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ティピカの香りに癒されて (4)

2月に入ると、パクセー市内は既に旧暦の正月準備で賑やかになっていた。

パクセーは、ベトナム戦争の頃にベトナムから避難してきて、そのまま住み着いたベトナム系の人が多く、今ではラオス人の名前になっているから一見分からないけど、祖父母の時代にベトナムから移り住んできたという市民が結構多い。

市内にはベトナム系の学校もあるし、家ではベトナム語を話すという家族もいて、街中にはベトナム語の看板が目に付く。

なので、1月1日の新年よりも、むしろ旧暦の正月の方が賑わう。

花火や爆竹はもちろん、獅子舞も出るし、街中、赤色の装飾と黄色やオレンジの花の鉢植えで華やかだ。

そんな旧暦の正月も終わって、少し落ち着いてきた頃、チャイから連絡があった。

シュウくんとリリーの様子が少し気になるという。

私とルーはパクソンに行くことにした。

「チャイ、どんな感じ?」

「うーん、最初の頃は、リリーとシュウはいつも一緒にカフェにも来てて、何かとリリーが世話をやいてるみたいだったんだ。リリーが他の組合員の若い子たちも誘って一緒にご飯に行ったりして、シュウも友達が増えて楽しそうだったんだけど」

「うん、それで?」

「最近、シュウは他の男の友達といることはあるんだけど、リリーと一緒にいることがなくて」

「そうなんだ。シュウくんには何か聞いてみた?」

「最近、リリーは?って軽く聞いてみたんだけど」

「で、なんて?」

「なんか忙しいんじゃないかな、って」

「そう…」

「シュウ、3時ころにはカフェに来ると思うから、それとなく、マリーから聞いてみてくれないかな」

「うん、オーケー」

いつものようにチャイはコーヒーを淹れてくれて、私とルーはそれを飲みながらあれこれ話をしていると、トゥーンが2階から下りて来た。

ルーはトゥーンと約束をしていたらしく、また2人で私たちのコーヒー農園に行くことになっていたみたいで、ルーがコーヒーを飲み終えるのを待って、2人で出かけて行った。

「今日、ケイさんは?」

「夕方にはカフェに来ると思うよ」

「そっか」

3時過ぎになって、シュウくんがカフェにやって来た。

確かに、少し疲れているようにも見えるけれど…

「シュウくん、元気?」

「あ、マリーさん、こんにちは」

「今日は、リリーは一緒じゃないの?」

「え?」

「いや、なんかリリーが色々手伝ってあげてるって聞いたから」

「なんか、忙しいみたいです」

「そうなんだ」

チャイは日本語が分からないから、話している内容は分かっていないはずだが、なんとなく心配そうに私たちを見ていた。

次、どう聞こうかと思っていると、シュウくんがチャイに話かけた。

「リリーのお母さん、病気だって聞いたんですけど、チャイ、何か聞いてますか?」

「あー、そう言えば、乾季に入った頃から体調悪いって、センが言ってたよ。年末くらいに入院するって言ってたと思うけど…リリー、それで忙しいの?」

「いえ…」

私とチャイは顔を見合わせながら、チャイにも分かるように私はシュウくんに英語で話かけた。

「リリーと何かあった?」

「実は、ラオスに来る前に、リリーからお母さんが入院するからお金を貸して欲しい、って言われたんです」

「ああ…」

「それで、年末に500ドル、リリーに送ったんです」

「送金してあげたんだ」

「別に、今すぐ返して欲しいって訳ではないんですけど、リリーからお金のことを何も言ってこないから、俺から聞いたんです」

「返せるか、って?」

「お金のことだけど、って。そしたら、今はお金がないから返せない、って。すぐに全額じゃなくてもいいよ、って言ったんですけど」

「そしたら、リリーは何て?」

「いつ返せるか分からない、って」

「そっか…」

このお金の貸し借りの問題も、ラオスでは男女の恋愛問題と同じくらい、「あるある」の話かもしれない。

ラオスでは、「お金を持っている人が持っていない人を助けるのは当たり前だ」という暗黙の了解がある。

仏教の影響もあるだろうし、公的な社会保障インフラが完備されていない状況下で生きていくためのシステムと考えることもできるかもしれない。

現時点でお金持ちであっても、そのうち貧しくなるかもしれないし、その逆もあるから、余裕がある時に余裕がない人を助けることは「助け合い」なのだ。

ラオスの生活は基本的にこの「助け合い」、ラオス語では「スワイカン」というけれど、この考え方が根本にあって、それで成り立っていると言っても過言ではない。

仏教の教えが浸透しているラオスでは、現世で裕福だったり幸せだったりする人は前世で良い行いをした結果であって、現世で良い行いをすれば来世は幸せになれるということになる。

