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【微百合】あなたにティラミスを
あなたにティラミスを
森崎 紫(ゆかり)
望月 蒼(あおい)
紫(N)私には忘れられないお菓子がある…雪のようにふわふわで、春先のような甘酸っぱい味…今でもハッキリと覚えている
少し間を開けて
蒼(N)何気ない毎日を送る日々…朝起きて、仕事に行き、帰りにスーパーで惣菜を買い、夜にそれを食べ、風呂に入り、眠りにつく……なんてつまらない日々なんだろう。
昔から引っ込み思案だった私には親しい友人は数える程しかいない。
その友人達も仕事や結婚、育児で時間が取れず疎遠……毎日が同じ事の繰り返しだった。
紫「明日、10月2日にオープンします!よろしくお願いします」
蒼「あ…はい…」
蒼(N)渡された1枚のチラシ…『洋菓子店 リュ・エラーブル』
帰宅道に何か新しい店を作っているな、と思ってはいた。
蒼「洋菓子店…うわ、美味しそう……」
蒼(N)チラシの裏には色とりどりのスイーツの写真が印刷されていた。
ショートケーキ、モンブラン、フルーツタルト、チーズケーキ、プリン、ティラミス。
どのケーキも細かな細工がされていて食べるのが勿体ないくらい美しかった。
蒼「リュ・エラーブル…」
少し間を開けて
紫(N)18歳の頃から海外でスイーツの勉強と研鑽をし始め12年…様々な経験を経て、地元の街に店を出した。
父と母、そして妹の思い出が詰まっている街…受験勉強を頑張る私に美味しいものを食べさせると言う妹を連れて買い物に行った3人…だけど、戻る事は無かった。
親戚の家でお世話になっていたが、肩身は狭いものだった。
必死に勉強とバイトをして、単身で海外にパティシエの修行に行くことを決意した。
私の家族はスイーツが大好きだった。
父はショートケーキ、母はチーズケーキ、妹はティラミス。
天国にいる家族に食べさせたくて、私のお菓子を見せてあげたくて、地元に店を構えた。
蒼「あ、ここか…リュ・エラーブル…いい香り」
紫「いらっしゃいませ」
蒼(N)オープン初日だからか、まだ混んではいなくて、お菓子をゆっくり選べるスペースはあった。
蒼「これ美味しそう…あっ、あっちのも美味しいそうだなぁ……プリンも良いなぁ…」
紫「今は秋限定の蜜芋のモンブラン、和栗のプリン、栗かぼちゃのババロアもオススメですよ?」
蒼(N)静かだけどよく通る声…繊細で整った指先…吸い込まれそうなブラウン系の瞳…とても綺麗の一言では言いきれず、見惚れてしまう顔立ち…
紫「あの、お客様?どうなさいました?」
蒼「え!?あ、すいません!……その、見惚れてしまって……」
紫「え?」
蒼「な、なんでもないです!秋のオススメ、1つずつ全部ください!」
紫「ふふ…ありがとうございます……お会計870円です」
蒼「あ、はい!870円ちょうどで」
紫「ちょうどお預かりいたします…ありがとうございました。またお越し下さい」
蒼「は、はい!毎日来ます!」
紫「ふふふ…それは嬉しいですけど、肥ゆる秋、になっちゃいますよ?」
蒼「あ…そう、ですね…ははは」
少し間を開けて
紫(N)彼女と最初の出会いだった。
あの日は何人ものお客様が来てくれる中、何故か彼女だけは印象に残っていた。
その時から私たちの関係は始まっていたのかもしれない。
蒼「紫さん、こんばんは!」
紫「いらっしゃい、また来たの?本当に肥ゆる秋になっちゃうわよ?」
蒼「大丈夫ですよ、お昼ご飯と夜ご飯抜いてますから!」
紫「お菓子は主食じゃありません!」
蒼「えー、だって紫さんのお菓子が週を乗り切る唯一の楽しみなんだもーん」
