白峯流ゲームの作り方
『NIZ』というダンジョンRPGを作った白峯です。
今は『MIZ』というダンジョンRPGを作ってます。
この文章は、そんな隅っこインディーゲーム開発者自流のゲーム開発法、初手の心得的な乱文ですが、誰かの何かの参考になれば幸いです。
はじめに
人は物理的な外的世界とは別に精神的な内的世界を持つものである。
ある種の人間はこの内的世界を外的世界に顕すことに生涯を捧げる。
と書くと、何か高尚な哲学的な何かのようであるが、要するに承認欲求と自己実現にめくるめく脳内妄想を使いたいだけである。
だって、人生の多くを脳内妄想に捧げてきちゃったんだもん。
そんなタイプの人を、妄想排出者と呼ぶにはあまりにアレなので、格好良くクリエイターと呼ぶことにする。
クリエイターは、この外的世界において何らかの既存の表現フォーマットを選ばなければならない。
超絶新しいもの(例:ノミの遺伝関係とその跳躍によって地球の回る音と猫の理不尽さの機敏を表現する、など)だと、誰も理解できないから。
絵を描く、小説を書く、作曲などなど…。
さらにその複合系として映像やアニメーション、各種舞台などがあるが、そのひとつとしてゲームというものがあるわけである。
長くなったのでまとめると、要するに私にとってのゲームは、脳内妄想の出力フォーマットであり、色々手を出してはみたものの唯一残され帰り着いた表現フォーマットなのである。
なぜなら、若い情熱を長いこと注いだのがゲームであり、新しいことを始めるには体力的にも時間的にも少々無理のあるおっさんの昔取った杵柄だからである。
用意するもの
・モチベーション
・脳内妄想
・パソコン
・時間と生命維持方法
・マゾ性
モチベーション
これをやらねば生きていく意味もない、という思い込みである。
※こういうことを書くと命の重さがどうたら言う風潮があるが、昨今は肉体的生命維持に傾倒しすぎだ。肉体を維持していても精神的に死んでいる生を否定しているわけではないが、私はそういう生を望まない。
故に私は独身かつ無趣味であるが、単に極端偏屈なだけであって、そういう質が必要なわけではない。
が、長丁場を乗り越えるための長期間のやる気と、すぐには評価されないという承認欲求に対する忍耐力は必須である。
脳内妄想
ゲームに対して、遊び方やルールに傾倒している人はそのシステムを。
物語に傾倒している人はストーリーを。
雰囲気に傾倒している人はアートを。
それぞれ、2、3、妄想ストックを持っていると良い。
また、3つの要素はどんなゲームにもちょびっとは必要である。
パソコン
少しづつクリエイター環境は変わりつつあるが、2021年現在、パソコンは必要である。
私は現在HTML5による、ブラウザ及びハイブリッドアプリのゲームに取り組んでいるため、以下のようなアプリケーションを利用している。
- テキストエディタ(Visual Studio Code)
- ウェブブラウザ(Chrome、Safari)
- アプリ化のための開発環境(Android Studio、Xcode)
- 画像編集ソフト(Photoshop … Gimpでも良い)
- 作曲ソフト(Logic Pro … 好きな作曲ソフトで良い)
- データ入力ツール(LibreOffice Calc … テキストエディタでも可)
もし、Unity ゲームを作っていれば、最初のふたつは Unity で良いだろう。
また、曲は他人に作ってもらうのであれば作曲ソフトは不要であるが、音声波形編集ソフトは欲しくなるかもしれない。
時間と生命維持方法
なんやかんや言っても、肉体維持、健康維持は大事である。
私が推奨したいのは、起きてる時間の100%をゲームに注ぐことはしない活動方法である。
故に本業は持った方が良いし、その本業もゲーム開発に匹敵するほど好きなことの方が良い。
本業での経験や味わいは確実にゲームに生きるし、通勤時間等も溢れるほど必要な脳内妄想を育てる時間になる。
確かに、本業のウェイトが高くなると、ゲーム開発に着手できないストレスは溜まるが、そのストレスはゲーム開発時の集中力と喜びの肥やしになる。
好きなことだからといって、無駄に時間があるとTwitterやYoutubeの思う壺である。
本業があることによって開発は長期化するが、金に対する不安は緩和される。
ちなみに、私は本業側の社長と交渉して、ゲーム開発に費やす労力分の給与を減らしてもらったが、それでも贅沢をしなければ生活維持に支障のない減給にとどめている。
月収的にスポーツクラブは止める決断をしたが、部屋に簡易筋トレ環境を作ることによって、スポーツクラブに通う時間を節約している。
マゾ性
ゲーム開発は過酷である。
特にその過酷性は、後期の調整やデバッグ時に現れる。
今まで何本のゲームソフトがこの過酷性に耐えられず、未成熟リリースに至ってしまったことか。
