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なんでもマニアックにならなくてもいいんじゃないか考

ぼくはビールが大好きです。

本当にもう、この世の中でいちばん好きな飲み物はビール、と公言して憚らないほどビールが好き。こないだも銀座ライオンで一度注ぎ黒ラベルとパーフェクト黒ラベルの飲み比べをしながら「ビール発明した人天才やな…」と心からおもったものです。

いまこうして「ビール」と書いているだけで、もう喉の渇きを感じている。ビールが飲みたい。飲める環境だったら速攻で注文しているだろう。

そう、ここが、たとえば表参道のプロントだったら。しかも時刻は18時過ぎ。街を夕闇がワンダーランドに染め上げつつあるタイミング。絶対、プレモル頼んじゃう。つまみはタコさんウィンナーがベスト。

しかし残念ながらそうではないのね。

仕方ないからコーヒーでも飲みながら筆を進めます。


いったいいつからこんなにビールが好きになったんだろう。

ビールの記憶で最も古いものをひっぱりだすと幼稚園のころ。田舎のおじいちゃんがエビスビールを飲んでいました。いまなら高級志向とかエスタブリッシュメントだねとかおもうんだろうけど、当時はそんな知識もないもんだから、なんか埃っぽいというか古臭いビールを飲んでいるようにおもっていました。

家でお父さんが飲んでいるサッポロ赤星(という認識もできてませんでしたが)の方が立派で高いビールなんだと。これがぼくとビールをつなぐ最古のおもいでですね。

小学生ぐらいでチビっと舐めたことありました。やたら苦かった。大人はこんなもんをありがたがって飲むのかーっておもった。

中学生。さすがにまだ飲酒みたいなことはやってなかったかな。たまーに、不良の家に遊びに行って泊まるか、みたいな話になった時に口にしたかもだけど、積極的に飲もう、飲もうぜヤマちゃん、若さだよヤマちゃんとはなってないです。

やっぱり本格的に酒道の入り口に立ったのは高校に上がってからでしたね。実家の手芸屋を手伝うようになって、晩酌がはじまりました。そこからはもう、海水浴に行っては飲む、スキーに行っては飲む、フラれたと言っては飲む。

その時に日本酒やウィスキーに走ることなく、もっぱらビールだったことがもしかするとビール原理主義の礎になったのかもしれません。

たぶん何か辛いことを忘れるとか、現実から逃げたくて酒に手を出したんじゃない、というところが分岐点なのでしょう。ぼくにとってビールは生活のアクセント。若いヤングのナウなニュードリンキン!だったわけ。あくまで明るく、楽しく、軽薄に。


で、18でなんにも持たずに東京出てきたはいいけどまるきり金がないから飲めないわけ。

社会人になってからも人生の全てをコピーライターという仕事に捧げていたので当然、酒なんか飲んどる暇ないわな。さらに勤め先の事務所が弱小過ぎて、加えてぼくの能力が低すぎて月給11万円だったからビールは高級品ですよ。

そして25で挫折して夜逃げして居酒屋で働き始めるんだけど、ここからが本格的な酒道のはじまりです。時間もお金も余裕が生まれて、お酒も日本酒から洋酒からワインからなんでもこいの時代です。でも、やっぱりいちばんはビールだったんですね。

30で結婚して、いささか金銭感覚がラテンな奥さんと暮らすようになってからは冷蔵庫にビールの冷えてない日はありません。

ところが31になるギリギリの10月1日から勤めはじめた設立1年目のベンチャー企業がこれまたおかしなくらい忙しい。修業時代に地獄を見ているぼくからしたらへいちゃらだけど並の精神構造の人はみんなメンタルやられてた。西新宿の超高層ビル22階のフロアは死屍累々…なわけで再び飲まなく、いや飲めなくなりました。

「ハヤカワちゃん、もうちょっと落ち着いたら僕らも寿司屋でビールで乾杯できるようになりますかね」

当時の上司が深夜23時を回ったオフィスでそう言います。

「なりますよ、いや、なりましょう。寿司屋でね、ビールをね、ほら、あるでしょううっすい小ぶりのグラスで」

いいですね〜と目を細めた上司とはその3年後からほぼ毎晩飲みに行くようになります。そうです、会社が上場し、社員があっという間に300人を超えたあたりでようやく22時ぐらいから飲める身分になったのです。

もちろんビール命、は貫きました。


そこから紆余曲折あっていまに至るのですが50も半ばになろうとしても、相変わらずビール党(古い表現)のまま。なんでしょう、一度自民党に投票したらそのまま惰性でずっと自民党に入れ続ける、みたいなメンタルなんですかね。

もちろん日本酒も好きですし、よく飲みますよ。周期はありますがウィスキーを好む時もあればやたら白ワインを求める季節もあります。でも、はじまりと終わりは必ずビール。日本ビール連盟とか協会から表彰されていいレベル。

で、これだけ年がら年中ビールビール言ってると、こういう声が聞こえてきます。

「クラフトビールにも詳しいんでしょう」
「醸造所にまで足を運ばれるんですか」
「これ、という銘柄を一つ教えてください」
「こだわりの飲み方ってあるんでしょうね」

一切ないです。

あのね、ぼくは単純にビールが好きなだけなんです。よっく冷えたビールならよろし、よろし、なんでもよろし、なのです。銘柄なんかどこでもいいし、もちろん味の違いはあるけど、どれもそれなりに旨いのです。

そして、これが恐ろしい事実なのですが、ビールは500ml飲んだらあとはぜーんぶおんなじ味になる。

それぐらいラフでシンプルで、住所不定無職おまけに低収入なお酒なんです。そういうところが好きなのですね、きっと。

外で呑むビールもまた旨し

最近はネットの影響もあってか、情報だけなら無尽蔵にディグることが可能です。そのせいで「好き」にも優劣がつけられてしまうようになりました。

私なんてあの人の知識の足元にも及ばないから…とか

あの人より私の方が詳しいのに専門家ぶってて許せない…とか

もっとルーツから勉強しないと好きと認められない…とか

ポッと出のくせに、何にも知らないくせに…とか

いやいや、好きに上も下もないでしょう。
もっと言えば好きに理由もいりませんよね。

好きなものは好き。マニアックはすごいけど、決して偉いわけじゃない。

そう考えると、もっともっとビールが美味しく感じられるから不思議ですね。

引き続きよろしくお願いします。

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