紫「はぁ…全く蒼は……で、今日は何にするの?って言うか、もううちの店のケーキほとんどコンプリートしてるんじゃない?」
蒼「え?まだまだありますよ!ゼリーにレアチーズケーキ、クッキーにマカロン…あとはマドレー…」
紫「(被せるように)はいはい、分かったから!まだまだあるね!」
蒼「えへへ……今日は3種のベリーのババロアと、抹茶と小豆のシフォンケーキ、ほうじ茶クリームのシュークリームで!」
紫「毎回3種類買っていったら年内にはコンプリートできそうね……それと、これも入れておくわね、私のお菓子で夕飯なんて許さないから」
蒼「それは?」
紫「スモークサーモンとクリームチーズのサラダラップ…これを食べてから、デザートとしてケーキ食べなさい!」
蒼「はいはーい」
紫「返事は1回!」
少し間を開けて
蒼(N)リュ・エラーブルがオープンして2ヶ月、私は毎週通っていた。
お菓子が美味しいのは勿論なのだが、紫さんとの会話が楽しくて、嬉しくて……ドキドキした。
この感情がなんなのか、気づくのに、そう時間は掛からなかった。
紫(N)望月蒼…私のお菓子を気に入ってくれ通ってくれるようになった常連さん。
何回も話してるうちに、彼女と話すのが当たり前になっていった。
店のガラス越しに彼女の姿が見えると気分が昂り、ドキドキする。
男性を好きになれない私に芽生えたこの感情…彼女に悟られないようにしないと。
少し間を開けて
蒼「紫さーん、今日寒いよー!」
紫「入ってくるなりの一言がそれ?まあ、今日は確かに冷えるわね…もう時期寒さも本格的になって来る時期ね」
蒼「暖かいもの下さいよー、凍えそうで…」
紫「あのねぇ…うどん屋じゃないんだから…暖かいのなんてそうそう無いわよ」
蒼「確かに…ごめんなさい笑」
紫「仕方ないわね…じゃあ今日はこの3つを持って帰りなさい」
蒼「え?なになに?」
紫「3種のフォンダンショコラよ…普通のフォンダンショコラ、チョコバナナのフォンダンショコラ、紅茶クリームのフォンダンショコラよ」
蒼「わぁ!紫さん大好き!愛してます!」
紫「大袈裟よ…あ、この紅茶のやつは少し洋酒が使われててアルコール入ってるけど大丈夫?」
蒼「そんな大量に入ってなければ大丈夫!」
紫「そう、良かった…これは夕飯のバジルチキンとトマトのホットサンドね。レンジで少し温めて食べると良いわよ?」
蒼「いつも助かりまーす」
紫「そう思うなら今度からしっかりした食生活しないとね!」
蒼「うっ…ごもっともですw」
蒼(N)密かにずっと続いていたこの想い、打ち明けることの無い気持ち…それでも良かった。
でも、あの日…
少し間を開けて
紫「ねぇ、蒼?」
蒼「なんですか?」
紫「12月24日、何か予定ある?」
蒼(N)その言葉に心臓が早鐘を打つ…落ち着け、私。
冷静に…平常心…平常心
蒼「クリスマスイブですか?特に予定はないですよ?土曜日で休みなんで」
紫(N)予定は無い…その言葉に心臓が早鐘を打つ…この先の言葉で引かれないか、そう思うと手が震える。
落ち着いて、私。
平常心で…冷静に…冷静に
蒼「何かあるんですか?」
紫「う、うん…24日は毎年書き入れ時なのよ…クリスマスケーキの販売とかで」
蒼「確かにそうですねー…どのお菓子屋さんもフル稼働ですもんね」
紫「でね、蒼にその日バイトをお願いしたいの…」
蒼「サンタのコスプレは着ませんよ?笑」
紫「誰もそんな事頼まないわよ笑
私も、他の子もお菓子作りから手を離せないと思うの…だからレジを頼みたくて…箱詰めとかは1人つけるから、その子に任せていいから」
蒼「良いですけど…慣れておきたいから24日になる前に何回か教えてくれるとありがたいのですが…」
