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髭を剃る
50を過ぎてからどんどん短髪になっていった。いまもなお、髪を切るたびに短くなっている。しまいにはユル・ブリンナーのようになってしまうかもしれない。
もともとそんなにフサフサではない髪の毛が、どんどん細くなってきた。細い毛を寄せ集めて…というのはみっともいいものではないのだろう。通っているヘアサロンのオーナーは短く、短く刈り込んでいく。
そうなると何が起きるか。
朝の整髪がやたらとラクになるんですね。
特にここ2年ぐらいは、なんならタオルドライでササッと終わらせてもいいぐらい。
でも愛用の12/JU-NI(ジューニ)というシャンプーの取扱説明書には「必ずドライヤーで熱を入れてください」とある。そういう面倒くさいのが大好きで使っているシャンプーなので、いそいそとドライヤーをかけている。
それにしても短髪なのですぐ乾く。ほんと、30秒ぐらいで決まるのだ。
そうなると何が起きるか。
時間が余るのである。
この余った時間をどう使うか、というところで男の価値が決まる。実はそういうことなのである。
もちろん正解などない。正解はないのだが、妥当解はある。もっといえば不正解はレキゼンと存在する。
余った時間でコーヒーを淹れる。いいね。豆から挽くヤツね。粗挽きネルドリップだったりするとなおいい。
余った時間で新聞にじっくり目を通す。悪くないけど、新聞は時間が余らなくても読むべきではないだろうか。
余った時間で自涜する。これはよくないなあ。実によくない。50過ぎて朝から独楽遊びとはいかがなものか。
ではなにが妥当解か。男の価値を上げる時間の使い方とは、いったい。
それは髭を剃ることである。
ここでいう髭を剃るとは、カミソリを使った髭剃りを指す。断じて電気シェーバーではない。
電気シェーバーは便利だし、ブラウンモーニングレポートにあるように驚異の深剃りをも実現する。しかしどうにも風情がない。いい大人の嗜みとは言い難い。
ここはひとつ、豊かな時間の使い方として、じっくりと刃を頬にあてようではないか。
と、いうことでわたしが電気派からカミソリ派に宗旨変えしてから2年が経とうとしている。
最初こそおっかなびっくり、カミソリをあてていた。うっかりカミソリ負けして流血騒ぎにもなろうものなら末代までの笑いものである。
しかしそれも3日も経てば慣れるもので、いまでは目を瞑っても剃ることができる。もちろん目を瞑って髭を剃るようなことはしない。あくまで流血騒ぎは避けたい。
朝、シャワーを浴びた後、ドライヤーで髪を乾かし、歯を磨く。
髭剃りの時間がやってくる。
もはや儀式、と言っていい。
鏡に映るのはずいぶんとくたびれた50男の顔だ。あれ、俺ってこんな顔だっけ?と思うこともしばしば。30を超えたら自分の顔に責任を持て、みたいな広告コピーが過去あったような気がする。50を超えたら人は自分の顔に何を求めるのだろう。
おもむろにシェービングジェルを頬から顎にかけてまんべんなく塗る。シェービング剤はジェル派、フォーム派、クリーム派にわかれるがわたしは断然ジェル派である。フォームは泡が髭を隠すのでおっかない。クリームはなんとなくベタつく気がする。
ジェルのポイントは髭をお湯で軽く濡らしておくことである。そうすることでシェービング剤が馴染みやすくなるとともに髭がやわらかくなり、剃りやすくなる。
髭が生えている部位にひととおりジェルを塗ったら、いよいよカミソリの登場だ。
この30年で最も進化したプロダクトはカミソリではないだろうか。2枚刃、3枚刃どころの騒ぎではない。現在、韓国のメーカーからは6枚刃、7枚刃が発売されている。
わたしは5枚刃を愛用している。もう少し上達したら6枚、7枚にも挑戦したいがいまのところは5枚で充分。宮尾すすむと日本の社長がイカ天で2週目に勝ち抜いた曲は「二枚でどうだ」である。そのことからも5枚あれば問題ないことがわかる。
剃り方は特段、誰かに教わる必要はない。普通に上から下に刃を下ろせば順剃りだし、その反対は逆剃りだ。さか上がりより簡単だし、自転車の補助輪が外れるよりも早くマスターできるだろう。
もしあなたがこれまで電気シェーバーしか使ったことがないのなら、ものすごくしっかり剃れた感が味わえるはずだ。想像をはるかに超える深剃りぶりに、いったいいままでの髭剃りはなんだったのか、という気持ちになってもおかしくない。
そしてなにより髭を剃りながら感じる時間の流れ。これがなんともいえず贅沢に思えるのだ。柄にもなくハミングしたくなる。曲はこれまた柄にもなく「ON THE SUNNY SIDE OF THE STREET」とか。
最後にお湯で顔を洗い、ジェルをしっかりと洗い流す。ここまで3分ぐらい。たった3分だが、わたしにとってはかけがえのない朝の時間となった。
たかが髭剃り、されど髭剃り。
最近では髭を永久脱毛する男性も増えているらしい。わたしの会社の社長もついせんだって脱毛したらしく、嬉々として語っていた。
「毎朝、髭剃るのってムダじゃない?」
なるほどいろんな考え方があるな、と思った。
わたしは明日も、ゆったりと髭にカミソリをあてる。