若者の「静かな離職」・・・特効薬は?
期待された若手社員が、理由なく辞めていくという。
https://mainichi.jp/premier/business/articles/20231109/biz/00m/020/004000c
実際に霞ヶ関の中央省庁、大手マスコミ、日本を代表する大企業でも最近、はっきりした理由がなく辞める若者が増えているという話を直接耳にした。管理職やベテラン社員は首をひねるばかりだ。給料をはじめ待遇は申し分ないし、ネームバリューもあり、世間のあこがれの的である。いったい何が不満なのか?
いや、不満はないかもしれない。しかし不満がなければ働き続けるとはかぎらない。
F・ハーズバーグの古典的な研究によると、働くうえで大切な要因には2種類ある。一つは不満の原因になる「衛生要因」であり、もう一つは満足とやる気をもたらす「動機づけ要因」である。前者には職場環境や給与などが含まれ、後者には仕事内容のほか、キャリアアップ、承認などが含まれる。
要するに待遇に恵まれ、安定した仕事や生活が保障されているだけでは前向きな意欲は湧かないのである。他国に比べて雇用保障が厚く、昇進や昇給もある程度約束されている日本企業のワークエンゲージメント(仕事に対する熱意、没頭、献身)が世界最低水準にとどまるのも、その点に理由があると考えてよい。
そこで、前向きな意欲と満足につながる「動機づけ要因」に注目してみよう。
日本の企業では個人の仕事の分担が不明確で、課や係など集団で行う仕事が多い。そのため仕事のやり方にしても、ペース配分にしても周りと合わせる必要があり、仕事の自由度が低い。また担当する仕事は人事異動により、半ば強制的に割り当てられる。そのうえ依然として転職や独立へのハードルは高い。そして「仕事は組織でするもの」という前提があるため、個人の業績や貢献度が組織の内外で認められる機会は少ない。したがって仕事そのもの、キャリアアップ、承認など「動機づけ要因」は満たされにくい。待遇に恵まれている大企業でも、若手が仕事でワクワクしたり、野心を燃やしたりするような構造にはなっていないのである。
ところが一方には、中小企業でも若手社員がはつらつと働き、早期離職と無縁の会社が存在する。
ある工作機械メーカーでは機械の組み立てを丸ごと一人に任せ、機械には製作者のネームプレートを貼って出荷している。このような制度にしてから若手社員のモチベーションが目にみえてアップし、離職者がほぼゼロになったそうだ。
また3年以内の離職率が8割に達するという新聞販売業の会社では、3年間で経営者として自立できる制度を取り入れたところ、3年間の離職率が1割に低下した。
近年は「のれん分け」制度の導入をはじめ、社員の独立を支援する企業が目につくようになったが、これらの会社の社長曰く、独立をめざしている社員は働きぶりや目の色がまったく違うのですぐわかるそうだ。残業を規制しても、ウデを磨くためにもっと残業させてほしいとか、休日出勤したいとかうったえてくるという。
これらに共通するのは、社員が割り当てられた狭い範囲の仕事にとどまらず、独立自営の延長線上にあるような働き方をしていることである。
雇用されているか業務委託のような形かを問わず、半ば自営業のようにある程度まとまった仕事をこなす「自営型」の働き方が近年、国内外で急速に広がっている。背景には人手不足の深刻化に加えて、インターネットやAIなどデジタル化の進展がある。デジタルの力を借りれば熟練者でなくても広い範囲の仕事がこなせるようになったのだ。そして仕事に対するエンゲージメントにしても、発揮される能力にしても「自営型」は伝統的な「メンバーシップ型」はもとより、いま流行りの「ジョブ型」より高くなることがわかっている(拙著『「自営型」で働く時代 -ジョブ型雇用はもう古い!』プレジデント社、2023年)。https://amzn.asia/d/7I4Hvro
またWeb調査で国内の働く人に対し、理想とする働き方について聞いたところ、「自営型」という回答が「メンバーシップ型」や「ジョブ型」を大きく上回った。
わが国ではいま、官民を挙げてメンバーシップ型からジョブ型への移行が進められようとしているが、そこには社会制度や労働市場など多くの壁が立ちはだかるばかりか、未来を見すえた展望も乏しい。そもそも配属や異動の権限が会社に委ねられたまま「ジョブ型」まがいの制度を取り入れても、上述したように「動機づけ要因」は満たされず、ワークエンゲージメントは高くならないし、リテンション(離職抑制)にもつながらないだろう。
「メンバーシップ型」か「ジョブ型」かという伝統的な二者択一の枠組みから脱却すべきときがきている。
「個人」の視点から組織、社会などについて感じたことを記しています。