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わたしは、よっぽど、すっぽかそうかと思った。
しかし、友人からの紹介ということもあり、「わたしが紹介してあげた美容院どうだった?」などと聞かれる可能性もある。
とにかく一回は行ってみよう。
そう思い、折れていない傘を探した。美容院に行く時ぐらい、折れていない傘をさしたい。
わたしだって。
目指す美容院【ハリセーヌ】はわたしの家のすぐ近くにあった。実は、以前からあるのは知っていたのだが、なんとなく入りにくい雰囲気が邪魔をして、入らなかった。
「あの、四時に予約をしました、橋本です」
受付で名前を言うと、対応してくれた50歳ぐらいの女性は、わたしの顔をジロジロと見た。
「予約しまくりボンバーで、約束守りまくりボンバーの橋本さん!どうぞ!あちらへ!おかけになってお待ちください!」
電話対応をした人だろう。ボンバーなんて言う人が他にいるとしたら、店が教育してるということだ。そんなことは考えられない。名札には【鈴木】と書いてある。
店内を見渡すと、カットしてくれる美容師さんは、鈴木さんと、もう一人。
二人でまわしているのか。
わたしのカットをしてくれるのは、どうやらこの鈴木さんのほうである。
わたしは、鈴木さんに喋りかけられることを恐れていたが、予想は良い意味で裏切られ、鈴木さんはたんたんとカットしていく。
腕は確かだった。
ボンバーとか言う人が、腕まで未熟ならば、客も逃げるだろう。わたしがここの店に来た理由のひとつに、そういう予想もあったのである。
「はい、シャンプーしますねぇ」
カットが終わると、当たり前のようにシャンプーをはじめた。
えっ?
シャンプーも無料でついて1800円なの?
安い!!
これなら、ボンバーも我慢できまくりボンバーである。
シャンプーし終わると、突然、ドライヤーを手渡された。
「はい!ドライヤー!乾かし終わったら、呼んでや。ほっといても乾くけどね!!はっはっはっ」
まあ、1800円でカットとシャンプーまでしてくれるのである。
ドライヤーで自分で乾かすぐらいなんてことはない。わたしは、機嫌よくドライヤーで自分の髪の毛を乾かした。
乾かし終わって、呼ぼうかと思った瞬間に鈴木さんと目が合った。鈴木さんは「乾かし終わりはじめたマイレボリューション、やな。いっひっひっ」と笑いながら近寄ってきた。
そして、また真剣な仕事モードの眼差しに戻り、わたしな髪の毛をブローしなおし、整えてくれた。
そして、そろそろ終わりかなと思った瞬間、目の前が真っ白になることが起きた。
鈴木さんが「ハイ、終わりーっ!」と言いながら、わたしの頭をハリセンでバチーンと叩いたのだ。
こ、これは、なんだ。
頭の中がぐるぐるする。
「終わり終わり!ハイ!終わりやからね!さ、レジへGO!GO!」
わたしは鈴木さんのその声に背中をグイグイ押されるような感覚でレジまで向かった。
「ハイ、終わりーっ!」と言いながらお客さんの頭をハリセンで叩く。
これが、威勢がいい、などという言葉の中におさまる行為なのだろうか。
大衆的なお店、という風土の中にすっぽり隠れてしまうような行為なのだろうか。
気の弱い私だけれど、これは怒らないといけないのではないか。
そう思っていた私の思考をストップさせたのは、バチーンというハリセンの音だった。
鈴木さんではないほうの美容師さんも「ハイ、終わりーっ!」と言いながら、お客さんの頭をハリセンで叩いていたのだ。
わたしは、あまりの出来事に、声も出なかった。
1800円を支払い、外に出た。外は天気予報の通り、快晴になっていた。
青い空、白い雲を見て、気が晴れた。
わかったことは、わたしだけにやってるんじゃなく、みんなに「ハイ、終わりーっ」とハリセンで頭を叩いていることである。
みんなにやっているのなら、いい。
腕も悪くないし、牛丼屋でバイトをして暮らす貧乏暮らしのわたしには、ふさわしい美容院なのかもしれない。
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