赤い女のいる場所
『好奇心は猫をも殺す』
そんな言葉も知らないであろう小学五年生の雄太(ゆうた)は、自身の行いを激しく後悔する。彼の足元には誇りまみれのビデオデッキ、さらにそのコードはテレビに繋がれていた。
今日は日曜日だが友達は誰も捕まらなかった。両親と出かけることが少しだけ億劫だった雄太は家で留守番をしていた。アニメを見て、お昼を食べ、三時のおやつもその時間を待つことなく食べつくした頃、雄太は退屈に殺されそうになっていた。
「あぁ〜〜、暇過ぎて死にそう」
何か面白いものはないか。そう思い立つと雄太は一階のリビングの押入れの中をひっくり返した。そして見つけたのがビデオデッキだ。
今は令和だ。小学五年生の雄太はそれがビデオデッキだということを知らない。だがその形とコードを見てテレビで使うものだと何となく理解できた。
雄太はビデオデッキのコードをテレビに繋げる。その瞬間再生が始まった。
お墓が映るだけの砂嵐交じりの荒い映像が流れている。しばらくその映像が続くが画面に動きはない。早々に飽きた雄太はコンセントを引っこ抜こうとする。だがそれを阻むかのように映像に変化が起きた。
テレビ越しに見えるのは赤い装束に身を包んだ髪の長い女。その女は無言のまま虚ろな瞳でこちらを見つめる。その視線はまるで雄太の姿が見えているかのようであった。
「ま、まさかね……」
自身に言い聞かせるように声をあげる。だが映像の赤い女はそれを否定するかのように、雄太を見つめ続ける。そして一歩、また一歩とこちらに近づいてきていた。
今すぐこの映像を止めないといけない気がした。だがどうしてか体はピクリとも動かない。
ヒタ、ヒタ、ヒタ。静かな部屋に女の足音だけが嫌に響く。
「(助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて)」
動かない口の代わりに心の中で何度も助けを求める。だがそんな想いなど映像の女が知るわけもない。いやもしかしたら、その女は雄太の気持ちを分かっているからこそこちらに近づいているのかもしれない。赤い女は画面の目と鼻の先まで迫っていた。
「(助けて、誰か、助け――――)」
ジリリリリリリリリリ‼
あと一歩で女がこちらに来る。そう思った瞬間、部屋中に電子音が鳴り響く。おやつのためにセットしておいたアラームがいま起動したのだ。
「わっ、あっ、ああああぁっ‼」
金縛りが解けると一心不乱にコンセントを引き抜く。電力の供給がなくなるとビデオデッキはその動きを止める。雄太はすぐにその場から立ち上がるとテレビのコードを外す。さらにビデオデッキを持ち上げると、押入れの中に叩きつけるように投げ入れた。
いったいさっきの映像はなんだったのか。ほんの数分の出来事でありながらも、その目には赤い女の姿が鮮明に焼き付いている。
だが時間が経ち心音が落ち着きだすと、今度は別の意味で雄太は青ざめた。
「あれ、お父さんかお母さんの大切なものだったらどうしよう……」
自分はただの映像に何を怯えてしまったのだろうか。映像の女よりも、現実の両親のほうが何倍も、何十倍も怖いのに。そんな後悔をしながら、時間はゆっくりと流れていく。
夕方。出かけていた両親が帰ってくると雄太は涙を流しながら頭を下げる。
「ご、ごめんなさい。変な映像のやつ、え、えっと、お墓が映ってて、そのあと変な女の人がこっちに来る映像を見ちゃって。そ、それで僕、怖くなってそれを投げ捨てちゃって」
泣きべそをかきながら雄太がそう言うと、父親は「そうか、そうか」と雄太の頭を撫でた。
「あ~、あの映画を見つけたのか。あれはお父さんの子供の頃にすっごい流行ってた映画でな。あまりにも流行ってたからお父さんも買っちゃったんだ」
「そ、それじゃあ、あの映像は……」
「もちろんただの映画だよ。父さんも買ったはいいが怖くて一回しか見てなかったからな。捨ててもいいくらいの物だし、雄太は気にしなくても大丈夫だよ」
「――――あ、ありがとうお父さん!」
雄太の顔が明るくなる。それは両親に怒られなかったこと、さらにあの女がただの創作物だと知ることが出来たからだ。雄太の安心した姿を見ると母親もその頭を撫でてあげた。
「それじゃあお風呂の準備をしようか。オバケが怖い雄太は一人で出来るかな~?」
「もう全然怖くないよーだ! 僕、お風呂の水抜いてくるね‼」
そう言って雄太はお風呂場へ走っていく。その背中を見送りながら、父親は申し訳なさそうに後頭部を掻いた。
「いやー、あの映画さっさと捨てておけばよかったな」
「だから要らないものは断捨離しようって言ったのよ」
「ぐうの音も出ないよ。でも仕方ないだろう。雄太が勝手に部屋に入るとは思わなかったからさ」
そこまで言うと父親は二階の書斎に視線を向けた。
「来週はいらないDVDの処分だな」
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