妹の裏切り 3

【第一章】-3『聞きたくなかった言葉』

 隼人のベッドの前に着くとそこには晴樹たちが心配そうに隼人を見守っており、優達が来たことに気付いた芳雄が声をかける。

「着替え終わったか」

「うん」

 一言だけ小さく呟くと、続けて隼人の様子を訊ねる。

「パパ、隼人の様子はどう?」

「まだ意識は戻らないな、まあそんなすぐに意識は戻らないだろうが頭を打っているっていうからそっちの後遺症の方が心配だ」

「そう、それより結婚式はどうなった?」

「招待客の皆さんには事情を話してお帰り頂いた」

 この言葉を聞いた優はせっかく集まって頂いたのに申し訳なさを感じてしまった。

「皆さんせっかく来てくださったのに、なんだか申し訳ない事してしまったわね」

「仕方ないよ事情が事情なんだから、皆さんとても心配して下さったよ」

「キャンセル料も払わなくちゃね」

 その言葉を聞いて隣から声をかけてきたのは隼人の父親の晴樹だった。

「その件についてはうちで払わせてください、そもそもの原因は隼人にあるんですから」

 それに対し反対の弁を述べる芳雄。

「とんでもないです、そもそもこれは両家の問題なんですからここは折半にしましょう。それに式場の方も今回は通常のキャンセルではなく事情を考慮してキャンセル料の額も考えてくれるとのことでした」

「そうでしたか、なんか申し訳ありません、原因はこちらにあるというのに」

「いえ良いんですよ、言ったでしょ、両家の問題だと」

(原因はうちの隼人にあるのにこんな甘えてしまっていいのかな? 冴島さんの話では式場の方がキャンセル料を考えてくれるって事だけどそうは言っても実際それ程値引いてはくれないだろうな?)

 そう考えながらも晴樹は芳雄の言葉に対し恐縮していると更に芳雄が続ける。

「それよりいつまでもここにいても仕方ないし大勢でいると迷惑でしょう、そろそろ私たちは帰りましょう」

「パパそんな言い方ないんじゃない? いつまでいても仕方ないなんて」

 芳雄は優に謝罪をするとともにその後隼人の両親にも謝罪をする。

「済まない、確かにそうだな? 佐々木さん申し訳ありません、もう少し言葉を選ぶべきでした」

 佐々木夫妻の方に向き直り彼らに対し頭を下げる芳雄。

「いえ構いませんよ、別に気にしていませんから、ですから冴島さんも気にしないでください」

 晴樹のそんな言葉に心が救われた気がした芳雄。

「ありがとうございます、そう言って頂いて少しは気が楽になります。それよりも隼人君です、まだ目が覚めないですが大丈夫でしょうか?」

「先生も命には別条ないと言ってくれているんです、心配ないでしょう」

 晴樹の願いを込めての言葉であり、そんな晴樹は芳雄に対し更に続ける。

「それよりお帰りになるのではありませんでしたか? ここは大丈夫なのでもうお帰りなっても構いませんよ。誤解しないでくださいね、決して追い返すとかではありなせんので」

「分かっております、先程自分で言いましたものね。では私たちはお先に帰らせていただきます、どうかお大事になさってください。では失礼します」

 両親たちに向け優が一声かける。

「じゃあ玄関まで送るね」

「ありがとう、じゃあ行こうか」

 こうして芳雄たちは静かに集中治療室を後にした。

 その後玄関までやって来た芳雄たちに対し優は静かな語り口で礼を言うと共にお詫びの言葉を口にする。

「今日は来てくれてありがとう、せっかくの結婚式だったのにこんな事になってしまってごめんね」

 そんな優の言葉に対し慰めの言葉を返したのは父親の芳雄であった。

「そんな謝らなくていいよ、優が悪いわけでもないしそれに今回は不運な事故だ、仕方ないじゃないか! それよりも隼人君の身体の方が心配だ、命に別状ないという事は安心だが後遺症など残らなければいいが、優も籍を入れる前でよかったな?」

 最後の一言に引っ掛かり素早く反応する優。

「待ってパパ、パパはもし彼に後遺症が残ったら結婚を考え直せっていうの? まさかそんな事言わないよね」

「だってそうだろ、もし彼の身に障害が残ったら当然苦労するのはお前なんだぞ!」

 芳雄の思わぬ言葉に思わず声を荒らげてしまう優。

「そんなのどうだっていい、あたし彼の為ならどんな苦労だってするわ」

「そんな事言っていられるのは最初だけだぞ」

「そんな事ない、あたしがんばるもん」

 そこへ仲裁に入ったのは妹の絵梨であった。

「二人ともその辺にしてよ、パパも今からそんな事言わないであげて、まだ隼人さんに障害が残るって決まった訳じゃないじゃない。まだ今日入院したばかりなのに今からそんな話していたら不謹慎よ、それにこういう話は優が家にいる時で良いじゃない」