また、逆にストイックになりすぎてリリースを延ばした末に迷走し、大赤字になってしまったことか。
毒針で急所を突くような猜疑心と、大空を飛ぶようなおおらかさが求められる。
職人の頑固さと疲れた部長の諦めが共存するバランス感覚を、ひとり、または少人数の内に秘めねばならぬ。
そして、そんな最適解という名の答えのない妥協点を見つけ、長期に渡る謎の焦りと孤独を楽しまなければならない。
Twitterでその孤独さを癒やそうなどと考えても無駄であり、ツイートすればするほどいや増す孤独感をゲーム開発に転換させるしかないことを覚るのだ。
おそらくは、そんなマゾ性の高い個人やチームのゲームがヒットするのだ。
なお、私自身はそんな天才ではもちろんなく、部長ちっくである。
ゲーム開発における知識と能力
知識や能力はもちろん余りあるに越したことはないだろう。
そういう意味では、私のようにゲーム会社勤めの経験は確実に活きるとはいえるだろう。
ただ、あのままゲーム会社にいれば良かったというと必ずしもそうとは言えないと思っている……。
まず第一に、昨今のゲーム会社は分業化している。
プログラマーだった私は、プログラミング意外のことに詳しくはない。
幸い、ディレクターやプランナーとは仲が良かったのでその仕事をかいま見てはいるが経験はない。
作曲に関しては完全な素人なので、複雑な音楽理論を取り入れるとこは諦めており、現在は雰囲気を伝えることに注力している。
第二に、ゲーム会社にいるからと言って好きなゲームが作れるわけではないという点である。
これは、ビジネスの面では当然であるし、更にライセンスや版権が絡むとその要因が増えるのはやむを得ないことである。
それでも天才は、会社の中での実績と地位を上げ、ユーザーを獲得し、版権先にも影響力を得ることであろう。
残念ながら、私はそのような天才ではない。
第三は、先の「時間と生命維持方法」の実現性である。
この点が最も私の恵まれた点であると自慢できるが、幸いなことに本業の方の社長が私のゲーム作りに理解を示してくれている。
まぁ、彼からしたら、「コイツはもう何を言っても聞かんし、自らその分減給するっていってるんだから別にいっか」だとは思われるが、それでも理解は理解である。
まーそれ用の会社も作っちゃったし、借金もこさえてるから、覚悟あるようには見えるのかもねー。
以上が、必ずしもゲーム会社にいれば良いとは限らない凡人的理由である。
※余談だが、私が某PS2のロボットゲームを作っていたとき仲良かったプランナーのMさんはその後世界的なアクションゲームSシリーズの名ディレクターになり、今やFの社長である。先日、松本人志さんと庵野秀明さんの対談をアマプラで観たが、彼らの言葉を借りるならMさんも日本の財産だろう。彼は当時から天才的かつ謙虚で努力家であった。彼のような人はゲーム会社にいた方が好きな作品が作れるのだろう。変○だけどね。
では、どうすればゲーム会社に行かずにゲーム開発の知識と能力が身につくのかというと、残念ながら、私はその妙案を知らない。
つきなみに、とにかく作れ、できれば他の人のプロジェクトを覗いてその手法を学べ、としか言えない根性論生き残り世代である。
おわりに
心得的なところはこんなところであろうか。
ゲーム開発もどこかで諦めが大事であるが、この文章もあまり長くなると推敲やら飽きでアップが困難になるので、ここらでメモアプリを閉じることにする。
……以上、とある、特に目覚ましく成功してないがちょいちょいリリースはしている、インディーゲーム開発者の手法でした。
機会があればまた似たような文章は書こうと思ってます。
どのジャンルのゲームを選んで出すのが良いか、どうやったらプレイしてもらえるか、ぶっちゃけ私はダンジョンRPGは苦手、とかを書こうかなと思ってますが、歴史を調べたりしなきゃいけないので、余程のモチベーションが上がらない限りは書かないだろなー。
最後に、これを書くことを勧めてくれたカラストラガラさんに感謝いたします。
そもそも『ゲームクリエイター甲子園』も note も存じておりませんでしたし、最低ひとりは読んでくれる人がいないと書きませんから。
なお、『ゲームクリエイター甲子園』については、今現在においてもよくわかっておりませんし、今回の記事が学生クリエイターさんの参考になるとは思ってはおりませんが、こういった活動は素晴らしいと思いますし、陰ながら応援したいと思います。
#ゲームの作り方 企画には謹んで参加させていただきますが、正直なところ NIZ、MIZ の宣伝に少しでもなればというのが参加理由です……。
ということで、リリース中のダンジョンRPG『NIZ』と、2021年10~11月辺りリリース予定の同じくダンジョンRPG『MIZ』をよろしければよろしくお願いします!