……』
 メールの削除ばかり手慣れてきたのが惨めに思え、私はごみ箱ボタンを押す手前で一、二秒ほど逡巡した。
「もう、件名だけでわかるようになっちゃったなあ」
 応募した企業は志望度も高く、準備に時間をかけていた。冒頭を飾る申し訳程度のフルネーム、せめてこのぐらいの手間はかけてくれた事に感謝すべきだろうか。ひどい時には氏名すら、書き換えそびれの「〇〇〇〇様」に乗っ取られる。
 文面がこうでなければ、今日は大学の就職課で選考対策の相談に乗ってもらうつもりだった。不甲斐ない報告をする気にもなれず、地味な紺のヘアゴムをほどいて髪を結いなおす。
 いつでも持ち出せるよう用意してある黒のスポーツ用リュックに目を向ける。こんな時の行き先はひとつしかない。あらゆる季節を通して冷たく無慈悲で、けれど私が私らしくあれる場所。
 アパート玄関のドアベルがけたたましく鳴った。私はリュックを担ぎ、足早に家を出た。

「シュート」

 耳たぶの裏を、小さな通過音が掠める。かさかさと乾いたものを転がすような音に、秀都は重たい瞼を開いた。
 部屋は暗い。スマホのボタンを押し、時刻を確かめる。三時二十七分。多くの人はまだ寝ているが、秀都はまもなく起き出さねばならなかった。洗面所で髭をそって最低限の身支度を整え、定位置にある鞄を無造作に摑んで家を出る。
 まだ暗がりに沈む住宅街に響く、自転車の音。時折行き交う車とすれ違うほかは静かだった。誰もいない交差点の向こう、社屋に明かりが灯っている。今朝も一番乗りではないらしい。
 ゲートをくぐってタイムカードを通し、アルコール検知器に息を吐く。検知音は鳴らない。呼気は缶コーヒー臭いが、誰も文句は言うまい。
 ロッカー室でジーンズを脱ぎ、作業着に着替えていると、
「秀都」
 険のある声が己を呼んだ。合田がニヤつきながら立っていた。
 体格のいい合田は二年先輩で、いつでも秀都を下の名で呼ぶ。社会的には後輩でも「岡本」と苗字で呼ぶのがマナーだろうが、この先輩は子分ができたのがよほど嬉しいのか、入社直後のコンパ以降、苗字で呼んでくれた試しがない。
「今日の回収、お前が走れよ」
「またっすか」
 乾いた笑いを溢してしまった。三人掛けシートの左端に座ることは、すなわち一番大変な役がまわってくるのと同義だ。若手なのもあるが、そもそも秀都は職場になじめていない。多くの社員が誰かの紹介で入社する中、みずから門戸を叩いたのは秀都だけだ。己に絡んでくるのは先輩風を吹かす合田ぐらいで、孤立した人間に損な役割が回ってくるのは世の常だった。
 朝礼とラジオ体操、ミーティングを終え、二トントラックがベースのパッカー車の助手席に発車間際に滑り込む。運転席側の窓から覗く朝ぼらけの風景に、さっきまでいた社屋と、「なみはやクリーンサービス」という看板が浮かび上がっていた。

「パーミレッジ」

 テーブルの食器をさげながら、楡崎風香はため息をこぼした。店内BGMが聞こえない。作業着姿の男性二人が騒いでいる。クーラーが効かんといわんばかりに、入店後二十分経っても空調服のファンは鳴りっぱなしだ。
 ほかの客は慣れているのか気にした様子もない。煙草を喫みながらスポーツ新聞を雑に広げ、吸いがらをカップのソーサーに落としている。
 トレイを手にキッチンカウンターへ戻ると、白髪まじりの店長が黙って水のボトルを差しだした。意図を汲んで頷き、客席へ向かう。こまめに巡回して水を注ぎ、体が冷えて退店してくれれば御の字という、店側のささやかな抵抗だ。
 老舗喫茶店のカフェ・アポストルは、繁華街と下町の端境にある。近くに多国籍料理店やコリアンタウンを擁するこの地区は、よくいえば下町情緒、悪し様にいえば大阪の猥雑な空気が漂い、それが山陰育ちの風香を心許なくさせた。
 風香は春から親元を離れ、大学に通いながら喫茶店で働いている。はじめは有名チェーンで働きたかったが、接客経験の乏しさから面接に受からず、偶然見つけた近くの求人に飛びついた。
 世の中は、とかくままならない。日々、その事実を噛みしめる。
 お冷や注ぎますね、と断りを入れ、水滴のついたグラスに水を注ぐ。どうか、長居されませんように。店内を汚さず、常識的にくつろいでもらえますように。
 例の二人組が立ち上がり、少々お待ちください、とレジへ向かう。モーニングとアイスコーヒー二人分。会計を別でといわれ、空いているからそれぐらいはと応対する。釣り銭を渡し、ありがとうございました、と口を開きかけた時だった。
「嬢ちゃん大学生やろ? どこ大?」
 空調服とエアコンで涼んだ中年男性はいやに笑顔だった。銀歯がギラリと光る。ヤニまみれの不衛生な歯が、色を好むだらしなさに拍車をかけている。
「わしな、大学の先生と知り合いやねんか。今度遊びに行かへん? ええとこ連れてったるわ」
 仕事中ですのでと断ると、あっそう、と男は興ざめしたようにレシートをポケットに押し込んだ。
「ほなまた来るわ」
 品性の欠片も匂わせないまま男たちは退店した。外からはすぐに「下手くそか」と相手を小突き、笑いあう下卑た声が漏れ聞こえていた。
 二度と来ないでほしい。飲食以外を目当てに来ても、出せるものはない。
 のどの奥まで出かけた本心は、理性に阻まれ届かない。カウンターに戻った風香を、店長の桜木がお疲れさん、と素っ気なくねぎらった。