「確かにそうだな? 悪かったよ優、とにかく今日の所は帰るから、優はどうするんだ、式が終わった後隼人君のマンションに移る予定だったけどとりあえず今日は自宅に帰って来るか?」

「そうね、とりあえず今日は家に帰って明日新居に移ろうかな?」

「そうか、じゃあ待っているからな、とにかく命は助かったんだ、あまり気を落とさないようにな」

「うん気を付けて帰ってね」

 その後芳雄たちが玄関を出ると、この病院に来た頃には東の空を向いていた太陽がこの時には既に西の空に大きく傾き空を茜色に染めていた。

 病院を後にした芳雄たちを見送ると再び集中治療室へと戻っていく優。

「ただいま戻りました」

「おかえりなさい、お母さんたち何か言っていた?」

 陽子が優に尋ねると優がそれに応える。

「いえ特に何も、ただ気を落とさないようにと言ってくれました。とにかく命は助かったんだからと」

「そうね、ほんとそうだわ」

 ぽつりと呟くと更に続ける陽子。

「優さん今日はごめんなさいね、せっかくの結婚式だったのにこんな事になってしまって」

「いえ謝らないでください、こういう事態では仕方ないですよ」

「ありがとう、そう言ってもらえると少しは気が楽だわ」

 ここで気になる事を口にする優、それは父親である芳雄に言われた言葉であった。

「だけど気になる事があって」

「なに気になる事って」

 心配の表情を浮かべた陽子が何だろうと尋ねると優は更に続ける。

「たとえ命が助かったとしてもあとで障害が残らないか心配です。そんな事にならなければいいのですが」

 優の心配な声に晴樹が応える。

「確かにそうですね、そんな事にならなければいいのですが」

 そう懸念けねんを示した晴樹はその後優に対しまさかの言葉を口にした、それは数分前に芳雄の口から放たれたものと同様の物であった。

「優さん、もし隼人に障害が残った時の事も考えておいてください」

 それってどういう意味?

「どういう事ですかそれは?」

「隼人との結婚自体を考え直すという事です。幸い先に式を挙げてそのあと婚姻届けを提出することになっていたため入籍はまだしていませんよね、今なら戸籍に傷をつけずに済みます。もし隼人の体に障害が残ってしまったら世話が大変でしょう、良いんですよ無理に結婚して頂かなくて」

 晴樹の言葉に悲しくなってしまう優。

「なんて事言うんですかお義父さん、あたしは隼人に障害が残ったからと言って結婚をやめたりなんかしません、悲しくなるようなこと言わないでください! それにまだ障害が残るって決まった訳じゃないじゃないですか」

 悲しみの表情を浮かべ俯いてしまった優の姿を見て隼人は良い相手に恵まれたと嬉しさが込み上げる晴樹。

「そうだったね、済まないね変な事言って」

「いえ構いません、お義父さんの気持ちわからなくもないですから」

 その後会話もなくなり、しばらくの間優達は静かに隼人を見守っていた。

 集中治療室の中にはほかにも数名の患者がおり、いずれの患者にも様々な機械がつながれていたが、優には何故か隼人につながれた心電図モニターの音だけがひと際大きく耳に残っていた。

 どのくらいの時間がたっただろうか、優に対し陽子が静かな語り口で尋ねる。

「優さんもう遅くなっちゃったわよ、まだ帰らなくて良いの?」

「良いんです、もう少し隼人のそばにいさせてください」

「でもいつ目を覚ますか分からないわよ、それに長引くかもしれないからずっとつきっきりじゃあなたが体を壊してしまうわ」

「それを言うならお義母さん方も同じことじゃないですか」

「あたしたちはあの子の親だから」

「だったらあたしも隼人さんの妻になる女です」

 二人の言い合いに晴樹が口をはさんできた。

「二人ともそこまで、優さん今日の所は帰りなさい、それと母さん、私たちも帰ろう」

「お父さんどうして、お父さんは隼人が心配じゃないの?」

「心配だよ、そんなの当然じゃないか」

「だったらどうして」

「ここは完全看護のようだ、それに先生も命に別状ないと言ってくれている、だったら心配ないだろう。それにいつまでも私たちがここにいたら迷惑になってしまう」

 晴樹の言葉に納得する陽子に続いて優も同様に納得する事となった。

「そうね、今日の所は帰りましょうか、優さん送るわ」

 陽子の言葉であったがその声に遠慮してしまう優。

「ありがとうございますお義母さん、でも大丈夫です一人で帰れますので」

「そう? でも暗くなっちゃったわよ」

 二人の会話に晴樹も加わって来た。

「そうだよ優さん、別に遠慮なんてする事ないんだ、家まで送ってあげるから乗っていきなさい」

 優しく語り掛ける二人の好意に優は甘えることにした。

「ありがとうございます、ではお言葉に甘えさせていただきます」

 すると近くにいた看護師に挨拶をする晴樹。

「では私たちは一度帰りますので、隼人の事よろしくお願いします」

 こうして三人は名残惜なごりおしそうに病院を後にした。


つづく

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