冬の日光鬼怒川旅日記 後編


 泊まった宿はなかなか見晴らしの良い場所にある上、何故だか最上階の部屋をあてがわれてしまい、しかも窓が普通に全開にできてベランダへと出れてしまう仕様であることに起きてから気がついた。更に東向きの部屋だったりまでしたので、しばし夜明け時の空なんてひたすら眺めてしまった。

宿のすぐ前にはバス停があって本数こそ少ないものの朝ならばちゃんと走っている。しかもこれからまず行こうとする場所に都合の良い鬼怒川公園駅へと向かってくれるので、乗ってみることにした。

 また誰もいない…… どうもこういうものに当たる旅らしい……
 乗る人が相当に珍しいのか運転士がやたらと話しかけてきたりもした。不思議と悪い気はしないというか感じの良い運転士だったのて結構会話が弾む。流れでこれから行こうとする場所について話すと「それならそこで降りたほうがすぐだよ」と教えてくれたので駅より手前、ロープウェイ入口なる場所にて降りる。教えてもらったとおり、すぐ次の道を曲がるとそこが目的地だった。

滝見橋。温泉街を流れる鬼怒川に掛かる吊橋。渓流の景観に符合した情緒ある観光スポット…… なのだけれど、そこから見えるものは

廃業し、そのまま打ち捨てられたままとなったホテルの群れ。下流側の左岸にずらりと並ぶこの総てがいまはただ静かに朽ちていくだけのもの。

おかしな趣味だとは自分でも思うが、これを見たかった。なによりも。

吊橋を渡った向こう側は東武鬼怒川線の線路沿い。その線路沿いに廃ホテルがずらりと並ぶ。

 ひとしきり。やってはいけないようなことはしない範囲で眺め歩いて回った。語れるようなことは特に何もない。ただここは今そういう場所だ、とだけ。

 軒がいつ崩壊してもおかしくない状態なためバリケードで封鎖して道幅減少の立て札をあつらえられたその目の前に、かつて営業していたホテルの名をそのまま残す停留所。ここから乗る者が今現在どれほどなのかは容易に想像がつく。

鬼怒川温泉街の旅館を巡回して駅まで送迎するダイヤルバスが、かつては人を乗せたであろう建物たちの前を通過していく。

ほんの少し歩けば鬼怒川公園駅。

汽車に乗り、トンネルの中の駅で降り、エレベータを登って外へと出る。

 駅入口のドアを開けると、駐車場を挟んだ目の前が、こんな光景。ここも普段の2月ともなればもっと真っ白で湖面も氷結していたりとからしいのだけれど、この日はこんな。
 駅併設の道の駅の食堂では大盛りのダムカレーを提供している。ネタ重視で味とかたいして期待していなかったのだけれど、たっぷり野菜の旨味がぎっしりで、かなりおいしい。

そしてここからまたバスに乗る。

 朝、ホテル前から乗ったバスの運転士がそこにはいた。軽く挨拶なんてするけれど、ここでは多数乗り込んだ多くの乗客もいたりしたので、朝のように話し倒したりはできなかったが、訪れた人たちを丁寧に案内している姿にこの人はいい仕事をするなあとしきりに感心した。案外名物運転士なのかもしれない。

駅から20分少々。いくつものトンネルを抜けてバスを降りるとそこは雪の世界だった。

湯西川温泉郷、平家の里。平家の落人村伝承のあるこの土地ならではの小さな園地。

真冬のこの時期にはかまくら祭りなるものを毎年開催していて、本格的な大きなやつがこうして並んでいた。

 東北まで行かなくても関東でかまくらの中でひと休みとかやれてしまう。
 奥日光で雪のなさを体感した後だけに山間の険しい土地はさすがだとも。きっとこれでも少ないのだろうけれど、ようやく見たかったものを見れた。
 この日一円晴れ渡ったたらしい関東地方で唯一雨雲のかかったエリアの中でもあったようで、しばし小雪にも見舞われた。

