冤罪とデジタルタトゥー 8
【第七章】『再就職決定』
調停がすべて終わったころ、悟志は再び秋絵の実家である小林家に足を運んだ。
玄関の前に立つとチャイムを押す悟志、すると中から返事が聞こえ久美が出迎えに来た。
「なんだまたあなたなの、今日は何しに来たの」
「こんにちはお義母さん」
「あなたにお義母さんなんて呼んでほしくないわ、それより何しに来たのよ?」
「今度こそ秋絵を迎えに来ました、とにかく上がらせてください」
「仕方ないわね、取り敢えずどうぞ」
悟志が小林家に上がり居間に向かうと和樹はいつものように黒光りする大きく重厚なテーブルを前に座っており、顎で指図するようにして座るよう促すと対面の位置に座る悟志。
「まだ諦めてなかったのか、いい加減諦めたらどうなんだ、警察の厄介になるような奴なんかうちの婿にはいらん! 娘にはきみと離婚するように説得しているところだ」
「どうしてそうなるんですか! 冤罪だって言ったじゃないですか、先日まで調停を行っていて無実が証明されたんです」
「まだそんなこと言ってるのか、そこまで言うのなら証拠を見せてみろ!」
「分かりました、そう言われると思って誓約書を持ってきました」
「ずいぶん用意が良いじゃないか」
悟志が誓約書を取り出し和樹に見せると、そこには絵梨花側に支払った示談金を返還することや、それとは別に絵梨花側から慰謝料として七十万を悟志側に支払うことなどの約束事が記されていた。
それを見た和樹は「本当だったのか」と小さく呟いたが、もともと頑固な性格の和樹は自分の間違いを認めたくなく、あれこれと言いがかりをつけ自分の間違いを改めようとしなかった。
「そんなのどうせ自分で書いたかなんかしたんだろ、良いのかそんなことして、下手すりゃ犯罪だろ!」
ここまでしても信じてもらえないのか、この人はどうしたら信じてもらえるんだ!
「証拠を見せるように言ったのはお義父さんでしょ、一体どうしたら信じてもらえるんですか! このままでは埒があかない、とにかく秋絵に会わせてください」
「秋絵は今日もいないんだ、県外のショッピングモールに行くと言って出たから遅くなると思う」
しかしこの時悟志はその言葉が信じられなかった。
「ほんとなんですかそれは、この前来た時もいなかったじゃないですか!」
「嘘だと思うなら家中探してみたらいい、ほんとにいないから」
この時の和樹の言葉には自信が満ちあふれていた。
「お義父さんがそこまで言うのならその言葉を信じます、だったらせめて美咲にだけでも会わせてください」
「きみ今日は何曜日だと思ってる、今頃美咲は学校じゃないか!」
「そっか、そう言えばそうでしたね」
この時悟志は秋絵とよりを戻すことで頭がいっぱいになっており、曜日感覚さえも失っていた。
「仕方ありません、今日の所は帰ります」
和樹に信じてもらえず、秋絵達にも会えないと分かった悟志は帰るしかなかった。
その後自宅へと帰った悟志であったが、自宅の周辺までくると悟志の冤罪が晴れたのを知らないため未だにすれ違う人々の視線が痛かった。
そして玄関には、一時よりは減ったものの相変わらずドアに『出て行け』などの張り紙が貼ってある。
悟志は一つため息をつきそれを一枚ずつはがしてからドアを開ける。
「まったく出て行けと言われてもどこへ行けというんだ、だいたいこの家だって買ったばかりでほとんどローンが残ってるのにどうしろというんだよ」
ぶつぶつと呟きながらドアを開け家に入っていく悟志。
翌週悟志はある会社に面接に向かった。
これまでにも数社の面接を受けてきた悟志だが痴漢容疑で逮捕されたという事実がネックになり採用には至らなかった、それでも嘘だけはつきたくなかった悟志。
社長の桜井と専務の近藤、そして人事担当の間宮が面接官として座っている。
「まずお名前を聞かせていただけますか?」
