冤罪とデジタルタトゥー 9

  

【最終章】『デジタルタトゥーの犠牲者』

 悟志が再就職して一か月ほどたった頃、悟志が痴漢容疑で逮捕されたという事実が職場の仲間たちに知られてしまった。

 しかし悟志の逮捕が冤罪だったことまでは知らない社員たちの目は厳しく、特に女性社員たちからは白い目で見られるようになってしまった。

 それでもしばらくの間は仲間の厳しい視線やさげすむ態度に耐えながらも仕事に取り組んでいたが、だんだんと耐えられなくなり仕事も休みがちになる悟志。

 それが会社だけならまだ耐えられるが、家に帰っても依然近所の人々から同様の態度を取られてしまっていた悟志は徐々に自暴自棄になってしまった。

 結局その会社も居づらくなり辞めてしまった悟志はその後も何社か面接を受けていた。

 その際以前のように馬鹿正直に自身の逮捕歴を打ち明けることはせず秘密にしていたが、直前に勤めていた会社をすぐに辞めてしまった為どうせ長続きしないだろうと思われなかなか採用してもらえなかった。

 それでもようやく採用してもらえた会社があったが、そこでもしばらくするとネットの書き込みを見た社員がいたらしくバレてしまい、逮捕された事実が噂になってしまった。

 いつだってそうだった、冤罪で無罪放免となったことは置いてけぼりにされ、痴漢容疑で逮捕されたという事だけが独り歩きしてしまうのであった。

 そんなある日上司の門倉に呼び出された悟志。

「飯塚さん、わたしがどうして君を呼び出したか分かるね?」

「噂の事ですよね」

「あの噂は事実なんですか? 痴漢容疑で逮捕されるなんて」

「確かに逮捕された事実は本当です、でもそれは冤罪で私に注意された女子高生による腹いせによるでっちあげだったんです! すでに調停で相手の女子高生もでっちあげだったと認めています」

「だったらどうして面接のときにそう言ってくれなかったんですか」

「すみません、以前の会社では正直に打ち明けていたのですが、結局ほかの社員たちにバレてしまい居づらくなってやめてしまったので、申し訳ありません」

 頭を下げる悟志。

「とにかく面接で嘘をついたんだ、きみには辞めてもらうよ、厳しすぎるかもしれないがこれだけ噂が広まってしまったんだ、きみも居づらいだろ」

「分かりました、お世話になりました」

 もう一度頭を下げると静かにその場を後にした。

 この出来事によりさらに自暴自棄になってしまった悟志は電車を待つ駅のホームであらぬことを考えてしまった。

 もうだめだ、わたしが痴漢容疑で逮捕されたという事実は一生ついて回るんだ、いくら冤罪だと言っても誰も信じてくれない、仕事にも就けない、もうこれ以上生きていけない。

 そう思いながらもホームで電車を待つ間悟志の脳裏には今まで冤罪事件で言われた様々なことが浮かんでしまった。

 そしてそれはほんの出来心だった、自ら命を絶とうと思ってしまったのは。

 その前に一度山村のもとに電話をかける悟志。

「もしもし山村さんですか」

『どうしました飯塚さん』

「わたしもうだめです、これ以上気力が持ちません」

『どうしたんですか一体』

「また仕事をクビになりました、またわたしの逮捕歴がバレてしまったんです! ネットに載ってしまった以上この事実は消せないんです! 冤罪だと言っても信じてもらえず、妻の実家からは離婚を迫られ、せっかく入った会社も直ぐにクビになりもう生きていけません、もう死んだほうがましです!」

『待って! 早まらないでください、希望を捨てないでください』

「もうこれ以上は無理です、今までお世話になりました」

 その後悟志は駅のホームで迫りくる電車に自らの身を投げた。

 その知らせはすぐに秋絵のもとに伝えられると、秋絵と美咲はひどく泣きはらし、父親の和樹も悟志の言葉を信じてやるんだったと後悔していた。

 その後悟志の弁護士だった山村が絵梨花のもとに向かい玄関のチャイムを押すと、母親の千秋が出てきた。

「どなたですか?」

「突然すみません、飯塚悟志さんの代理人を担当しておりました弁護士の山村と申します」

「飯塚? あああの男ね、その弁護士が今頃何のようなの?」

 不機嫌な顔をしながら訪ねる千秋に対し続ける山村。

「絵梨花さんは御在宅でしょうか?」

「だから何なんですか、話はついたはずですけど」

「いるんですか、いないんですか!」

 山村のものすごい剣幕に一体何なのかと思いながらも仕方なく絵梨花を呼びに行く千秋。

「待ってください、今連れてきますから」

 その後絵梨花がやってくると、絵梨花に事実を伝える。

「絵梨花さん、今日は大事な知らせを伝えにやってきました」

「なんなのよ一体」

「飯塚さんがお亡くなりになりました」

 この知らせに絵梨花からは思いもかけない返事が返ってきた。

「へぇあのおっさん死んだんだ、だから何だっていうの?」

「死因は聞かないんですか!」

「なんなのよ」

「自殺でした、自ら命を絶ったんです」

「あのおっさん自殺なんかしたんだ、だっさ」

 そんな絵梨花の言い草に山村は怒りをこらえながらも続ける。

「飯塚さんが死ぬ直前わたしのもとに電話をかけてきました、それによると痴漢容疑で逮捕されてからというもの、冤罪だと訴えても誰にも信じてもらえず、ネットに載ってしまった為に就職してもバレてしまい、そのために会社はクビになり再就職さえもままならず、奥さんの実家からも離婚を迫られ生きていく気力がなくなったと言っていました」

 自分のせいで人一人の命が失われたというのに悪びれる様子もなく淡々と聞いている絵梨花に、山村はいい加減怒りが込み上げてきた。

「まだ分かりませんか! あなたが軽い気持ちで痴漢をでっちあげたために飯塚さんの人生を狂わせこんな事態になったんですよ、少しは反省したらどうなんですか!」

「勝手に死んだのはあのおっさんでしょ、そんなの死ぬ方が悪いんじゃない」

 そこへそばで聞いていた千秋からのビンタが飛んできた。

 千秋は当初娘の味方をしていたが、この山村の知らせを聞いて娘は大変なことをしてしまったのだと心を入れ替えたのだった。

「なにすんのよママ」

「なにするじゃないわよ、あなた人が死ぬという事がどういう事か分かって言ってんの? 残された人は会いたくても二度と会えないのよ」

「分かってるわよそのくらい」

「分かってないわよ、人が死んでしまったらもう二度と生き返ることはできないの! あなたのせいで飯塚さんは亡くなってしまったのよ、その事を少しは自覚しなさい!」

 絵梨花自身そのようなことすでに理解できていた、だが最初にふてくされたような態度をとってしまった為引くに引けなくなってしまったのだった。

 それでもようやく目が覚めた絵梨花。

「ごめんなさい、あたしがあんなことさえしなければ飯塚さんは死なずに済んだのよね、あたし取り返しのつかないことをしてしまった、今更気付いても仕方ないのに、本当にごめんなさい」

 大粒の涙を流しながら謝罪をする絵梨花。

 この日を境に絵梨花は大きな後悔を胸に抱きながら生きていくこととなったのだった。


これにて完結となります、
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