この「良い行い」というのは「徳を積む」ということでもあって、お寺に寄付をしたりすることもそうだし、誰かを助けることも「徳を積む」ことになる。

だから、助けられる側は助ける側に徳を積む機会を提供していることにもなるし、今はあなたが助ける側だけどそのうち私が助ける側になるかもしれないという前提があるので、助ける方が必要以上に尊大になることもないし、助けられる側が必要以上に卑屈になることもない。

私自身はこういう社会の慣習が今のラオスの社会を健全に維持するのに必要なことなのだろうと思っているし、違和感を感じなくなってしまっているけど、ラオスに来た当初はよく分からないこともあったし、時間をかけて理解していったのだと思う。

「自己責任」という言葉が一定の地位を確立している今の日本から来ると、理解するのに少し時間がかかるかもしれない。

「チャイ、リリーのお母さん、どうなの?」

私はチャイに聞いた。

「年末くらいにパクソンの病院だと難しいからパクセーの県立病院に入院するって言ってた。農園も忙しい時期だったから、リリーとお姉さんがパクセーとパクソンと行き来して、お母さんの面倒を看てたみたい」

「シュウくん、リリーとはそれ以降、話してないの?」

「俺、お金返せないって分かってて貸してって言ったのか、ってリリーに言ったんです。俺が日本人だから、お金あると思って、返さなくてもいいと思ってるのか、って。リリーは、そんなことないって言ってたけど…それから、リリーは俺を避けてるみたいだし、俺もそれ以上、なんて言っていいかも分からなくて…」

「そういうことだったのね」

「だって、返す見込みがないのに借りるっておかしいでしょ?リリーは、俺が本当にパクソンに来ると思ってなかったのかも。俺が日本人だからお金持ってると思って、もともとお金を送ってもらうつもりで俺に頻繁に連絡をしてきてたのかも」

「そんなことはないと思うけど。ただ、ラオス人からすると日本人って、やっぱりお金持ちだから、少し軽い気持ちだった面はあるかもしれないね。あと、ラオスだと、個人間でお金を貸すっていうのは、お金をあげるのと同じような感じがあって、貸したものはあげたのと同じっていうか」

「いや、借りるのともらうのは違うでしょ」

「うん、まあ、違うんだけど、なんていうか、お金ちょうだい、っていうのはねえ、やっぱり言いにくいじゃない。だから、貸して、とは言うけど、貸す方も、返してもらわなくてもいいと思う金額だけ渡す、って感じで。お金を貸せるってことは、その時点では余裕があるってことだから、困ってる人がいれば助ける、っていう感覚なんだよね」

「いや、俺、学生だし、お金持ちでもないし。でも、リリーが本当に困ってると思ったから、無理して貸したんですよ。なのに、もらって当然と思われてるってことですか!?」

「いや、当然ってことではないんだけど、最低賃金が月110ドル程度のラオスからすると、新入社員でも月給1800ドルくらいもらえる日本はやっぱりお金持ちに見えるんだよね。私もラオスに初めて来た時は学生だったから、日本人とは言え、普通の学生はお金ないのよく分かるし、500ドルが大金だってことも分かるよ。その辺は、ラオス人からすると、日本人ならみんなこのくらい大したことないって感覚なのかもしれないから、リリーも勘違いしてる可能性はあるかもね」

「でも、そもそも返してもらえないなら、俺、お金貸しませんよ」

「まあ、そうだよね、そう思うよね。その辺りの感覚が、やっぱり日本人とラオス人は違うかもしれないね。私もラオスに住んでみないと分からなかった感覚かもしれないと思う」

私とシュウくんが話していると、ケイさんがカフェにやって来た。

なんとなくその場の雰囲気を感じ取ったケイさんが言った。

「何かあった?」

「うん、最近、リリーがカフェにあんまり顔を見せないみたいで。シュウくんにちょっと様子を聞いてて」

「あー、僕も気にはなってたんだけど…」

私は、シュウくんに了解をとった上で、ケイさんに今までの話の内容をまとめて話した。

「僕もリリーの農園には何度か行ったけど、お母さん、まだ退院していないみたい。リリーのお姉さんと交代でパクセーの病院に行ったりしてるみたいだけど、あんまりよくないみたいだね」

