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タカラノツノ 第4話 #創作大賞2024#ファンタジー小説部門
《城へ》
いくさはまだ終わってはいなかったが、捨丸はたたかいで左腕を失ってしまい、家に返されたのだった。もう猟はできそうにない、と捨丸は悲しげにつぶやいた。そしていくさのむごたらしさを目にしてしまったおかげで、すっかりその心はふさいでいた。もともと口数は多くなかったが、いくさから帰ってからはいっそう無口(むくち)になり、笑い顔もなかなか見せなくなった。それでも、母さんとタカはうれしかった。
「おれ、捨丸とかあちゃんといっしょにいられるくらい、もっとうでのある猟師になるよ。」まだかげりの消えない捨丸の目をのぞきこみながら、タカははげますように言った。
捨丸はそんなタカをぎゅうとだきしめてくれたが、こう言った。
「いいや、それではおれと同じようにいくさになったら兵に取られるようになってしまう。それでなくてもお前の角はどんなごかいをうけるかわからない。だから、目立たないように生きるんだ。」
「だいじょうぶ。おれは足も捨丸くらいに速いし、かくれんぼにいたっては捨丸よりじょうずだ。山をいくつもこえた、ここいらのものが知らない、ひみつの猟場も持っている。やすやすとつかまったりはするもんか。」
それでも捨丸はかなしそうに首をよこにふり、手ぬぐいの上からタカの角をなでた。そうして「でも、おまえはがんばったんだなぁ…。」しみじみと捨丸は言うのだった。
それからほどなくして、とうとういくさがおわった。しかも、勝ちいくさだったから、殿さまやその家来たちは大よろこびだ。
「何がいいものか。」勝ちいくさにわきたつ里からもどってきた捨丸が、かあちゃんを相手にはきすてるように言った。「今度また国がこまったら、きっと同じように、いくささえすればゆたかになる、とかんたんに考えるようになるぞ。」
「殿さま方はいいさ。敵兵(てきへい)を殺すのも、村から食りょうをうばうのもおれたち下っぱにやらせればいい。じっさい、おれや、あつめられた里の人びとは、そんなことばかりをやらされた。おれはおまえたちから食べ物をうばっているような、いやな気分になったよ。敵兵だっておさむらいじゃないかぎり、おれたちと同じように、むりやりいくさ場に引っぱり出されたふつうの人たちだ。しかも、きっとおれたちの国より人がいなかったんだろう。中にはタカよりちょっと年かさなだけの子どもまでいた。」タカはひさしぶりに、こんなにおしゃべりする捨丸を見た気がした。でも、そこでことばを切ってから、捨丸は、苦しそうにいちど、ため息をはきだし、一気に言い切ろうとするかのように、早口でその先をつづけた。
「おれがさいごに殺したのは、そんな子どもだったよ。真っ青な顔で目を見ひらいて、おれを見つめた顔を忘れられない。
それからおれは弓矢を持つのがすっかりいやになっちまったのさ。戦場(いくさば)であまりたたかわなくなった。…………そうしたら、このざまさ。」失った左手を見おろした捨丸は、声を上げて泣いた。大の男が泣くというのはこんなにも、いたいたしいものなのか。タカもつられて涙ぐんだ。かあちゃんも泣きながらぎゅうっと捨丸をだきしめた。昔よく、タカにそうしていたように―。
それでも勝ちいくさをよろこんでいた殿様は、捨丸のようにいくさで大けがをし、元のくらしがむずかしくなった者にほうびをとらせる、と言いはじめた。たいていの者がそれを聞いてよろこんだ。でも捨丸や、ほかに何人かがそんなものはいらない、と、ことわりを入れた。だが、「殿のおんじょうをむげにする気か!」と里にやって来たおさむらいにいっかつされた。