そんな園内の最奥には下関にある壇ノ浦に沈んだ安徳帝および平家一門を祀る赤間神宮唯一の分社がある。

平家縁の地としてそのコミュニティに於いておおいに認められている場所であることがこんなところでとても良くわかる。なにげにとんでもないところだ。

伝習館

 平家の里を後にして再びバスに乗り、トンネルの中の駅からまた列車に乗る。バスも鉄道と同様に鬼怒川温泉まで行く上、時間的に乗り通してもそうたいして変わらないのだけれど、ここのこの鉄道はなんとなく乗ってみたくなる。なによりこのトンネルの中に駅というのが良い。ホームまで降りて程なくしてやってきたのは多分来た時のが会津から折り返してきた通称マウントエクスプレス。車窓は野岩鉄道のトンネルを幾つか抜けたあたりから晴れ渡るものへと変わった。

再び鬼怒川公園駅。そして

吊橋から。午後の光を浴びる彼等をしばし

結構良い渓谷でもあるのだから、一枚くらいそういうのもちゃんと残しておこうよ、なんてことも。

そしてまたバスに乗り、辺鄙なところで下車しててくてく歩く

どこにでもあるものをここでも見つつしばし行くと目的地にたどり着いた

 開いてなかった。
 一度ここで食べてみたかったのだけれど、やってないのでは仕方がない。
 仕方がないので、とりあえず至近の駅まで歩くことにした。

その至近の駅が見えてきたあたりの街道沿いには、かつてあったのだろう夢の残骸がふたつほど。

 龍王峡駅。
 ホームは両端をトンネルに挟まれているというか、片側はんぶんはトンネル中にある。ここでとりあえず次に来た列車に乗った。次にやってきたのは会津方面行きのリバティだった。

またここです。食いっぱぐれたので、そいじゃここでまたダムカレーでもなんて思ったらしい。のだけれど

……もう閉まってた。

そして僕は途方に暮れる。

 バスが来た。ここにいても仕方ないしとりあえず戻ろう。
 乗る乗客はなんでか自分だけな上、運転士は朝と最初に湯西川まで来たときの人で、まずはまたあんたかと笑われた。他に誰もいないので今度はまたとにかく良く喋った。ひたすら食いっぱぐれた話すると、このあたりのおすすめの店とか教えてくれたりするのだけれど、この時間はもうやってないなあとか言う、オチまでつけれてくれたりして、なかなか話のわかるやつだこのやろう、とか少々思ったりもした。
 で、結局終点間際になっても誰も乗ってこない。またですか。ここのバス、最終が湯西川温泉郷を17時台とかいう早さでそうでなけりゃ湯西川でのライトアップも見れるのにと思ってたりもしたのだけれど、これではそれもなるほどと思わざるを得ない。誰も乗らんでは走らせてもしゃーないものね…… けどまお陰で2日続けてノンストップ爆走便を味わえてしまった。
 ほんでどっかで飯とかもなんかどうでもよくなって……

またですか。

さすがに真っ暗闇での夜景は無理があって、しかも吊橋の上から長時間露光なんてしても終日風が強かったせいもあってどうしても揺れるから橋の入口からに終始する。

光なき夜景なんて明るくしすぎても昼間と一緒や! にしかならないから結構難しいものだなあ、なんて。あ、でも星空がキレイだったりもしましたよ。

試行錯誤しつつな撮影タイムを終えて、こちら側に戻る。この先は街灯すらない真っ暗闇な道なわりにそこそこ交通量ありなんでちと照らすものでもないと危険かなあで自重。そのうちそうびを固めてまた。ね。

それから最終のバスに乗って夜の鬼怒川温泉駅。

これまた最終のスペーシア。夜割なるものが適用されるので少しお得。リバティが出来てからのスペーシアのきぬはぜんぶここまでここからになったんだなあなんてことも思いつつ帰路につく。それじゃ、またね。と。

(了)

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