紫「それはもちろん大丈夫よ。
蒼が暇な時間に教えるから」
蒼「じゃあ…今から」
紫「え?今からって…大丈夫なの?」
蒼「はい、明日は休みなので…むしろ今の方が都合良くて」
紫「分かった、あと30分で店閉じるからそれまで2階の私の部屋で休んでいて」
蒼「え?紫さんの部屋で…ですか?」
紫「あ…嫌なら何処かでお茶して待っててもいいの…」
蒼「(被せながら)紫さんの部屋が良いです!」
紫「そ、そう?じゃあ、鍵渡すから開けて休んでて」
少し間を開けて
蒼「(小さい声で)お邪魔しまーす……ここが紫さんの部屋…あ、この小物可愛いなぁ…
はぁ……紫さんが居ないのにこんなにドキドキするなんて…やばいなぁ」
紫「蒼、飲み物置いておくから飲んで待ってて」
蒼「っ!ひゃい!」
紫「何その返事!笑
少しだけどゆっくりしててね」
蒼「びっくりしたー…ゆっくりって言われても……あ、ベッド…」
蒼(N)自分でも信じられないくらい心臓がドキドキしてるのが分かる。
少し震えながらベッドに頭をあずける…紫さんの香りがする。
いつしか私はその香りに包まれながら寝てしまった…
少し間を開けて
紫「少し遅くなっちゃってごめんね!……蒼?あーおーいー?あお…え?」
紫(N)蒼が私のベッドに、も垂れながら寝ていた。
その姿に心臓がドキドキと音がなり始める。
紫「(小声で)そっか、今日は仕事だったんだもんね…」
紫(N)整った顔立ち…きめ細かい綺麗な肌……艶のある唇…その唇に触れてみる…心臓がさらに早鐘を打つ。
紫「(小声で)起きないと…キスするよ?」
紫(N)蒼の顔に近づく…近いのに遠く感じる距離…起きて欲しい気持ちと、起きて欲しくない気持ちがせめぎ合う…唇と唇が触れ合う
蒼「ん…んー…」
紫(N)私はハッとなり体制を戻す…慌てて取り繕うように冷静を装う
紫「起きな、蒼!レジの練習するよ!」
蒼「んー……レジ?…レジ…はっ!ゆ、ゆゆゆ紫さん!ごめんなさい!」
紫「良いわよ、仕事で疲れてたんでしょ?少し寝てスッキリしたなら良いじゃない」
蒼(N)紫さんが隣に座った時、私は起きていた…髪を掻き上げてくれたのも…キスも……慌てた様子を演じて起きた振りをした私は意地悪だったのかな?
起きてからはいつもの調子でレジの仕事を教わった
紫「……と、まあレジはこんな感じよ。どう出来そう?」
蒼「大丈夫です!紫さんの教え方が分かりやすかったので」
紫「それは良かったわ…次の暇な時には実際に少しレジ打ちをしてみようか」
蒼「はい!それで……紫さん、少しお願いが…」
紫「ん?なぁに?」
蒼「私にも作れるお菓子を教えて欲しいなぁ…なんて…ダメ、ですよね?」
紫「良いけど…あ、分かった、お店の味に飽きたんでしょ?」
蒼「違いますよ!この店のお菓子は私の生きる活力なんですから!」
紫「わかったわかった…蒼でも作れるやつかぁ……そうね…ティラミスなんてどうかしら?」
蒼「あんな豪華で美味しいお菓子、私にも作れるんですか!?」
紫「意外と簡単なのよ?じゃあレシピと分量教えるわね……」
紫(N)それから数回、蒼と閉店した店でレジ打ちの練習、ティラミス作りを教えた。
キスはあの時だけ…ホッとしてる気持ちと、残念な気持ちが入り交じる。
そして、12月24日…
蒼「おはようございます!今日1日、よろしくお願いします!」
紫「今日1日だけ、彼女がレジを担当する、箱詰めはうちらでやるからね、気を抜かないでね!じゃあ今日もよろしくお願いね!」
少し間を開けて
蒼「あの…紫さん」
紫「ん?どうしたの?」
蒼「紫さんの家の冷蔵庫、お借りすること出来ますか?冷蔵庫に入れておきたいものを持って来てて…」
