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じゃーなる2

夏休みが終わってから一段落ついて少し涼しくなってきました、皆様いかがお過ごしでしょうか


本日(投稿日)である10月24日は二十四節気の上で「霜降」にあたり、秋の終わりを示す日となっております
そして何より私の誕生日イブです

今回じゃーなる2とじゃーなる3は私が中学時代していた柔道について書いていこうと思います
本当にそれしかないのにめちゃくちゃ長いのでご了承ください
誕プレは文章をまとめる力が欲しいです


柔道を始めたのは中学に入学して一月過ぎた頃、
父や祖父が強かった事もありとても推されていたため私も柔道部に入部することになった

今から3年半前、丁度某ウイルスが猛威を振るっていた時期で対面での組み手練習が極端に減り筋トレ中心の練習

私の学年は全員柔道未経験で受け身の練習を主軸に3ヶ月ほど練習したのち、2.3年に混ざって乱取りに参加した

先輩方ほぼ全員が県大会で各階級3位内の実力者だったので最初の一年で投げられまくり、自分の体が宙を舞う恐怖心はいつの間にかなくなった

初めの頃女子の先輩にボコられたのは良い思い出

新人大会
新人戦、初戦1年は1年と当たるようにトーナメントが組まれ、私は逆シードだった為1試合目は勝てたが2試合目は他校の先輩にボロ負け
格の差を見せつけられた気分だった
それでも、初めは1試合勝てただけでもとても嬉しかった


一年の終わりには、段々と先輩方ほどの強さに成れないのではないかという不安に苛まれるようになった


もう一つの理由で、柔道を続けるのが怖くなった

痛い

自分に忍耐力がないのか、他の人達が痛みに強いのか、当時体が異常を来していたのか
とにかく痛かった

柔道に怪我はつきものというのはわかってる
耐えようと思えば、脛を蹴られた痣や投げられるときの衝撃は余裕で耐えられる

相手から与えられる痛みではなく、過度の打ち込みや筋トレからくる関節痛や神経痛

手首、肘、肩、股関節、膝、足首への継続的で瞬間的な「痛い場所」

引き手を引こうとすれば、吊り手を持ち上げようとすれば、足を掛けようとすれば骨の髄から軋む感覚

体の痛みと父親から受けるストレスで晩飯が喉を通らなくなり、実質昼食しか食べてなかった

先輩から「はくちず君、技はかけれてるけど投げきれてないかもね」と言われた
そりゃあそうなる、痛みに負け躊躇ってしまう
技をかけた瞬間関節が悲鳴をあげ動けなくなる

痛みに負ける自分を信じたくなくて練習を続ける

「痛い場所」が増える

そのうち、「心」すら「痛い場所」に変わる

体が弱い自分がメンタルが弱い自分が嫌になった
時間には頼れない、痛い状態で続けてるんだから治るはずがない

心身共に動ける状態であれば
動こうと思えば、「痛い場所」が増えようがどうなろうが動ける
それでもキツければ 人に頼ってもいいんじゃない?

柔道はどこまで行っても個人競技

だれも 助けちゃくれないだろうか…?

そもそも「痛覚」は何のためにあるのか
痛みは本来体の危険を知らせるもの、病気や怪我が起こった時に損傷した部位を早急に修復する為体を動かさないようにするというはたらきがある

それに気づけなかった時点で終わり

さほど強くないのに2年後期で副部長(大会では軽い順なので先鋒)に選ばれたのは、練習をする姿だけ認められてのことだろう

3年になって少し経った時、顧問と親に頼んで休みを貰うことにした

表面上は受験勉強の為、裏は体の修復の為

それまでの学力は学年のちょうど真ん中90位くらいだったが、休みを貰い順位を上から40位(全体で230人)まで伸ばすことができた

部活の方はというと、1か月半近く休みを貰うことで体の痛みは大分よくなった
これまで以上に部活に励もうと思う

部活復帰2週間先に、昇段試験がある




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