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パチンコ屋の開店に並ぶ人
もしかすると勤め先あるいは住まいの近くにパチンコ屋がない人にはピンとこないかもしれませんが、世の中にはパチンコ屋の開店に嬉々として行列をつくる人たちがいます。
あれはいったい何か。
いい台を確保するためなんですね。
西池袋の居酒屋で店長をやっていたとき、サダという小柄で長髪の男がアルバイトで入ってきました。サダは居酒屋の面接、しかもバイトなのになぜかスーツにネクタイで登場します。
「お前、ところでなんでそんなビシッとした服着てるんだ?」
その問いかけに対するサダの回答はこうでした。
バイトを探さなきゃ、とコンビニでアルバイトニュースを立ち読みしていたらパチンコ屋の募集があったのでその部分だけ破って店を出た。連絡先に電話したら面接にはスーツで来いとのこと。スーツなんて持ってないので友人に借りてさっき面接に行ってきた。せっかくスーツまで着て出向いたのにその場で不採用と言われて腹が立った。腹が立ったけどどうしようもないのでパチンコ屋の求人の裏に書いてあった番号に電話したら出たのがあんただった。
もうその時点でヤバいでしょ。ハチャメチャでしょ。もちろん採用しましたよ。そうしたら存外に動きがいい。小回りが効くというか、よく働くではありませんか。
「サダ、お前、水商売向いてんじゃねえか?」
いやいや僕はいつかパチンコ屋で働くのが夢なんすから、という、志が高いんだか低いんだかわからないことをぬかします。
そうこうするうちに半年、一年と時間が過ぎ、すっかりレギュラーメンバーとして店に定着したサダ。バーベキューやキャンプといった仲間たちのイベントにも参加するようになり、入店直後のチンピラ感が薄まっていきました。
ただ、時折、深く暗い水の底を眺めるような目をしてぼんやりすることがあり、それが個人的に気になっていました。あいつ、なんかおかしなリスク(薬)やってんじゃないかとか、たちの悪い連中に絡まれてるんじゃないかとか。
当時はなにはともあれ暴力が最速かつ最短の問題解決手段だと思い込んでいた僕は、もしなにかトラブルでもあるなら現場に乗り込んでいってカタつけてやる、と鼻息荒く思っていたのでした。もしかしたらサダに情のようなものが移っていたのかもしれません。
ある日、思い切って聞いてみました。
「サダ、お前ここんとこぼんやりしてっけど、どうした?」
サダは、えっ!?ぼくぼうっとしてました?そんなことないですよね、やだなあ、とヘラヘラ笑いながら否定しますが、目が泳いでいます。
「なんでもないならいいけど、なんかあったら相談のるからな」
サダが神妙な面持ちで閉店後に飲みに誘ってきたのは3日後のことでした。そこでヤツはびっくりするようなことを言いだします。
パチンコ屋の開店が16時からあるんだけど、並んでいいですか?
16時ったってお前、店はどうすんだ、17時だぞ開店。というと、それまでに仕込みや掃除はぜんぶ終わらせる。店には迷惑かけない、といいます。
だけど、開店したら当然パチンコ打つんだろ?仕事になんないだろう?とさらに問い詰めると、そんなに資金もないし、どうせすぐにオケラになるのでオープンには間に合う、最悪でも忙しい時間帯までには戻れる、と言いはります。
「いったいお前をそこまで駆り立てるものはなんなんだよ」
どうやらその日は新台導入初日らしく、並んだ上に抽選があり、その順に入店できるらしい。そのスリル、ワクワク感がたまらないんだとサダはいいます。そして行列の人たちとの一体感。生きている実感すら沸くとのこと。
朝一で並んだ時に仲良くなった中国人と一緒に吉野家に行き、ふたりで揃って「ナミッ!」とオーダーしたとき、サダはグローバルとはなんたるかを会得したんだそうです。
そこまで言うならもういいよ。行って来い。その代わりどんなに遅くなっても19時までには戻れよ。そういってその日は別れました。
そしてその週の金曜日。ロサ会館のパチンコ屋新台導入初日です。サダは約束どおり3時間も早く店に来て、テキパキ開店準備をこなします。そして15時過ぎには「いってきまあす!」と元気よく飛び出していきました。
僕らは仕込みをしながら、まったくあの情熱を別のことに活かせたら…などと笑っていました。
そしてその日、サダは店に戻ってきませんでした。次の日も、その次の日も。サダはパチンコ新台導入とともに消えてしまったのです。
先日、久しぶりにパチンコ屋の前を車で通りかかったとき、寒い朝にも関わらずぞろぞろと開店前の行列に並ぶ集団を見かけました。そのとき、ああ住んでいるエリアにパチンコ屋がないとこの光景とも縁遠くなるんだな、と思ったと同時に、サダの笑顔が脳裏に蘇ったのでした。
多分、道をあやまらなければ比較的まともというか、もしかするとヒトカドのものになっているかもしれません。元気でいてくれるといいのだが。