紫「あぁ、良いよ…じゃあ、これ鍵ね。冷蔵庫に入れたら早速仕事してもらうからね」
蒼「はい!よろしくお願いします!」
紫「そんなに肩肘張らなくて大丈夫だよ笑
何かあったら私がフォローするからさ」
蒼(N)仕事中の紫さんは閉店間際に来る時とは別人のようだった、凛々しくて、カッコよくて、綺麗だった。
私も与えられた仕事を精一杯こなし、気づけば閉店時間になっていた。
紫「お疲れ様!今日は本当に助かったよ!レジもテンパることなく冷静にやれてたじゃん!」
蒼「ありがとうございます……クリスマスイブのお菓子店ってこんなに忙しいんですねー…毎年独りなのに気軽に買いに行っていた自分を叱りたいですよ」
紫「あははは…忙しいのは今日だけさ。
明日になれば売れ残ったクリスマスケーキを投げ売りする店が殆どだからね」
蒼「あ、紫さんはこの後の予定は何かありますか?」
紫「予定はないよ…明日の仕込みは済ませたし、掃除は蒼がしてくれたからね……なにかあるの?」
蒼「あ、いえ…何かあるって程じゃないんですが……朝、冷蔵庫に入れたものを一緒に食べたいなって思って」
紫「あれ、自分のお昼ご飯とかじゃなかったんだ?私、てっきりお弁当かと思ってた」
蒼「お昼はちくわ食べました!」
紫「ち、ちくわ!?」
蒼「(咳払いしてから)それより…さっきの件ですが…」
紫「あぁ、良いよ…うちで食べるかい?」
蒼「はい!」
紫(N)それから私たちは店を閉め、近くのスーパーで既に投げ売りされていたチキンとピザ、ワインを買って帰った。
蒼の作ったもの…蒼の初めての手料理……はやる気持ちを抑えるのに苦労した。
少し間を開けて
紫「ん~!ご馳走様!やっぱりクリスマスはチキンとピザが無いと締まらないからね」
蒼「こうやって誰かとクリスマスイブを過ごすの、久しぶりです」
紫「私もだよ、今まではパティシエの修行ばかりだったから…クリスマスなんて祝う余裕も無かった…
で、蒼の作ったやつってのは?」
蒼「ほんと、期待しないでくださいね!」
蒼(N)冷蔵庫に取りに行く…私の精一杯の気持ち…不安が一気に押し寄せる……手が震える
扉を開けたまま立ち尽くしていると、後ろから紫さんがそっと私に手を添えてきた。
紫「大丈夫よ」
蒼「怖いんです…これを見せて紫さんと関係が終わってしまうんじゃないかって思うと…」
紫「蒼…私を信じて、大丈夫だから」
紫(N)ここ数日、そして今日で蒼の気持ちに私は確信を持っていた。
そして蒼もまた、私の気持ちに気づいているだろう…だからこそ私は彼女の気持ちを、彼女の想いを見たかった。
蒼「これ…です」
紫(N)恥ずかしそうに見せた箱の中身は小さめのココットに入った赤いハートと緑のフロマージュで作られたクリスマスカラーのティラミスだった。
蒼「抹茶のフロマージュにベリーパウダーをハート型にふりかけたクリスマスティラミスです」
紫「すごい……すごいよ!私の教えたレシピから考案したの?」
蒼「はい」
紫「味も美味しい!苦すぎない、ほのかな抹茶の香りとマスカルポーネの風味、それを引き締めるベリーパウダーの程よい酸味」
蒼「……よかった」
紫「蒼?泣いて……るの?」
蒼「だって……私…私…」
紫、蒼を抱きしめ耳元で囁く
紫「蒼、私…蒼が好き……これからもずっと傍にいてくれたら嬉しいな」
蒼「紫さん……(号泣)」
紫「ほらほら、泣かないの…(リップ音)」
蒼「私も…ずっと一緒に紫さんといたい」
紫「うん」
蒼「紫…大好きだよ(リップ音)」
蒼(N)私には忘れられないお菓子がある。
クリスマスイブに奇跡をくれた、お菓子。
ほろ苦くも甘酸っぱい…クリスマスカラーのティラミス