【将棋論考】振り飛車の中における三間飛車の優秀性と振り飛車がAIからマイナス評価を受ける理由
初期配置による振り飛車の優劣
AIによる研究が進み、序盤における1手のロスやミスが一局の勝敗に関わるレベルになってきている。将棋の初期配置を改めて見てみよう。
敵陣の歩が並んだ三段目に駒を侵入させれば、大抵は二段目にある大駒に当たる。それゆえに、序盤は相手の弱点である角頭と飛車のコビンを狙うのが攻めの指針となる。その条件を満たすのは飛車を移動させずに戦う居飛車と三間飛車の2つだ。左端に飛車を振る手もあるが、角を移動させるのに1手要することと香桂の2枚で守られていることを考えれば、三間飛車の方が勝る。手の損得を考慮に入れれば、理に適っているのは居飛車>三間飛車>他の筋の振り飛車の順になるだろう。
対超速をクリアしない限り中飛車は苦しい
さて、ここで一つ心理的な実験をしよう。上図Bは先手の飛車が相手玉の正面にある初期配置だ。仮に自分が先手を持った場合、①飛車をそのままにして戦う、②振って戦う、どちらを選ぶだろうか?中飛車党の自分は1手分得していて発狂するほど嬉しい初期配置だが、それでもこれでやっと五分五分と見ている。その理由を次に述べよう。
中飛車で戦う難点の一つは5筋を攻めても居飛車の飛車・角に対して攻撃どころか、牽制にもなっていないことにある。大駒にかける手数として、中飛車は▲5八飛と▲7七角の2手が絶対必要なのに、居飛車の飛車・角は必要に迫られた時に動かせば良い違いがある。この2手の貯金を生かして、居飛車は超速で銀を早めに繰り出して中飛車の飛車・角の動きを縛りにいく。四段目まで進出すれば、中飛車の角頭と飛車のコビンを同時に狙えるようになり、中飛車は心理的にも身動きがとりづらくなる。
大駒に2手もかけたのに中飛車側が立ち遅れているような印象を受けるのはどうしてだろうか?おそらく、居飛車の銀2手分の方が手としての価値が高いのだ。言葉を換えれば、スタートダッシュで出遅れている感覚に近い。それだけ超速が優秀である証拠でもある。
このように、序盤から大駒の自由度に差がでる現状は中飛車としては気分が良いものではない。それだけではなく、中央は金銀が集中して守っているために突破できることは稀で、三間飛車で組むような穴熊や本美濃などの堅陣も築きにくい。左金はどこに配置するか悩ましく、浮いた状態で左辺を守っていると終盤には大概取られてしまう。
常勝を目指すなら、中飛車は主軸に据える戦法にしては不満な点が多い。不利な材料が揃っていることを承知で、序盤の貴重な1手を投じて中飛車に振るのは、偏に中飛車にロマンを感じている人だからだろう。プロでの勝率が落ちていると言われている中飛車だが、勝てる戦法となるのには超速に対して何らかのブレイクスルーが必要だと思う。
振り飛車がAIからマイナス評価を受ける理由
序盤に飛車を振るとAIは少しマイナスに評価する傾向が見られるが、その現象を説明する理由を2つ考えた。
1つ目は、冒頭でも触れたように弱点の角頭からわざわざ飛車の筋を変えているということ。2つ目は、たとえ狙いを角から飛車に変更する三間飛車に振ったとしても1手自体の価値が低いと評価されるためだろう。居飛車はこの1手を自由に使えるから、その分だけ良くなるのは当然だ。
「最初から大駒の角を狙える美味しい位置に飛車があるのに、なんで筋を変えるの?おかしいでしょ?」とAIが言っているように聞こえてくる。AIは振り飛車を1手パスに近いと捉えているのかもしれない。それはそれで正しいと思うが、実際に戦うのは血の通った人間同士なのだ。
ある意味、振り飛車はとても人間らしい戦法と言えるだろう。厳密に飛車を振ることが不利になるのかは50年後か100年後か、かなり遠い先にならないと分からないと思う。しかしながら、この問題は分からないままであった方が絶対に良い。もし、”振り飛車が不利” だと確定してしまったら、将棋を指す未来人のモチベーションやワクワク感を奪うことになってしまうのだから。