日記、という日記
「そうだ、田舎の街へ行こう」
昼のことだった。
ふと、そんなことがよぎった。
思えば、年末になると家族総出で両祖父母宅にお年玉をたかりに行っていたが、コロナ渦ということもあり、今年は家族と一緒に家で過ごしていた。
僕の中でこの時期と言えば自分の住む街を出て、祖父母の家でゆっくり過ごすものだった。だからか、今年の年末年始にはどこかさみしさがあり、どうも落ち着かなかったのだ。
せっかくの年末年始、せめて祖父母の住むところからよく行く街くらいは言っておきたかった。
そう思った僕は、郵送でもらったお年玉を財布にしまい込み、簡単な準備だけして駅へ向かった。足はとても軽かった。なぜなら僕の祖父母がよく行く街へ向かうとき史上最軽量の荷物だったからだろう。
駅に着くて、ふと、気づいた。
切符って、どうやって買うんだ。
冷静に考えてみれば、僕の人生の中で切符を自ら買うなんてこと、一度もしたことが無かったのだ。これは失態だ。
でもこの時代、なんとなくでも買い方が想像出来る時代だ。手探りながらなんとか切符を購入。しかし、この時点ではこれが正しいかなどは分からず、電車を降りるまで「大丈夫かな…」と足を震わせることとなる。
アナウンスが響く。
僕が乗るべき電車がホームへ来る合図だ。思ったより高かった片道切符を握りしめ、内側の線を目安に待つ。体が凍える中、来た電車は見事に僕より遥かに手前で停車し、ほんのちょっとキレちゃったがそんなこと等今からすることと出費に比べたら全然へっちゃらだ。
僕は今から思い付きでLBX1.5個分の出費をするのだ。
電車内は思ったより暖かく、そこまで人もいなかった。辺りを見回すと同年代の人たちがちらほらいた。この人たちはきっと毎日のように乗っているんだろうなぁ、となんだかその背中が大きく見えた。自分が普段しないことをする人たちは、なんでも大きく見えてくる。
電車が、アナウンスの後、静かに動き出す。
まるで雑踏の音のない、心地よい旅路だった。
電車は、ずっと静かに、ただひたすらに目的地へ走っていった。
電車が目的地へ着いた。
僕のよく見る街。
近くに住んでいるわけじゃないけど、どこか安心感のあるあの街並み。
言ってしまえば僕の住む場所よりな~んにもない街。だけど、この街が好きだった。
僕は駅を出て、スマホを構え、写真を撮る。うん、あの街だ。
どうせだし、ここの近くのスーパーにでも買い物に来ていたら顔を見せたいなと思い、おばあちゃんに連絡を入れることにした。
「もしもし、今ばあちゃん家近くのとこ来たよ」
「ほんと?タクシー代出すから家来なさいよ」
え?
まさかの祖父母宅に直接行くこととなった。
そんなこと想定していない。え、行けるなら行きたいけどさ?いいの?タクシー代高いよ?大丈夫???
僕は慌てて呼んだこともそもそも乗ろうとしたことも一度もないハイヤー会社に、震えた声で電話する。いきなり家に行くことになったのと、初めてタクシーを呼ぶというダブルの驚きで「駅までお願いします」と誰をどこから乗せるのかよくわからない宣言をしながらも、無事に呼び止め、向かうことが出来た。
家を目の前に、タクシーの移動料金を見るとそこには僕がこの街へ行くために支払った金額の四倍以上の額が表示されていて、思わず体が震えてしまった。もう二度とタクシーなんて乗らない。というか乗れない。乗ればきっとお金のことしか浮かばなくなるからだ。
久しぶりに来た祖父母宅はどこか静かで、テレビの音だけが響いていた。それもそうだろう。平日の昼間に行ったのだから家にみんながいるわけではない。これが普通なのだ。
おばあちゃんとしばらく話した後、飼っている猫を見つけ、すぐさま撫でてやった。相変わらず無愛想なものだが、それもまた魅力だ。永遠に撫で続けられる。こいつめ。
しばらくしておじいちゃんも帰ってきた。僕がいることを知らなかったのか、かなり驚いていた。こういうことがあると、ここに来た甲斐をとても感じられる。
辺りも暗くなり、電車ももう少しで来るということで、おじいちゃんに車で駅まで送ってもらうことになった。しかし、そこで僕には驚きの事件が起きた。
クソ吹雪いていたのである。
辺りはまるで見渡せず、頬に触れる雪が切られたように痛い。田舎の冬を舐めていた罰が今下ったのだ。マジでいたい。
それでも、おじいちゃんは慣れたようで、驚く僕を少し笑っていた。
街に行けば、吹雪もだいぶ収まり、視界が開けていた。特に危なっかしいこともなく、無事に駅へ着いた。ありがとう。
いよいよお別れの時間だ。幼いころから何度もお別れはしているが、やはり少しは悲しい。手には僕の大好きなオロナミンCの10本セットとお餅を持たされ、改札を抜けて手を振った。
なんだか不思議な気分だった。
また、電車に乗る。普段だったら一日に二本も電車に乗ることなんてない。ちょっと特別だ。
帰ってきた。
いつもの街並みだ。
いつもの日常に戻る。
僕がいつも帰るために乗るバスに座り、ふと思う。
僕がさっきまで軽い弾丸旅行をしてきたなんて、誰も思わないよな。
そりゃバスの中の他人が僕のことなんて考えるわけもないが、それでも、ちょっと優位にいるような気がした。
座面は冷たい。雑踏は聞こえる。これが普通。僕の非日常は、バスの中でゆっくりと薄れていった。
家に着く。もう、今日これからはいつもと変わらない日だ。いつも通り、パソコンをつけて、編集ソフトを起動して…
だけどやっぱり編集ソフトを閉じた。
「今日は楽しかった。これを日記として書こう。」そう、思ったのだ。
今日の非日常は、この日記を書き終わる今まで続いた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?