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年末、大阪の『上かん屋 久佐久』さんへ
大阪・法善寺横丁の『上かん屋 久佐久』さん。
6年前の出張の折はじめて伺って以来、その味と風情のファンになっていた。しかし来年1月15日で一度閉められるとのこと。再開は決められているもののすべてはまだ未定と聞き、焦った。どうしても今のお店をもう一度体験しておきたくなって、大阪行きを決める。
寒さ厳しい日だったけれど、年末の法善寺はよくにぎわって雰囲気は華やかだった。劇場が近いまち独特の活気がいつ来ても楽しい。
『上かん屋』さんの暖簾をくぐれば、店内の雰囲気は以前のまま。ひと月もしないうちに閉まるなんて嘘みたいだな……と思いながらカウンター奥に座り、生ビールの小さいのをやりつつ、こちらの名物「おから」を頼む。女将さんが挨拶に来てくれたが、一旦閉店のことには触れなかった。なんだか、口に出来なかった。
おからは相変わらず最高にしっとりとして食感が素晴らしい。しばし、噛みしめる。続いてこれまた名物のどて焼きをアテに。『手取川』を上燗でつけてもらって、ひと飲みしたらため息が出た。ああ、いい燗だなあ…。強行軍だったが、やっぱり来てよかった。
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誘っていた桂吉坊さんがやって来る。彼とは以前もここで飲んで、師匠の米朝さん、吉朝さんのお話をたっぷり伺い、歌舞伎や日舞の話に花が咲いた思い出がある。この日もそんな話がお互い止まらず、先ごろ亡くなられたざこば師匠の思い出話は、ほどよく燗づけされた『手取川』と共に心に沁みた。
おでんは菊菜、豆腐、大根、粟麩にしろ菜をいただく。大根にのせられたゆず味噌の美しかったこと、まるで水面の名月のごとく。それぞれの盛りつけが綺麗で、食べるのがもったいなくなる。と、思いつつ熱いうちにいただく。豆腐にのせられたとろろ昆布がいい。ちょっとしたことだが、アテ感がグンと上がる。
きゅうりのおしんこ、お代わりしたくなったけどなんだか無粋に思えて、やめておいた。この糠床、何年続けてきたものだろう。歳月を思う。
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一通り食べたかったものをいただいて、満足。店の空気も存分に吸った。キリないわな、女将さんに挨拶してお開き。新店が決まったら必ず教えてくださいね、とお願いして店を後にした。どうかいい店舗がスムーズに見つかりますように。
法善寺では歳末助け合いでお坊さんたちが募金活動をされていた。寄付を募るその声にまた年末感が煽られる。ほんの気持ちばかり浄財して、「寒いね」「寒いですねェ」と言い合いながら吉坊さんと次の店に小走りで向かう。小雪でも舞いそうなぐらいに風が冷たかった。