義兄妹の許されざる愛(仮)6

【第三章】-2『運命の出会い』

 翌日、早速紗弥加は広瀬のケータイ電話に電話をかけた。

 しかし初めてかける番号を押すその指は紗弥加の気持ちを表すかの様に小刻みに震えていた。

 鳴り響くケータイ電話の通話ボタンを押す広瀬。

『もしもし?』

「もしもし会長さん? 昨日はありがとうございました紗弥加です」

『ああ君か、早速かけてきたね』

「いけなかったですか? ごめんなさい」

『いや良いんだよ、それより今日はどうしたの? 何か用なのかな?』

 やさしく尋ねる広瀬に紗弥加は静かに応える。

「用って言うか、夕べ随分お世話になってしまったので母が改めてお礼に伺いなさいって、それで都合のいい日を聞いておこうと思ってお電話したのですが、いつ頃なら大丈夫ですか?」

『なんだそんな事か、別に良いんだよそんな事気にしなくて』

「でもそれじゃあ申し訳なくて、母もそうですがあたしも気がすみません。ただ母がどうしても仕事が忙しくて伺う事が出来ないのであたし一人になってしまうのですが……」

『そんな事気にする必要ないよ、それより紗弥加ちゃんがそこまで言うなら来るかい? 礼なんていいから遊びに来るつもりで来たらいいよ、相手がこんなおじさんで申し訳ないけどね』

「いえおじさんなんてとんでもないです。とにかくお伺いしますね、いつ頃伺ったら都合良いですか?」

『そうだな? 木曜日の午後なら空いているけどどうかな?』

「木曜日の午後ですね、分かりました」

『ところで会社の場所分かるかな?』

「あまり詳しくは分からないですけど大きな会社なので聞けば分かると思います」

『そうだね、もしわからなかったら電話するんだよ』

「分かりました、では失礼します」

 そうして電話を切った紗弥加。

 約束の木曜日、紗弥加は広瀬へのお礼の品を手に広瀬コーポレーションへと足を運んだ。

 目的地に着くとまず受付へと向かう。

「あのっ畑中紗弥加と言いますが広瀬会長はいらっしゃいますでしょうか」

「畑中様ですね、会長からお話は伺っていますよ、少々お待ちください」

 その後紗弥加がロビーで待っていると、そこへエレベーターから秘書の高木が降りてきた。

「畑中様ようこそいらっしゃいました」

「こんにちは高木さん、それよりなんですか畑中様だなんて、あたしそんな偉い人間じゃないですよ、紗弥加で良いです」

「かしこまりました、では紗弥加様」

「だから様は無しですって」

 微笑みながら言う紗弥加の声に困った表情を浮かべる高木。

「それでは私が困ってしまいます、会長からは失礼のない様きつく言われておりますので」

「分かりました、それでは仕方ないですね、でもほんと様なんて言われたら調子狂うなぁ、あたしそんな偉くないのに……」

 ここで会長室へと向かうよう促す高木。

「ではまいりましょうか、こちらです、私の後について来てくださいますか?」

「はい、よろしくお願いします」

 エレベーターに乗り込み最上階の役員専用フロアへと向かうと、そこでエレベーターを降りる。

 エレベーターを降りた紗弥加はそこから高木の指示通り右へと向かう。

「こちらです」

 長い廊下をまっすぐ行くとその部屋はあった。

「こちらです、どうぞ!」

 高木がドアを開けるとそこには秘書室があり数名の秘書が働いていた。

 更に奥のもう一枚のドアを開けるとそこには白い壁に覆われた会長室が現れた。

 会長室へと足を踏み入れた紗弥加であったが、ところが肝心の広瀬は不在であった。

「どうぞお座りください紗弥加様」

 高木が促すと「はい、失礼します」そう言っていかにも高級そうな黒い革張りのソファーに静かに腰を下ろす紗弥加。

 ところがそんな紗弥加に届いた言葉は思わぬものであった。

「申し訳ございません紗弥加様、会長は急な用事で不在でして、紗弥加様が来るまでには帰る様にするとは言っていたのですが遅れている様です。ですがもう少しで帰ってくると思いますので少々お待ちください」