穏やかな先生の鋭い「問い」

講師は田畑書店の社主であり、編集者でもある大槻慎二先生。
自分だけの短編集が編める「ポケットアンソロジー」の刊行や、ゲーム「文豪とアルケミスト」とのコラボで素敵な世界観を演出するなど、時代にあわせた柔軟な姿勢で文学世界への入り口を設けてくださっています。

先生はお優しい方で、どんなアイディアにも否定から入らず耳を傾けてくださいます。そして過去の書籍や文学作品からヒントになるものを、ぽつりと伝えてくださる。
アドバイスのかわりに視点が示され、それを持ち帰ってうんうん唸り、作品に仕立てる……禅問答のようだな、と感じていました。

三作書き終えて、先生がおっしゃったのは「通底するテーマがある」。
薄々勘付いてはいましたが、やっぱり僕はこういう人間だったんだな、と覚悟が定まりました。

「書きたいものはない」が、「書きたいことがある」

ずっと私には、書きたいものがないと思っていました。

読みたいっていわれればなんでも書くよ! というスタンス。だれかの案を膨らませてお話にするのは好きですが、自分発ではない。

周囲に比べ、自分はなんと受け身なのだろう、とすら。
でも、書いたものをならべた今、そうではないとわかります。

先生、そして受講生仲間からいわれた言葉。

「生きづらさを感覚として掴んでいる。自分が経験しなかったことへも想像が及ぶ段階にきている」
「普通は感じないまでの内面に目を向けている」
「なんでその世界のことわかるの?」
「傷や痛みの分かる人の物語だと思った」

気づけば、生きづらさを書いていました。
自分やまわりのつぶやき、言葉にされなかった想い。
ずっと私は、過去もこれからも「生きづらい」から書くのです。

咲きそびれた花は

私事で恐縮ですが、わが家には子どもがいません。
妻とであってから人生の立て直しを急ぎ、どうにかとあがきましたが、私の収入も伴わず、安定もせず。

子どもをどうするかは避けて通れぬ話題ですが、出産と育児は女性側に苦痛と心労がともなうこと。悩んだ挙句、
「おいでって言えるような世界になってから来てほしいよね」
妻のつぶやきがずっと心に残り、こういう結論に至りました。
何か言われたらかわりに僕が言い返すよ、と約束を残して。

じぶんの血がここで途絶え、未来へは続かない。
結婚まではがんばったけれど……。
社会への責任とか、そんな大それたものは肥だめに投げ込んでもいい。
ただ、大人たちがしてくれたことを自分は返してあげられない。
寂漠とした荒野に、置き忘れられた心地でした。

私の書いたものには、妻をふくめ、であった人たちのつぶやいた言葉が影を落としています。

人は変わらない。世界も変わらない。
でも、どこかに救いを残したい。

たとえ自分の子でなくとも、生まれてくる子に、生まれてきた人たちに。
「こんな世界、生きる価値がない」と思ってほしくはないのです。

想いがむき出しになるまで、書くほかない

あらためて仲間の作品を読み、「何を書くか」は「なぜ書くか」だと感じています。

近代文学の復興。どろどろとした感情の行き場。
みな、必然と自身の執筆衝動の産物を書きあげていました。

書き手あまたの現代。作品が埋もれ、捨てられ、値段もつかない時代に、なぜあえて筆を執ってしまうのか。
書いてみねばわからず、同時に書く前から胸のうちに定まっていることでもあるのでしょう。

「書きたいが書けるに変わる創作講座」
おかげさまで次期も無事、開講予定だそうです。
また、これとは別に東京でも、大槻先生は文章講座をもたれています。
ご興味がある方はぜひ、問い合わせてみてください。

そしてもし「書きたいものがある」と気付かれたなら、ぜひ一緒に。
物語を、つむいでいきましょう。

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TSUTAYA BOOKSTORE梅田MeRISE店にて、創作講座一期生の作品リフィルが販売中です。

一篇330円(税込)、田畑書店「ポケットアンソロジー」のブックジャケットに綴じて、自分だけの短編集にして持ち歩けます。

1階のスタバ店内にもあるほか、2階奥のスペースには書店ゲームと題し、各受講生のおすすめ本を販売しています!
(日曜日は1階部分のみの営業となります。ご了承ください)

また、私のぶんのリフィルは在庫が残れば通販も考えています!
(いまのところBOOTHの予定)

なお、あくまで私のもののみですが、紙の本で読めない事情がある方にはテキストデータをお渡しすることも検討しています。
読書環境にあわせ個別に対応しますので、ご連絡ください。

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