学校教育が目指すMBTIを勝手に考える
突然だが、高校までの学校生活で以下のようなことを言われたことはあるだろうか。
一人で何かするよりも、みんなで一緒に元気に遊びましょう!
学んだことを復習して、しっかりと身につけましょう!
人の気持ちを考えて行動しましょう!
ルールをしっかり守りましょう!
目の前のことに集中しましょう!
計画的に勉強しましょう!
少なくとも、一つも言われたことがないという人はいないだろう。学校教育―とりわけ学習指導要領―というのは、世の中で仕事をする優秀なソルジャーを養成するための機関なのだから、どんな場所でも好かれて受け入れられる人間像を教育するのは当たり前である。
どんな人も、最初は気の赴くままに遊んだり、時間を忘れて好きなことに夢中になるが、少しずつ計画だとか現実だとかルールを学び、大事にするようになっていく。
では、この学校教育で目指す人間像をMBTIで分析すると、いったいどうなるだろうか。
おそらく、その答えはESXJ=ESTJ/ESFJである。
まず、冒頭に挙げた6つのうち、おそらく最も重要なのは3つ目と4つ目である。人と関わるうえで、人の気持ちをないがしろにしたらコミュニケーションは取れないし、組織の一員としてルールを守らなければ「迷惑」をかけてしまうからである。
これらは、MBTIの心理機能で言えば、下記のようなメッセージである。
人の気持ちを考えましょう!=「Fe」を鍛えましょう!
ルールを守りましょう!=「Te」を鍛えましょう!
もちろん、人の気持ちとルールは時に衝突するし、「みんなはこう思っているから!」と「みんなにとって△△が一番正しい(≒利益がある)から!」という意見は、両方とも組織内で尊重されるべき意見であるだろう。
このことから、学校教育の結果「Fe」が強まるか「Te」が強まるかは、個人の交友関係や部活にも左右されるだろう。組織的にはどちらも重要な資質であるので、ここの違いは大きな問題にはならない。
「Fe」「Te」が強く出る=第二機能までに持つと仮定すると、その時点で下記のように絞り込むことができる。
第一or第二機能がFe:ESFJ、ENFJ、ISFJ、INFJ
第一or第二機能がTe:ESTJ、ENTJ、ISTJ、INTJ
この時点でP型が消えてしまっていることから、いわゆる「知覚型」と言われる人々は、この時点で「学校教育の正解」からは外れることになる。
次に、内向/外向の違いであるが、これは下記の文言から明らかである。
一人で何かするよりも、みんなで一緒に元気に遊びましょう!
つまりは、外向型が好まれるのである。
外界に向けて物事の興味を向け、様々な人々や物事に働きかけ、影響を与えていく。結局それが経験につながり、人生を豊かなものにしていく。
こうした考え方が、人々を外向的な人間にするように働きかけていく。
この点を考えると、学校教育の正解は「第一機能」がFeもしくはTeである。
つまりは、
第一機能が「Fe」:ESFJ、ENFJ
第一機能が「Te」:ESTJ、ENTJ
となる。
残るは、感覚/直観=S/Nの違いであるが、ここで下記2つが効いてくる。
学んだことを復習して、しっかり身につけましょう!
目の前のことに集中しましょう!
まず、学んだことを復習して、自らの経験として蓄積していくこと。これは「Si」に作用する。自分で経験を積み重ね、雑に物事を投げてしまうのではなく丁寧に一つのことを積み重ねていく。こうして積み重ねたことを、他の人に共感したり、組織のために還元していく。
そんな人になることを、学校教育は志向している。
もちろん、積み重ねていくものは、自らの「勘」ではなく、目の前の「現実」に即したものであることが必要である。目の前にあるからこそ具体的であり、誰もがついていきやすい。妄想や自らの内面で設計した発想は、他人からは見えにくいのだから、教員としても評価しづらい。
評価されるのは常に「わかりやすい」物事である。
これらのことから、学校教育が志向するのは、第二機能が「Si」ということになる。
ここまで来たら、結論は以下のとおりである。
第一機能が「Fe」、第二機能が「Si」=ESFJ
第一機能が「Te」、第二機能が「Si」=ESTJ
ちなみに「計画的に勉強しましょう」は、私の肌感では「Te」×「Si」である。実務をこなすなら、利益>感情になることが多いから、社会人としては「ESTJ」が「最適解」になる。
ただし、学校教育なら感情を重視する機会も多く、学校教育の理想というくくりなら、ESFJもESTJもそこまで変わらないだろう。
ところで、このESFJ/ESTJの正反対の心理機能を持つのは、INTP/INFPである。
私自身がINTPなのだが、一番最初に挙げたことを何一つ守らない人間であった(人の気持ちはなんとか考えていたが…)。
小学校・中学校が自由な校風だったのでまだ大丈夫だったが、社会人になって「組織に合わせたがらない」「現実主義ではない」で苦労しているのも、納得である。私は「間違って」いる。
学校教育は、なんだかんだ「正しい」のだ。
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