「気にしないで下さい、お忙しい中時間をつくって頂いたのはこちらなんですから、それより高木さんは会長さんに付いて行かなくてよかったんですか? 秘書さんなんでしょ」

「お気遣いありがとうございます。会長には第二秘書の原が付いているので心配いりません。それよりも私は紗弥加様のお相手をする様にと会長からの指示ですので」

「そうですか、でも大丈夫ですから高木さんは自分の仕事に戻って下さい」

 そんな時、入り口のドア付近から別の誰かが声をかけてきた。

「そうですよ、彼女の相手は僕がしますから高木さんは仕事に戻って下さい」

 そこには広瀬会長の孫の雄哉ゆうやがドリンクを持って立っていた。

 ドリンクを紗弥加の座るテーブルの上に置く雄哉。

「どうぞお嬢さん」

「ありがとうございます」

「雄哉さん、ですがこれは私が会長からおおせつかった事ですので」

「大丈夫だよ帰って来たら僕の方から説明するから、それに僕の方が歳も近いから話も合うでしょ?」

「そうですか? そこまでおっしゃるのでしたらお願いします。では私はこれで失礼します、紗弥加様どうぞごゆっくりして下さい」

 そう言うと雄哉に対し最後に一言釘をさす高木。

「雄哉さん会長のお客様です、くれぐれも失礼の無い様にして下さいね」

「分かったから、心配しなくていいって」

「では頼みましたよ雄哉さん」

 そうしていささかの不安を残しつつも高木は会長室を後にした。

 雄哉は紗弥加の向かいのソファーに腰を下ろすと紗弥加に話かけた。

 しかしそれは初対面にもかかわらず馴れ馴れしい感じで最初は好きになれなかった紗弥加。

「君かわいいね、お爺様とはどんな関係?」

「お爺様?」

「ここの会長の事だよ、僕は会長の孫で雄哉って言うんだ。僕はまだ大学生なんだけどゆくゆくは僕がこの会社を継ぐ事になるからね、だから将来のために夏休みを利用して今お爺様に付いて色々と勉強しているんだ、インターンみたいな感じかな? よろしくね」

「そうなんですか、あたしは畑中紗弥加と言います、よろしくお願いします。会長さんにはこの間色々と助けて頂いてそれで今日はそのお礼に伺いました」

「そうなんだ、ごめんねそれなのに急な用事が出来てしまっていなくて」

「大丈夫です、少しくらい待てますから」

「じゃあお爺様が帰って来るまで僕と話そうよ、高校生でしょ? 何年生? 年はいくつかな?」

「高校二年の十七歳です!」

「そう、じゃあ来年は受験生だ、進路は決まったの? やっぱり進学かな?」

「いえ、うちはシングルマザーの母とふたりきりの家庭なので母を助けるためにも高校を卒業したら就職するつもりなんです」

「そうなんだ、紗弥加ちゃんて偉いんだね、でもお母さんはなんて言っているの?」

 雄哉の言葉に突然俯いてしまう紗弥加。

「まだちゃんと話した事は無いけど一度なんとなく冗談交じりに言った事があって、その時は家の事は良いから進学したかったらしなさいって言ってくれました。お金の事は心配しなくて良いからって……」

「そうなんだね、それでどうなの? 今でも就職したいって思っているの?」

「そうですね、心配しなくていいと言われても母一人の稼ぎでは大変だと思いますから、でも不思議なんですよね」

「何不思議って、何かあるの?」

「母一人の働きでお金稼ぐのも大変なはずなのにあんなに立派なマンションに住んで、あたしの通う高校だって公立で充分て言ったのに学費の高い私立の進学校に通わせてもらって、そんな余裕どこにあるんだろう?」

「詳しい事はよくわからないけど、お母さんがそこまでするって事は紗弥加ちゃんに期待しているんだよ、きっと大学まで進んでほしいって思っているんじゃない?」

「そうかな?」

「そうだよきっと」

 雄哉はすくっと立ち上がると会長席のテーブルからメモ用紙を一枚はがすと、そこに何やら数字を書き記した。

「これ僕のケータイ番号だから何かあったら電話して、僕もまだ大学生だから何の助けにもならないかもしれないけどこれでも一応経営者の息子だからさ、それに話し相手くらいにはなるかもしれないでしょ?」

「ありがとうございます、その時はよろしくお願いします」

 ここである事を思いついた雄哉。

「そうだ、今ここで僕のスマホに掛けてみなよ、今ケータイ持っているでしょ?」

「はい」

 日本を代表するほどの大きな会社の、それも会長室に来て緊張してしまった紗弥加は何の疑いもなくその番号に電話をかけてしまう。

 次の瞬間、雄哉の持つシャンパンゴールドのスマートフォンが鳴り響いた。

「ちゃんと鳴ったね、これが僕の番号だからアドレスに登録しておくと良いよ」

「はい、ありがとうございます」

 紗弥加はこの時初めて気付いた、自分が雄哉のスマホにかけたと言う事は当然その着信履歴が相手のスマホに残ると言う事を。

「まあ良いか、悪い人じゃなさそうだものね」

 紗弥加が小声でつぶやくとそれに反応するように尋ねる雄哉。

「なんか言った?」

「いえ何でもありません」

「そう、とにかく電話待っているね、なんならどうしても君が就職したいって言うんならお父様やお爺様に君の就職先を頼んだっていいんだし」

「そこまでお世話になれません、大丈夫、就職先くらい自分で探しますから」

「そう? なら良いんだけど……」

「でもこんな大きな会社の社員になれたら最高だろうなぁ?」

 思わず本音がぽろりと出てしまった紗弥加の言葉を雄哉は聞き逃さなかった。

「だろ? だからお爺様に頼んでみるよ、お爺様も今の話を聞いたら何とかしてあげようって思うんじゃない?」

 雄哉のその言葉にも紗弥加の表情が晴れる事はなかった。

「でもこんな大きな会社あたしみたいな何の取り柄もない高卒の人間なんて雇ってくれないんじゃないですか?」

「そんな事ないんじゃない? もしそれがダメでも系列の子会社なら何とかなるんじゃないかな?」

「そうですか?」

「とにかく紗弥加ちゃんがその気ならお爺様に頼んでみるけどどうする?」

「ありがとうございます、でもまだ卒業は先なので出来るだけ自分でがんばってみます。それでもだめならその時はよろしくお願いします」


つづく

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