見出し画像

カンボプラクティショナーへのインタビュー(2)

2022年6月時点で公開されているこちらの動画の要約です。

https://youtu.be/RMgwBffYujg

6:30〜13:30


sujata: ゲスト スジャータさん
Asahi: インタビュアー シャーマンAsahi

シャーマン名の由来

Asahi: スジャータという名の由来を教えてください。

誰からいただいたのでしょうか?

sujata: インドのOshoという神秘家からです。Oshoは瞑想のグルでもあります。
そのサニヤシンの名前がスジャータです。
2007年にいただきました。

名をいただく儀式が行われるまで

Asahi: どんな流れで名前をいただくのでしょうか?

sujata: (名をいただく流れは)何もわかっていませんでした。
瞑想して浄化する過程でいただきました。

当時私は、何十年も溜め込んだ感情など、いらないもの全部吐き出していました。
Oshoの瞑想はアクティブ瞑想です。
泣いたり笑ったりなど、できること全て意識的に行いました。
専用スペースがあり、そこでひとりになってやりました。
そうやって自分の中にあるものを放り出しました。

アクティブ瞑想は現代人にあっている瞑想です。ただ静かに座るように言われてもできないからです。
まずは体に入ったゴミを全部出しました。すると静かに座れるようになりました。
私は、ネパールのOshoのアシュラムに3ヶ月ほど滞在し、ただ瞑想するだけの生活をしました。
朝6時からダイナミック瞑想です。一日中瞑想のプログラムがありました。
夜はセレブレーションでみんなが踊りました。

儀式

ある日、「明日はサニヤシン・セレブレーションがあるから名前を書いて」と言われました。なんのことだかわかりませんでした。
次の日「白い服を着て」と言われ、行くとホールにいろいろなサニヤシンがいました。

Oshoは1990年に肉体を離れて、エネルギー体として存在しています。
ネパールのスワミがOshoに対して「あなたはネパールで広めていく人だ」と言ったそうです。

その方がいた所が、カトマンズの森の方のコミューンであり、私は、そのコミューンで儀式を受けました。
サニヤシンセレブレーションの儀式で、私は名前を呼ばれ、スワミの前に座りました。イニシエーションがあり、スワミが私の第三の目に施しをしました。気を失いました。すごくエクスタシーを感じました。
気持ちよく踊り出しました。また、まわりの人々もいい感じに盛り上がりました。
自然に起こるお祭りでした。

そこで、名前が書いてある紙をいただきました。
そこに「sujata」と書いてありました。
最初は、コミューンのキッチンは「スジャータキッチン」という名なので嫌だなと思いました。
話を聞きながら調べていくと、ブッダの悟りのきっかけとなった少女の名前だそうです。
日本のミルクの会社もここが由来だそうです。
調べていくうちに段々と名前の由来がわかっていきました。

名をいただいた後

そうやって名前をいただきました。
私はサニヤシンになったということです。自分の生をそのまま生きることを意味します。
どこへ行ってもガイダンスがくるようになりました。
なんの心配もなく手放しで生きるようになりました。

Asahi: カンボプラクティショナーになっていくまでの過程は?

名前をいただいたのが2007年です。
それ以来、山や洞窟にこもって瞑想していました。人に会わないでいました。
瞑想中「そろそろ山を降り、人に会うように」というメッセージがありました。
当時「オーム」という音がいつも聞こえていました。
この音を使えば癒しを与えられる、という感じを自分の中で持っていました。
何かの道具を使ってヒーリングを与えること・・・シンギングボール、という直感がありました。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?