【小説】トリック・オア・トリート!(本文:2144文字)
今宵は恐ろしくも刺激的なハロウィンの夜。
豊作を祝い、死者も生者もごった返して笑顔になれるお祭りの中、ウェアウルフは青ざめながら飛びこんできた。
「大変だ!」
「アンタの顔を見れば大変なのは察しがつくわ。それで、何が大変なのかしら?」
ドロシーが出鼻をくじくもウェアウルフは意にも返さず言葉を続ける。
「とにかく大変なんだ!」
「少しは考えて喋りなさいよ。ほら深呼吸して、自分の中で何を言おうか整理してから話してみなさい」
ドロシーに諫められるままにウェアウルフは深呼吸をして、しばし言葉を考えてから話した。
「空が暗くなったってのに、死者たちの姿が見えないんだ!」
「何ですと!?ハロウィンのスリルに欠けるではないか!」
ドラキュラ伯爵が口ひげをなぞりながら割り込んだ。ウェアウルフも原因は知らないようで、伯爵とウェアウルフが混乱して騒いでいると、また一人、いや一匹会話に参加した。
「カボチャ頭のせいよ。あいつが死者たちを片っ端から追い返しているの」
「あのバカは毎年毎年懲りないわね」
トトの報告を聞いて、ドロシーはため息を吐いたが伯爵はこうしちゃおれんと意気勇んで皆に伝えた。
「ではジャック殿を探そう!アンブレラ、ジャック殿の居場所は分かるか?」
「はい伯爵さま。ジャックはフランケンシュタインの研究所に向かう道におります」
「さすが我が眷属だ。褒めてつかわすぞ」
主人に賛辞を投げられるとアンブレラは翼膜をばっさばっさと広げて喜んだ。
「ねえアンブレラ。ついでにジャックの奴を大人しくしてくれないかしら?」
「図に乗るなドロシー。私に命令するとは無礼であるぞ!」
「ふふ、伯爵さまはずいぶん教育上手だこと」
伯爵はドロシーの皮肉を咳払いでやり過ごし、研究所へ向かう音頭を取った。
「皆の者!それでは出発するぞ!」
「オレは祭りに残るよ。みんないなくなったら大変そうだし」
「うむ。祭りの指揮は頼むぞウェアウルフ殿」
ウェアウルフを残し、一行はフランケンシュタインの研究所へ向かった。
「終わりだ人造人間。一発で楽にしてやる」
カーテンがたなびく研究室の一角。月明かりを背にジャックは拳銃を向けて尋ねた。
「ま、待つだ!おでの話を聞いてほしいだ!」
「その通りだジャック・オー・ランタン。聞く耳を持って会話に応じたまえ」
窓の外から伯爵が語りかけると、ジャックはフランケンに向けていた銃口を伯爵に移して睨みつける。
「何のようだ吸血鬼。悪霊の肩を持つなら貴様も狩るぞ」
ジャックのひりつくような眼光を受けながら伯爵はフランケンの方へと歩み出す。そして片時も照準を外さないジャックの重圧に耐えながらも、綱渡りのような会話を始めた。
「彼は悪霊ではない。まずは冷静に彼の話を聞こうではないか」
「話なら既に聞いた。こいつは悪霊の親玉であり、私欲を満たすために子どもからお菓子を奪ったんだ」
伯爵が見るとフランケンは小さく首を横に振っていた。
「フランケン、君の口からもなぜ子どもからお菓子を奪ったか聞かせてくれないか?」
ジャックの視線がフランケンに向くと、彼は怯えながらも正直に話し始めた。
「おではただ食べ物がほしかっただけなんだ。でもおでにやる物は何もないと子どもたちに言われて、だからカッとなって手に持ってたお菓子を奪ったんだ。そしたらジャックが……」
「それじゃフランケンが悪いわね。ハロウィンの掛け声は『トリックオアトリート』、イタズラもおもてなしも求めるのはルール違反だわ」
ジャックの背後からドロシーが現れた。彼女はジャックに抱きつこうとしたが、ジャックの冷ややかな睨みに手をパっと上にあげ苦笑する。
「どっちかだけならおでは食べ物がほしいだ。もう悪さはしないから許してほしいだ」
「ジャック殿、フランケン殿も改心したことだし手を引いてもらえぬだろうか。貴殿に怯えて他の死者たちも祭りに来られなくなっているのだ」
伯爵の説得にジャックはフランケンを一瞥すると、銃を下ろして彼らに背を向けた。
「悪霊でないなら問題ない」
許しともとれるジャックの言葉を聞くと、フランケンは安堵の表情を浮かべ伯爵も微笑んだ。
「よかったわね~フランケン!さあさ早く祭りに戻ってパンプキンスープでも飲みに行きましょ~」
ドロシーがチラチラと見ながら分かりやすく煽るもジャックが挑発に乗ることはなく、彼はそのまま研究所を去っていった。
事件が解決すると祭りに死者たちも戻ってきた。
伯爵から事情を聞くと、ウェアウルフは子どもに注意していたが、上手く伝えられず悪戦苦闘しているみたいだ。
「やはり死者たちがいると祭りに活気が出るな。アンブレラも我のことは気にせず存分に楽しんで来るがよい」
伯爵がそう言うもアンブレラは伯爵の傍にいるのが一番楽しいらいい。
「スープ美味しい?パンプキンケーキやパンプキンパイもあるわよ」
「おで、お祭りに戻れて幸せだよ」
ドロシーはフランケンに料理を振る舞っているようだ。
「あのカボチャ頭もいい加減に気づけよな……」
トトの呟きはフランケンが反応するほどの大きさだったが、ドロシーが聞き返すことはなかった。
ジャックの姿はどこにもない。悪霊が寄りつかぬよう見回っているのだろう。
今年も恐ろしく刺激的なハロウィンであったが、最後には死者も生者もごった返して笑顔が溢れていた。
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