誕生日って自分の人生の通知表みたいだよねって話

先日誕生日を迎えた。
私は誕生日が大嫌いだった。
幼稚園生ぐらいの時までは楽しかったし待ち遠しかった記憶がある。

私の通っていた小学校は終礼の時にその日誕生日の子が教卓の前にたってみんながハッピーバースデーの曲を歌ってメッセージカードを渡す伝統?文化があった。 

私と同じ日に生まれた子がもう1人いて学年で2人。
まぁ世の学校もそんな感じだろう。
同じ誕生日の彼女は優しくて勉強もできて先生からも信頼されててみんなに慕われていた。

3年生の時に同じクラスになって同じ誕生日なのに私だけ忘れられたのだ。

先生が〇〇さんが誕生日です!みんなでお祝いしましょう!🎵ハッピバースデーディア〇〇ちゃーん!、、、、

いやもうねあの時の感情っていまでも鮮明に覚えていて、私は主役に、真ん中になれる人じゃないんだって突きつけられた気分だった。
終礼後に担任にわたし、誕生日なんでカードだけもらいますって言いにいった時、死んでしまいたいくらいしんどかったな。

4年生も彼女と同じクラスでさすがに担任も覚えたらしく2人で教卓の前に立たされた。
でもその時もすごく辛かった
出席番号だと私の方が彼女より先で、

でも
ハッピバースデーディア〇〇(彼女)ちゃん、苗字さん〜

ってクラスの子達が歌ってて私ってそういえばあだなすらない存在だったなって突きつけられた。

誰も悪くないし、何ならクラスメイトと関係性が築けてない私が悪いしで小学校の時の誕生日って本当に鬱だった。

彼女が性格が悪かったりしたら逆恨みとかしてたんだろうけど、本当にいい子で大好きだったから余計にしんどかった。


学校という枠組みから卒業すると誕生日ってただの日常だけど、学校に通ってる時の誕生日って人間関係の通知表みたい。

1年間の自分の人間関係の答えを出されるような感じ。


毎年誕生日を迎える時に思うのだ。
誰かにとって大切な存在でありたいと。

2度と3年生の自分には戻らないって。
あの時、帰り道泣いてた私、みてる?
いまはこんなに沢山の人にお祝いしてもらってるよ
だからまぁ気ままにがんばろって


今年も沢山の人と暖かい縁を築けられるようになりたい


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