「なにがおんじょうだ!」捨丸はにがにがしげに言ったけれど、里の人たちから「これだけひどい目にあわされたんだ。たんまりとぶんどってやったって、まだまだわりにあわないくらいだよ。それにあんたには嫁さんも、そのつれ子もいるじゃないか。ひどく内気でめったに人前には出てこないけれど、さ。」とさとされて、やっとほうびを受け取ることにしたのだった。
その何日かのち、二人のおさむらいがそのほうびを持って、捨丸の小屋をたずねてきた。一人はでっぷりとしたクマのようなりっぱな体をしており、もう一人はつまようじのように、たてにひょろりと長かった。
「なんと、おさむらいさまがわざわざ来なくとも、おれが里へおりましたものを。」びっくりして、けれどめいわくそうに捨丸は言った。人には見られたくないタカは母さんに手助けしてもらって、こっそりうら手から小屋を出て、おさむらいの目のとどかない、大きなヒノキの枝の上ににげた。そのヒノキには、何本か葉が生いしげっていて、身をかくすにはちょうどいい枝が何本かあった。そのすきまから、タカは家のようすをうかがうことができた。
「これも殿のおんじょうだ。」やせた方のおさむらいがたんたんと答えた。クマのようなもう一人が、金子(きんす)の入っているらしいふくろを、捨丸に手わたした。「これだけあれば、少しはくらしのたしになるだろう。」木の上からでも、捨丸と母さんが息をのむのがわかった。どうやらそれほどの大金であるらしい。「これでも殿になさけがないと思うか。」くまざむらいが、いばって言った。
捨丸はそれを聞いて、ぴん、とせすじをのばして、まっすぐにクマざむらいを見た。
「もちろん、お殿さまのもうしでにはかんしゃしております。しかしこの腕です。いくさはこれっきりでございます。次はありません。それなのに、ここまでのものはいただけません。」
だが、「そうでもなかろう。お前にはあとつぎのせがれがいると聞いている。今すぐではなくても、そう遠からず、殿のお召しがあるはずだ。」くまざむらいが言うなり、つかつかとタカのひそんでいる木の下にやってきて、大声で呼ばわった。
「おい、猟師のせがれよ。そこにいるのであろう。おりてこい!」かあちゃんが真っ青になってくまざむらいにすがりついた。
「おさむらいさま、ごかんべんを。この子は生まれついてよりふじの病を持っています。とてもいくさでお役に立てるようなことは…。」
「ふじの病でこれほどの大木に登れるわけがなかろう。」それにそくざに答えたくまざむらいは、何もかもお見通しのようだった。この言葉を聞いた捨丸は、気取(けど)られないようにすっとおさむらいたちの後ろに下がった。そしてタカに向かってくちびるだけを動かして「にげろ。」とだけ伝えた。森の中でえものを追うときに二人でかわしあう、言葉の伝え方だ。
タカはそれにこたえて、となりの木に飛びうつった。やせざむらいがとっさに弓をかまえて矢をいたが、すばしこいタカには当たらなかった。そのタカにむかって「さからえば、父母の命はないぞ。」とくまざむらいが大声でわめいた。「かまうな!」捨丸が今度は声を上げた。
くまざむらいにそう言われるまで、タカは何が何でもにげのびる気でいた。つかまれば鬼あつかいされて、おそかれ早かれ殺されるだろうことは、火を見るよりも明らかだったからだ。それはタカにとって考えられるかぎり最悪の、おそろしいけつまつだった。けれど、いつでも「お前は鬼じゃない。」とはげましてくれたかあちゃん、「母親をすくおうとしていたじゃないか。」と笑ってくれた捨丸。この二人が殺されていなくなった世界は、タカにとって生きる価値(かち)があるだろうか―。
タカは木をおりた。足ががくがくとふるえた。
捨丸が、ばかな、と小さくつぶやくのが聞こえた。「でも、かあちゃんと捨丸は助かるんだろう?」そのつぶやきにまともにタカは答えた。おさむらい二人がほう、と目を見ひらいて自分を見かえしたのが目のはしにうつったが、殺されるタカにはかんけいなかった。そんなものには何の価値もないと思った。