「やっぱり、そうなんですね」

「で、リリーは、援助して、って感じじゃなくて、お金貸して欲しい、って言ったの?」

「はい、入院費がかかるからって」

「そっか、じゃあ、もしかしたら、本当にもらうつもりはなくて、いつか返そうと思って言ったけど、今は返せないだけなのかもしれないし、一度、リリーとちゃんと話をしてみた方がいいかもね。ただ、そういう話をすると、今までの関係が続かないかもしれないし、もしかしたら、もともと返す気がなかった、って言われるかもしれないよ。もしそういうことだったら、返してもらうのは難しいだろうから、勉強代だと思って諦めるしかないよね」

「うーん、そうだね。もし、このお金のことはあげたものだと思って、リリーから何か言ってくるまでは、シュウくんからは一切お金のことは何も言わずに過ごせば、前と同じような関係に戻れるかも。でも、シュウくんが気になるっていうなら、リリーに一度話をした方がいいかもね。でも、お金のことは、現実問題として、正直、すぐに返してもらうのは難しいんじゃないかなと私は思うけどね」

シュウくんは、しばらく黙って考えていたけれど、最終的には、「やっぱり一度リリーと話をしてみる」と言ってカフェを出て行った。

私とケイさんは、「何かあったら相談してね」とだけ言っておいたが、こればっかりは自分の中で納得するまで考えて答えを出すしかないのだろうと思う。

心配そうに見ていたチャイには、私たちの話した内容をまとめて伝えて、「今度リリーと話をするらしいから、また何か気になることがあれば、連絡して」と言っておいた。

「私も、ラオス人にお金貸してって言われて貸して、返ってきていないお金、結構あるからなあ…」

「僕もあるよ。ラオスではないけど、タイとかで…」

「私も、最初の頃は返してくれるものだとと思ってたけど、心のどこかで返ってこないかもなあと思ってた部分もあって。なぜかと言われても、上手く答えられないんだけど。でも、よく考えてみれば、日本ではこういうことって経験なくて。それが、単に私の周りに簡単にお金貸してって言う人がたまたまいなかっただけなのか、日本ではそもそもこういうことはあまり起こらないのか…。どうなんでしょうね」

「僕も日本では経験ないなあ。やっぱり、習慣の違いなのかなあ。よく分からないけど、結局、こういう出来事が起こった時に、それを受け入れてでもその場所に居続けたいのか、やっぱり受け入れられなくて、もうこんな場所にはいたくないと思うのか、それの積み重ねなのかもしれないね」

「確かに…」

私とケイさんが話をしていると、ルーとトゥーンがカフェに帰って来た。

パクソンからパクセーへ帰る車の中で、今日、シュウくんやケイさんと話したことをルーに話した。

私は、ビエンチャンにいた頃の話をルーにあまり詳しくは話していないし、ルーも特には聞いてこないから、私が過去にラオス人にお金を貸して返ってきていない話には、少し驚いていたようだった。

パクセーに来てから知り合ったラオス人の大半はルーと共通、もしくはルーを通して知り合った人が多いということもあって、私に直接お金を貸して欲しいと言ってこられたことはない。

ルーは、お金を借りるほど困ったことは今のところないと思うので、誰かからお金を借りたことや援助してもらったという話は聞いたことがないけど、「友人に援助するからお金を少し出す」ということを言われたことはある。その場合も、やはり「お金を貸す」という言い方ではなくて、あくまでも「助ける」というスタンスで、もしその友人が将来的にお金に余裕ができたら返ってくるかもね、という感じだった。

私の話を聞いたルーの反応は、「リリーはお金を返すつもりはなかったと思うし、お金は返ってこないと思う」と言っていて、「シュウがリリーのことが好きなんだったらお金の話はしない方がいいと思う」ということだった。

私は、「日本人とは言っても学生だとそんなにお金を持っている訳ではないから、リリーのことが好きだったとしてもお金は返して欲しいと思ってると思うし、今回のことでリリーのことは好きじゃなくなるかもね」という話をしたら、「だったらお金送らなければ良かったのに」と言っていて、いまいち、よく分からないという顔をしていた。


(つづく)


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