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最初に美容院【ハリセーヌ】に訪れてから、約10ヶ月は経つだろうか。
その間に、わたしは、牛丼屋のアルバイトをやめ、知り合いからの紹介で、大手広告代理店の受付業務に従事することになった。
今はまだ派遣社員だが、正社員登用も視野に入れて、真面目にコツコツ働いている。
ダメ人間の彼氏とも別れ、ある程度のお給料をもらえるようになり、一時のひどい貧乏から脱却したのにもかかわらず、まだわたしは、あの美容室でハリセンで叩かれていた。
年配の鈴木さんは相変わらず、よく喋りまくりボンバーで、景気良く人の頭をハリセンでしばきまくった。
わたしより少し上ぐらいに見える白田さんも、相変わらずぶっきらぼうで、「はい、終わりーっ!」というセリフの時以外に声を出しているところを見たことがない。
わたしが、まだ通い続けていたのは、もちろん、洋子に話をしたあの二つの条件のうち、まだどちらも満たされていないからである。
そして、突然、“その日”はやってきた。
朝から大雨だった。
わたしは、なんとも言えない厳かな気持ちで、前日に予約した美容院【ハリセーヌ】へ向かった。
わたしの中で、大雨は、頭の中でずっと降っているような不思議な感覚だった。ザザア〜ッという音がずっと鳴っていた。
最後にわたしをカットしてくれたのは、陽気な鈴木さんのほうだった。
ザザア〜ッという頭の中の音が突然止まったような気がした時、すでに“それ”は終わっていた。
きっと、これが【ハリセーヌ】の最後の訪問になるのに、わたしは、ハリセンの感触を覚えていなかった。
ただ、頭の中の雨の音がピタリとやんだのである。
わたしは、ハリセンの感触を思い出そうとしながら、思い出せないでいた。
不思議な寂しさを感じながら、わたしは外へ出た。
……
あざ笑うかのような快晴だった。
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