くまざむらいは、タカを上から下までながめ回し、ふん、とはないきをはいて「ふじの病、とはこれのことか。」と、手ぬぐいをはいだ。日のもとにさらされたタカの角は、前よりまた少しのびていた。けれどいぜんのように白いところはぐっと少なくなっていて、まるで玻璃(はり:ガラスのこと)か水晶のようにとうめいになっていた。これにはおさむらいだけでなく、かあちゃんと捨丸もしばらく言葉を失って立ちつくしていた。それからようやく、われにかえったくまざむらいがごたぶんにもれず、「こいつは鬼か?」とたずねた。
「この子は鬼などではありません。わたしがお腹をいためて生んだ、わたしの子です。父親も鬼などではありませんし、親せきの中にも鬼などいませんでした。ですからこの子はたまたま角が生えてしまう悪い病にかかってしまっただけのあわれな子です。」かあちゃんがひっしでさけんだ。
「そのとおりです。この子はうんわるく、角をもって生まれてしまった、というだけで、ごくごくふつうの子どもです。人にうとまれて、内気な子どもにはなってしまいましたが。」捨丸も口をそえてくれた。
ここまで言われてさすがのくまざむらいもすぐにはちがうだろう、と打ち消しはしなかった。もう一人のやせざむらいも同じだったが、こちらはまったくべつの話を持ち出した。
「…いぜん、わが若殿の嫁として、南の国のコマ姫がこの国に来るとちゅう、この山でけがをして困っていたのを、きれいな角をした子どもに助けられた、と言っていた。」タカははっとした。身分の高い人の子どもだろうとは思っていたが、あの子はなんとお姫さまだったのだ。それをやせざむらいは見のがさなかった。「やはり、心あたりがあるようだな。お前だったか。」タカは何も言わずにじっとやせざむらいを見かえした。このさむらいたちはゆだんならない。うかつな答えを返したらどうなるかがわからない。それは、狩りでけものと向き合うときとよくにていた。
くまざむらいの方はそれを見て、「ぶれいだぞ!」けしきばんだが、やせざむらいがそれを止めた。
「答えない、か。お前、思うよりかしこい子どものようだな。だが、鬼とうたがわしきものを見つけてしまったからには、すておけない。姫を助けた者だ。鬼ではない、というお前たちの話もうそではないかもしれないが、そうでないほしょうもない。もしも鬼なら国にはたいへんなわざわいだ。城へつれ帰ってしらべさせてもらうぞ。」と言うなり、タカを手ぎわよく後ろ手にしばりあげ、かるがるとだき上げて、馬の上に乗せてしまった。
「おやめください、おさむらいさま!ほうびの代わりにこの子にこそおんじょうをおかけくださいませ!」かあちゃんは追いすがったが、さむらいたちは聞く耳を持たなかった。タカは大人しく、されるがままになっていた。ただ、ぎらり、とやせざむらいをにらみつけた。うそか本当かわからないが、少なくとも今は、言うことを聞いていればかあちゃんと捨丸の命をうばうことはないだろう思ったからだ。
「この子はずっとここでくらしていましたが、お国はいくさで勝ったではないですか!どうしてこの子がわざわいなんです?!」かあちゃんは言葉をついだが、やせざむらいは「しつこい!」とかあちゃんを足げにした。
「かあちゃん!」そのすがたを見て、今度こそタカはあばれて馬からおりようとしたが、くまざむらいが下からがっちりとタカを押さえつけていたので、動けなかった。
二人のおさむらいたちは、タカを乗せて、ゆうゆうと山道をもどりはじめた。しばし考えてタカは、捨丸がこちらを見たのをたしかめると、二人のさむらいには顔を見られないよう、首をねじって、声に出さずにくちびるだけを大きく動かして言葉をつたえた。「かあちゃんとにげて。殺す気だ。」それを見た捨丸の方も、うかつにうなずいたりはしなかった。ただ、そこからは無言(むごん)でタカを見おくった。
かあちゃんは泣きながら「タカ!タカ!」と名前を呼びつづけた。