履歴書に目を落としながらの桜井の指示に落ち着いた声で応える悟志。
「飯塚悟志と申します」
そこへ近藤から疑問の声が飛んだ。
「ずいぶんと良い会社にお勤めでしたね、一流企業じゃないですか、こんなに良い会社どうしておやめになってしまったんですか?」
この問いかけに悟志はとても言いにくそうに応える。
「実は身に覚えのない痴漢容疑で逮捕されまして」
「どういう事ですかそれは」
身を乗り出すようにしてそう尋ねたのは桜井の声だった。
「冤罪だったんです、すでに調停で解決済みなのですが、わたしが女子高生に注意したのを腹いせに無実の罪をでっちあげられてしまいました」
「それはひどい目に遭いましたね、それでどうされたんです?」
「警察でも冤罪だとは信じてもらえず、会社でも信じてもらえなかったわたしは結局解雇されてしまいました、その後調停を行いわたしの疑いは晴れたのですが、事件当初から妻には家を出て行かれ先日迎えに行った際妻は不在で、義父には冤罪だという事を説明したのですがそれでも分かってもらえず離婚を迫られています!」
ここで桜井は悟志の気持ちを確認する。
「それは大変でしたね、そうですかそんなことがあったんですね、一応確認ですがその話に嘘はないですね? 確かに冤罪で間違いありませんね」
「間違いありません、もし嘘をつく気なら逮捕されたこと自体黙っているはずです」
「確かにそうですね、分かりました、では一つ確認なんですがこの面接はいわゆるヘッドハンティングではなくただの中途採用面接です、飯塚さんは以前の職場ではそれなりの役職についていたようですがうちでは平社員からになります、それでも構いませんか?」
「もちろん構いません、贅沢言える立場ではありませんから」
悟志のこの言葉により桜井は決断を下した。
「分かりました、あなたを採用しましょう、そうだな、週明けからでも来られますか?」
「本当に雇って頂けるんですか? もちろんこちらはいつからでも大丈夫です、ありがとうございます!」
ところが桜井の突然の決定に間宮がなぜかと尋ねる。
「待ってください社長、どうしてこの場で採用を決めてしまうんですか、返事は後日のはずではないんですか? 決断が早すぎます、それに逮捕歴のある人物なんか雇って大丈夫なんですか」
「大丈夫だろう、それに逮捕歴があると言っても冤罪だったんだ、問題ない」
「でもその冤罪だったというのもほんとか分からないじゃないですか」
その言葉に反応したのは悟志だった。
「そこまで疑っているのでしたら調停で交わした誓約書を持ってきたのでお見せしましょうか?」
それに桜井が返事をする。
「よろしくお願いできますか、そういうのがあれば間宮君も納得すると思うので」
「分かりました、今出しますので待っていただけますか?」
そう言うと悟志はバッグから誓約書を取り出し桜井に差し出した。
誓約書を受け取った桜井はまず自分で確認し、次に一番疑っていた間宮に手渡した、そして間宮が確認すると一言つぶやいた。
「間違いないようですね」
とりあえず納得するしかなかった間宮であったがそれでも完全に納得したわけではなかった。
そんな間宮をよそに専務である近藤は今後のスケジュールを確認する。
「それより今後のスケジュールはどうするんです社長」
「どういう事かな?」
「この後まだ何人か応募者はいます、でもここで決めてしまったら彼らは無駄に面接だけ受けたことになりませんか?」
「気にすることはない、募集人員は若干名となっている、一人だけとは限らないんだ、今後の面接で良い人材がいれば合格させるしいなければ飯塚さん一人だけとなる、それだけのことだ!」
「分かりました、ではわたしは社長の判断に従います」
最後まで渋っていた間宮も同意し悟志の入社が決まった。
つづく
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